第2話

 遡ること1カ月前_____


 俺は前居た世界で、自殺した。


 終わりはあまりにあっけなく、うまい具合に自らの首を落とした。


 何もない真っ白な部屋に硬い鉄パイプを組んだような粗末なベットの足が一本。太めのワイヤーを抜かれ、バランスを崩している。誰かが寝ころがろうものなら転がされそうなバランスだった。


 鉄パイプの一部には何か細いものを擦ったような焦げ跡と微かに錆びついた臭いが残っている。


 その部屋の中央に痩せ細り頬骨の出た男が虚ろな目で地べたに座り込んでいた。その手は削れて細くなったワイヤーを握り、握り込んだ掌は切り傷によって血が滲んでワイヤーを伝って滴り落ちる。


「……じゃ、逝くか……」


 誰にいうでもなく。呟いた。


 男は鋭利なワイヤーを自らの首に巻き付け、何の迷いもなく両端を一息に引っ張った。


 刹那、激しい熱が首を焼いた。


 男の首は美しい切断面を残しコロンと落ちた。


 最後に見たのは血の滴るワイヤーと僅かな間を空けて、ドバッと吹き出る血によって視界の全てが赤黒い血に彩られた。痛みは一瞬だった。人間の脳は許容範囲を超える痛みを感じると信号を塞きとめる。なんて話を聞いたことがあった。しかし、実際にやってみるとなるほど、斬首が一番優しい死刑とされる理由がわかった。


 もう、生きなくていいと思うと心が安らいだ。


 最後に考えるのがそんなことなんて我ながら

________狂ってる。




 気がついた時、俺は見知らぬ暗闇にいた。


「はぁっ?」


『はぁっ?はぁっはぁっ…………』

随分と反響した。暗闇のなか、数度瞬きをすると、突然暗闇の中が急激に見えるようになっていた。そのことに驚きつつも辺りを確認した。岩壁は自然物にしては整いすぎているが、人の手で掘られたにしては荒さがない。とは言ったもののこれが実際に存在して入ればの話ではあるが……


恐る恐る近かった左手側の壁に手を伸ばし、慎重に触れてみた。


 ゴツゴツとした岩肌を水が常に滑り落ちている。触れてみればヒンヤリとした確かな冷たさ。ぞくっとする程にリアルな感触だった。


 夢ではない。夢だと疑う余地もない。


 圧倒的リアリティ______


 ひとまず、状況の確認をしなくてはいけない。まずは、ここが明らかに夢や幻なんてことはない。それとここは、見覚えのない洞窟だ。灯の類は一切ないが、しっかりと見ることができる。


 人間、混乱しすぎるとむしろ冷静になるとか言ったやつ出てこい。むしろ一周回って混乱してるよ。『見たことない洞窟だ』?当たり前だよ。むしろ知ってる方がおかしい。ってか、見分けつくのかよ。どこも一緒だろ。


 そんな脳内ツッコミで何とか心を落ち着ける。


 なぜ、こうなった?短期的な記憶をさかのぼる。俺は部屋で自殺して……確かに自分の胴体と首が切り離されたのを見た。首の後ろに脳みそがある鶏じゃあるまいし、生き続けられるわけもない。ならなぜ今こうしているのか、最近の物語では、転生?転移?なるものが流行っているらしいが、生まれてこの方そんなものを読んだり見たりしたことはない。これが所謂ふぁんたじー?なのか……


 ようやく生きることを放棄できたと思ったのに、強くてニューゲームどころか世界観不明の場所に飛ばされ、弱いのにリスタートとか、むしろ何それ罰ゲームですか?


 こんな場所に飛ばされて喜ぶのなんてMかオタのどちらかだろう。Mはともかくオタは嫌がりそうだな……


 何度も回想を繰り返した時、その記憶に違和感を感じた。首が落ちてから目覚めるまでの間。感覚的には何かがあった。そう言わざるを得ない。その部分だけ、もやがかかったような、あるいは違和感なくカットされたニュース映像のようなブレがある。説明しずらいあまりに唐突すぎるが故にここが怪しいと無意識下で疑っているからという線もある。


 意識を集中させ、記憶を探ろうとした瞬間、


「______っ!?いってぇ!?」


 こめかみに針を突き刺したような痛みに思わず悲鳴を上げた。痛みのした場所を右手で抑えようとしたとき、自分が何かを握っていることに気が付いた。


「なんだ……これ、カード?」


 手に収まっていたのは長方形のカードだった。よく確認してみるが、そのカードに見覚えはない。知らないデザイン。知らない言葉。少なくとも俺はこんなカードを持ってはいなかった。それだけは確信を持って言えた。なぜならそのカードに書かれていることをなぜか理解できたからだ。


 一番上に『アビリティカード』と書かれ、その下に『Unknown lv.0』さらにその下に謎の項目が続き、最後に∞。

 

 このマークには見覚えがあった。確か……インフィニット。意味は無限だったか……何が無限なんだかさっぱりわからない。


 そんなことを考えながらカードを裏返すと鏡になっていた。鏡に映る自分の顔は、それまでの陰鬱とし、細くやつれた顔ではなくなっていた。自分の本来の顔を見るのは1年半ぶりくらいだろうか。しかし、その顔も4、5歳ほど大人びて見える。

 

 未だに状況が呑み込めていない。が、一つ分かった。死んでから目覚めるまでに空白の時間は確かに存在した。他に何も持っていないのにこのカードだけ持っているのはつじつまが合わないそれこそ、誰かに合い貰ったのだといった方が自然だ。


 それがわかったならもうどうでもいい。ちょうどいい感じに切れそうなこのカードにご活躍いただこう。俺にカードなんぞを渡すとどうなるか教えてやろう。


「誰が俺をこんな場所に送り付けたかわ知らないが、さらばだ」


 俺はカードを右手で持ったまま首の左後ろに押し付けるとに押し当てると、何の躊躇もなくカードを手前に引き、自らの身を引き裂いた。


「あふぁっ……」


 カードについた血痕がビシャッと斜め前の地面に落ちた。遅れてやってきたのは、切り口を鉄板で焼いたような痛みに襲われた。目を白黒させながら地面にもんどりうって倒れる。


「ぐぁっ……」


頭蓋に強い衝撃を受け意識が遠のく


「ヒューーーッ、ヒューーーーッ」

 

 切断面は気管支と声帯の一部も切れたのか、そこから空気が漏れなおかつうまく声が出せない。遠のく意識の中、自分の血液が気管支に入り込む、おぼれた時のような苦しみに襲われた。


 あーこれはダメだな……どっちにしても苦しむ……やり方……だった……か__________

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