第60話 鉄窓

「紫暮晶樹様は穏月様が香嵐の地主神となる以前に、香嵐の地主神をされていたッス。数十年前に行方不明となったッス。ッスが、その原因は謎ッス。舞羽茨奈渡之守マイハバラダイダラノカミ様は最後に紫暮晶樹様の姿を見てはおらず、深霜境海しんそうきょうかいの渦の流れにも乗っていないと申しておられるので、未だに生きているのではという説があるッス。しかし未だその所在がつかめていないので、やはり亡くなったともいわれているッス」




「穏月様は新任の地主神だったのか。僕もそれは知らなかった。紫暮晶樹様はどのような霊だったのですか?」




甘夏は俺のこととは関係なしに純粋な興味を持ってむーさんに尋ねた。




「紫暮晶樹様は・・・そうッスね。聞いた話によれば人も霊も関係なく、目に見えないところで密かに手を差し伸べるような、奥ゆかしく慎み深い方であったらしいッス。直接お会いしたこともあるッスけど、その時の印象としては非常に穏やかで、話に違わぬ博愛主義者だったッス。別け隔てなく包み込む大地の権化と申すッスか。なので訃報を聞いたときには、ウチもショックだったッス。」




「穏月様との関係は?」




「ウチの知る限りでは付かず離れずを100年以上続けてる程度には気の知れた仲ではあったかと」




むーさんがそう言うと、話を聞くことに徹していたハナマイリが横からやや興奮気味に割って入った。




「いえ、いいえ! 彼らの仲はそんなものではありません!」




この様子、どうやら紫暮晶樹様について知っているのはむーさんだけではないらしい。この場の全員の視線がハナマイリに移る。すると、ハナマイリは自分が身を乗り出していることに気づき、恥ずかしそうに身だしなみを整える素振りをした。あのおとなしいハナマイリから落ち着きという言葉を奪う関係とは一体? おおよその予想は着くが多くの期待からか注目の的だった。




「あ、え・・・ええと・・・うう・・・つい・・・。」




ハナマイリは顔を赤らめてしゅんとしてしまった。あまり話すべきではないのですがと前置き、他に聞き耳を立てる人が居ないかを確かめるように視線をキョロキョロさせてから口を開いた。




「・・・実は彼らはよく夜な夜な都裏の花園で『密会』をされておりました。私が都裏の地縛霊となったときにはすでに習慣化していたようで・・・。その、下賤なことと理解していたものの、私は彼らの仲睦まじい様子を陰から時折見ていたのです。間違いなく、あれは恋人同士の逢瀬。穏月様と紫暮晶樹様は、お互い愛し合っておりました!」




『フム、それはまたのっぴきナらない話ですね・・・・・。しかしそうなルと、ヨモギ様がオガツ様に目をつけラれるのはウなずける話かもしれません。もシもヨモギ様がシグリショウジュ様に纏わる何かを持っているのだとすれバ、きっと喉から手が出るホど欲するでしょう。シグリショウジュ様がすでに亡くナっているとすれば、それは形見になるのですカら。それが予想だにセず目の前に偶然現れたならバ、尚更強引に奪おうとするでしょうネ』




言われて、考える。俺は左側の荷物台に置いてあるトートバッグに右手をのばしてそれを取ると中身を覗き込む。穏月様の凶悪な爪に暴力的な攻撃をされたことまでは覚えているが、やはりバッグにも自分にも傷は一つもないし、何一つ盗まれた痕跡も見受けられない。




そうまでして穏月様が返してほしいもの。そもそも俺はあのとき持っていたのだろうか? 水族館に行く前と後で変わったものがあるとすれば・・・




「・・・・・もしかして、穏月様に取られたのは、モノじゃない・・・?」




「心当たりがなにかあるのか? 蓬」




「あるといえばあるんだけど、なんて説明すればいいか・・・」




変わったものならば明確なものがある。だがそれを穏月様、紫暮晶樹様の二人と関連付けようとすると今の段階ではこじつけがすぎる。




俺は物書き的な視点で考えた。これは推理ではなくあら捜しだ。他人の小説の設定とか、事の流れとかを演繹的ほにゃららを度外視して、更にあからさまに伏線ぽい出来事を思い出しながら重箱の隅をつつくだけである。




気になるのは穏月様の発言だった。穏月様は俺を見て『阿頼耶識の内に匿っている』と言った。




そして穏月様は『どのようにして得たか』も気にしていた。それの意味するところは俺が穏月様の探していたものの入手方法が穏月様本人にもわからないということだ。穏月様にわからないものが俺にわかるはずがない。ということは俺が持っているものは受動的に入手したものということになる。




このあたりで、俺の脳裏には一つの仮説が立った。あと一つ、それがわかれば恐らく立証はたやすくなる。そして穏月様が奪っていったものが、『俺にとっても必要なもの』であるかも知れないことも。




