第64話 you can say goodbye

「で、あれから調子どうよ?」




俺は再び病院を訪れていた。言わずもがな、半身不随のリハビリや経過報告などのためである。しとしとと降る雨を窓の外に見ながら、俺は元気ですとだけ答えた。




「まったく、てめえが2ヶ月も定期検診をサボんなきゃこんなことにはならなかったと思うんだがねえ」




「は、はは・・・まぁ、調子良かっから、つい」




俺は開幕主治医の先生に叱られていた。先生はまだ若く30代前半であった。医者らしく清潔感のある男性だ。それで脳外科を専門に取り扱っているのだから相当腕は立つのだろう。長らく世話になっているので信頼の置ける相手でもある。・・・・はずである。




パット見カタブツっぽいが気さくな会話のできる相手であり、趣味がアニメ鑑賞と言っているし、自宅はグッズまみれと暴露しているあたりかなりキマってる人でもある。いわゆるオタクだ。




けど、この人は三次元の人間相手は体組織のパーツの組み合わせ人形にしか見えないという職業病と二次元信奉を組み合わせてしまった残念な人でもあり、人を見る目がまさに医者のそれといったいやらしい感じがするのがどうしても苦手なのだった。




MRIの画像を見せられながら、俺は先生の頭ごなしのような会話に付き合っていた。




「しっかし解せんなぁ。てめえの頭、こんな脳障害を起こしてたのになんで今の今までピンピンしとったんだ。今でも片麻痺以外は特に何もないんだろ? 普通なら言語障害まで起こしててもおかしくない。まるで、魔法が解けたみたいだ」




「その話はもう聞き飽きたよ。てか、医者が魔法とか言っちゃうのもどうなんだ」




先生は回転椅子の背もたれにだらんと体重を預けて、天井を仰ぎ見その場でぐるぐる回りながら言った。




「俺は医者だけど魔法だっておばけだって信じてるぞ。魔法がねえと画面の向こうに行けねえし、おばけがいねえと毎晩俺にコーヒーも用意されない」




そう言うと、診察室のカーテンの奥から看護師さんの「誰がおばけだって!?」という怒声が聞こえてきた。




「おーこわ」




本当に脳外科をやってるのが信じられない性格をしていた。




「で結局、どうなんだよ? 俺の寿命とか」




俺は本命の質問をする。しかし、回答はいつものとおりだった。




「だから、いつポックリ逝ってもおかしくねえって言ってんだろ?石躓いて頭打つだけでアボーンだぜ。普通ならな」




「俺、こないだ突き飛ばされて後頭部打ったんだけど」




「なんで生きてんだ死ねバーカ」




本当に信じられないセリフばかりが飛び出してくる。




「なんで医者やってんだあんた」




「かわい子ちゃんの脳みそ弄るのはたぁのしいゾ~?」




「なんで人間やってんだあんた」




「俺だって自分の出生が選べるならマイリトルボニーとかに生まれたかったよ」




しかも重度のケモナーかよ終わってんなこいつ。




「一回脳みそ取り替えたほうが良いんじゃねえの?」




「その脳移植の論文は学会で出禁になったよ」






ああ・・・・・






・・・・・頭がおかしくなりそうだ。




どう考えても脳異常はこいつの方なのに、なぜ俺はこんな先生に診察されているんだろう。今一度医療会の神に問いたい。俺は生きて帰れますかと。




俺が絶望的な状況を嘆いていると、先生ははたかれたように姿勢を正してコンピュータの画面にカルテを書き込みだす。そしてちょっとだけ真面目な表情で独り言を言いながら頭を掻きむしった。




「ハァ、痙攣なし弛緩なし痛覚触覚なしの片麻痺だぁ? そもそも脳疾患かよコレ聞いたこともねぇ。屍鬼封尽みてえな現象起こしやがってめんどくせえなーったく・・・。」




「? なんだよ、屍鬼封尽って」




「漫画だよマジレス乙」




「あ、そっすか」




聞き慣れない単語を聞くとてっきり霊とかそっちの方のことを想像してしまう。いや、実際心当たりがあって恐らく霊の仕業なものだから、ここに長居する理由は殆ど無い。とっとと診察を終えてリハビリに向かうほうが有意義なのだけど、この人なりに真面目に俺の病状を改善しようと努力してくれているので、ちゃんと診察が終わるまで離れる気にもなれなかった。




少しでも手がかりをつかもうと、先生はたくさん質問をした。生活習慣、事故時の状況、ストレスの有無など。少しでも原因の究明をしようと努めた。




かなりの間頭を抱えた結果、何もわからないそうなので、先生は白衣の内ポケットから名刺を取り出すと、裏面に何かを書き殴った。




「はぁ、クソ。今度内科と整形外科の方にも話聞きに行ってみるか・・・わりいな、俺じゃちょっと力不足でよ。もっとでかい病院紹介するから、行く気があったらここ訪ねろ。かなり遠いが日本で指折りの外科医もいる」




名刺を突き渡され、裏面を確認する。意外ときれいな字で、住所と人名が書かれていた。




「ああ・・・ありがとう。じゃあ、俺はリハビリ行ってくるよ」




「おう、頑張れよ。ああ、そうだ。もしも治ったらよ、俺とどっか遊びに行こうぜ」




「は? なんで?」




「プライベートに付き合えって言ってんの」




「だから、なんで俺が」




「可愛いから」




「はあっ!?」




ナニソレ、告白!? いや、俺男だし、こいつだって男って知ってるはずだし。ていうか医者が勤務中にそんな正面から男同士に告白!? ふざけてんのか!? ていうか、二次元にしか興味ないって言ってたじゃんアレ嘘かよ! 流れが完全にプレイボーイじゃん!




と、俺は顔を真赤にしてキレる。




「知ってっけどさぁ、もう俺ら7年くらいの付き合いだぜ? 菜丘も結構いい感じに成長してんじゃん。前から思ってたけどかなりタイプなんだよね。それに俺フられたばっかで傷心なのォ。いいだろ? プライベートだぜ? 職権乱用でベタベタ触診しないだけマシと思ってさ」


本当に、この医者は信じられないことばかり口走る。


「お、俺・・・・! かっ! 彼氏いるんで! ムリです!」


そう言って、俺は逃げるように杖を突き、診察室を飛び出した。後に診察を控える人たちの視線が痛かった。


あまりに動揺して彼女じゃなくて彼氏と言ってしまった。撤回しようにも、今更あの先生の診察室に戻る気は起きなかった。それにある意味彼氏なので、まあ、それはどうでもいい。


「うー・・・・! うー・・・・!」


ムカムカとしていた。あの軽薄な態度と職務怠慢。奴の上司というわけでもないのに、思い出すたびに顔を引っ叩きたくなる。


フラれた? タイプだった? 男でも良い?


ガツガツと歩いていると、勢い余って杖が滑り、廊下の途中で転んでしまった。それをたまたま見ていた看護師さんが慌てて駆け寄るが、俺はそんなことも関わらず、痛みのせいか、半身不随のストレスのせいか感情を爆発させてその場で叫んでしまった。


「ぐ・・・うう・・・あの、バカヤローーッ! わあああーーーっ!」


なぜかわからないけど、男らしくもなく、ちょっとだけ泣いてしまった。

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