曇天

第59話 奇御魂

気づくと、見覚えのある天井があった。見覚えはあるけど、見慣れたわけではない天井だった。




「ううん・・・・あれ・・・?俺、何して・・・・」




ついさっきまで日光をふんだんに浴びてたはずなのに、いつの間にやら屋内に居て、それだけではなく白い布に包まれている。懐かしいことに薬臭い匂いにまで包まれているせいで、目で見なくてもここがどこであるかわかってしまった。




病院だ。個室だ。ただの病院じゃなくて、多分、俺の主治医のいる病院。案の定、左腕に視線をずらすと、点滴のチューブがつながっている。薬液袋の中身が殆どなくなっているのを見るに、ずいぶんと寝ていたらしいことを伺わせた。




体が重い。息が苦しい。酸素マスクがついているがさほど呼吸に影響を与えているとも感じない。




何もかもが久々な感じだった。体を起こすのも大変なのも、昔を思い出す。ああ、俺はあのとき気を失ったらしいと、認識力はすぐに働いた。






ぐったりとしながら周りを見回すと、目を赤く腫らした芙蓉がいるのが一番最初に目についた。あれは・・・・かなり泣き込んだな、心配をかけたのだろうと申し訳なくなる。そのとなりにはキンギョも、甘夏もいる。ハナマイリもいる。なんとむーさんもウリョシカもだ。キンギョの目も真っ赤だ。キンギョはこんな様子の俺を見慣れてるはずなのに、ということはもらい泣きしたのだろう。




家族総出で見舞いに来ているらしい。ややもすれば大げさに過ぎるように思うが状況がよくわからない。




俺が意識を回復したことに真っ先に気がついたのは芙蓉だった。俺の名前をうるさく連呼すると勢い任せに飛びついてきた。病人を何だと思ってるのか。




「ああ、よもぎ、よもぎ!良かった!良かったああああああああ!うわああ、うわああああああああん!」




俺の意識は鼓膜を破りそうな号泣と、心臓が張り裂けそうな熱い抱擁で出迎えられた。










「それじゃオイラ、向こうでお医者さんと話してくるから」




「悪いね、キンギョ」




「どういたしまして。とりあえず元気が出たら、オイラの車で帰ろう。」




そう言うとカーテンの向こうへ歩いていった。それを見送ると、ひとまず可動式ベッドの力を借りて上体を起こす。




皆、各々の手段でここへ来たようだ。むーさんは持ち前の翼で空から、甘夏とハナマイリは電車で。ウリョシカはキンギョの車に同乗したそうだ。いや、お前は出てきちゃだめではと思うが、わざわざありがとうと礼を告げると、俺は何があったのかを芙蓉に聞いた。




穏月尊オガツノミコトはお前が気を失った後、すぐにどこかへ去っていった」




ざっくりとした説明だったがそれ以上もそれ以下もない。俺は穏月様に襲撃され、外傷はないが気を失ったそうである。救急車沙汰になったそうだがモノレールしか渡れない孤島だったので、水族館側にも大きな迷惑をかけたようだ。




「お医者さんの診断じゃ熱中症だそうだけど。ちなみに今はもう夜の8時ね」




甘夏はそのように補足してくれた。




ひとまず何から考えようか。不思議なことだが頭はクリアだ。1から整理することに支障はなかった。だからなにを聞き、何を言わねばならないか、それはよく理解していた。




「心配かけてごめん。芙蓉は特に。・・・・・デート、台無しにしちゃったね・・・」




「そんなのどうだっていい!よもぎが無事ならそれでいいんだ!それに悪いのはあの穏月のクソだ!次に会ったらなんでこんなことしたのか、殺してでも洗いざらい吐かせてやる・・・・!」