「あの、むーさん。紫暮晶樹様って、どんな見た目をしてるんですか?」




「えっ、見た目ッスか・・・?そうっすね、一言で言えばキリンってところッスかね。動物園にいるほうじゃないッスよ。ビールとかのラベルになっている方の麒麟ッス。具体的には4本足で立って蹄があって、牛のように大きな体格に羊の毛のようなもこもこの尻尾、馬のようなたてがみに龍のような顔と木の枝のような角が2本。そして全身に鱗がついているッス」




その説明を聞いて、俺はため息をついた。予想通りの回答だったのを喜ぶべきなのだろうか。兎にも角にも俺は正直に事実を言わねばなるまい。




「俺、その霊と会ったことあると思う」




自分の吐く言葉に苦味を感じた。




俺は度々忘却を許さぬように夢に見る過去の出来事を4人と1台に話した。子供の頃、車に轢かれそうになったのを紫暮晶樹様によって身を挺して救われたこと、俺の身代わりとして命を散らしてゆく、その死に目を看取ったことを話した。




その全ては恐らく偶然であったように思う。その後のことはいまいち記憶にないが、それで終わらなかったことを今は慮っている。皆黙って話を聞いて居たところを甘夏は腕組み問うた。




「それで、その話が穏月様の目的とどう関わるって?まさか蓬が話を、紫暮晶樹様が死んだ理由は俺のせいだ、なんて懺悔で終わらせるはずはないと思うけど」




「うん。もったいぶらずに言うよ。俺が持っていたもの。穏月様が欲してやまなかったもの。実際、今回奪われたもの。多分それは、紫暮晶樹様そのひとだ」




俺はこれまでの情報をもとに、一つ一つ根拠を提示しながら説明していった。




「穏月様の発言の中に、『阿頼耶識の中に匿っている』という言葉があった。阿頼耶識というのは厳密には違うんだろうけど『無意識下の五感』とか『深層心理』という認識をしている。ということは、物質的な何かじゃないはずだ。この世界のルールに従うなら、おそらくは霊的なものになるだろう。ものが何も盗まれていないのもその裏付けになる。」




甘夏が俺の説の穴を颯爽と突いた。




「紫暮晶樹様の遺品をいつの間にか持ってたっていうのは?」




「それはないはずだ。穏月様にとって紫暮晶樹様が大切な存在だったから、彼はわざわざ香嵐の地主神なんて後釜を継いでまで紫暮晶樹様を探していたんだ。遺品なんて残滓があればとっくに見つけているだろう。それに、俺の存在は穏月様には既知のものだったけど、俺がそれを持っているとはシャチたちの言葉を聞いて初めて気づいたようだったし」




「け、けど、それは無茶ッス! 人間の中に神の魂を潜行させるなんて、お互いに魂が弱っている状態でなければ擦り切れてしまうッス! コーヒーカップに氷を2つ入れるみたいに、少し溶けて小さくなってないと入り切らないんス。交通事故の直後なら互いを補填した状態になるかもッスけど、回復したら神の力に肉体が負荷に耐えられずに崩壊してしまうッスから、今でも生きている説明が・・・・・」




「要は、魂がずっと弱ってればいいんですよね?」




そう言うと、芙蓉の顔が青ざめた。俺の現状を察したらしく、椅子からずり落ちそうになりながら震える歯の隙間から声を発した。




「ま、まさか、よもぎ。おまえ・・・!」




それに続いて、甘夏も察したらしい。細い目を見開いて「あっ!」と立ち上がる。反動でそれまで座っていたパイプ椅子が倒れる。




「うん。そのまさかってやつだ。そういえば、むーさんには話したことがなかったですね。俺の体はボロボロで、とっくに死んでてもおかしくない状態だってこと」




「ど、どういう意味ッスか、それ!」




「紫暮晶樹様と共生し始めた後、別のもっと大きな事故に巻き込まれまして。その影響で後遺症もあるだろうと・・・でも、それらしい病症はこれまで起こらなかった。それももしかしたら、紫暮晶樹様の力で補填されていたのかも知れません。」




「じゃあ、紫暮晶樹様の力の補填が無くなった今は・・・」




「本来の肉体の状態に戻ったんだろうね。後遺症も全部戻って・・・・・動かなくなっちゃった。左半身がさ」




とうとう芙蓉は耐えきれなくなった。膝から崩れ落ちるように椅子を離れ、上半身をベッドに預けて倒れた。体温だけは残る俺の左手を両手で握ると、自分の額に押し当てる。押し殺すような嗚咽。




また芙蓉を泣かせてしまったことを、俺は悔いるしか出来ない。握り返してやりたいけれど、俺の左手は動いてくれないだけでなく、芙蓉の涙を拭いてやろうにも、触覚すら残ってはいなかった。

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