「ふ、芙蓉様・・・ここは病院なので・・・どうか抑えて・・・」




「ぐ、ぐぬぬぬ・・・・」




何気に芙蓉が感情的にブチ切れてるの、初めて見るかも。むーさんがどうどうと宥めるも超こええ。怒りの矛先が俺でないのを切に幸福に思う。




「にしても、あの穏月様って言うのは何者なんだ」




「香嵐の地主神」




甘夏とむーさんが声を揃えた。




「地主神っていうのはその土地を守護する霊のことだ。ハナマイリが都裏の土地神に近い霊のように、穏月尊様は香嵐全体を守護する存在だ。人的災害には一切関与しないけど、自然災害や霊災に目を光らせてくれている。香嵐の御本尊は君らの行ってた鳴神島に鳥居と祠がある。恐らく、もとは辺境の守り神として祀られていたものが昇華したのだろうね」




「三条さんのご想像のとおりッス。穏月様はここ十数年の内に香嵐の地主神となられたばかりッスが、それまでは鳴神島と黄泉平坂を転々として働いておられたッス」




「けどそれだけじゃ、芙蓉と穏月様の間に何の接点があるんだ?惑和山から島まで・・・・そうでなくても、香嵐までかなり距離があるぞ」




芙蓉と穏月様の対面したときの雰囲気から想像して、並ならぬ関係であったように思う。位の違いによるものと言えば理解できるが、芙蓉の穏月様に対する態度と言えば畏怖の念に近いものが感ぜられたのだ。




それを問うと芙蓉はしょんぼりとして、狐の耳を垂れ下げてしまった。あまり言いたくなさそうに、芙蓉は言葉の代わりに肺の中の空気を吐き出す。しばらくして、芙蓉は言った。




「穏月・・・・様は・・・・私の親代わりなんだ。」




「親・・・?」




「狐として死んだ私の魂が黄泉比良坂で漂ってたところを拾われて、神にした張本人が穏月様だ。惑和山の祠が空いてるからって、そこを私の本尊として生まれ変わらせた。神としての知識を教えられたり、黄泉比良坂の方で諸々根回ししてくれたのも穏月様だ。最初の数年は、何かと世話になってた。それから正式な神としての力を蓄えるように言いつけて、私を現世に置いて自分は黄泉比良坂に戻っていった。私は神になる気なんてなかったから、ずっと『らしいこと』はボイコットしまくってたけど」




「ニートの神・・・」




「と、土地神としての仕事は果たしてたよ!」




「自宅警備員ってやつでは」




「んぐぉ」




まぁ、その辺は俺と対して変わらないのでこのくらいにしておくとして。芙蓉と穏月様の関係についてはおおよそわかったが、用があったのは俺のようだ。




彼は返せと言っていた。俺が穏月様のものを取るなど何のメリットもないことだ。ましてや穏月様に面識などないし、何の心当たりも浮かばない。唯一心当たりがあるとすれば、穏月様と俺をつなぐのは芙蓉の存在だが、どうやら俺と芙蓉の恋愛関係は親公認としてくれる様子であった。




となれば、あとなにか関係のあるものがあるとすれば・・・思い当たるのはあの謎の単語しかない。




「やっぱり、『しぐりしょうじゅ』・・・」




水族館のシャチやイルカが一度だけ言ったあの言葉。一度しか聞いていないのに独特の語感は耳について離れない。尤も、可能性の話であって確信はない。決定的な手がかりとは現時点では程遠い。




その単語に真っ先に膝を乗り出したのはむーさんだった。




「えっ!?蓬さん、なぜその名前を・・・?」




「知っているのかむーさん!?」




芙蓉が食い気味に問いただそうとする。




「そりゃ、知ってるッスけど・・・いや、芙蓉様はどうしてご存じないので・・・・?」




「むーさん。芙蓉は興味のないものは脳にも耳に入れない霊です。どうか気にせず」




「いや、これ知らないって神様的にどうなんでしょうって感じなんスけどぉ・・・・・」




芙蓉はすっかりむーさんを困らせてしまったが、むーさんはすぐ切り替えるとこほんと一度咳払いをして言った。




「蓬さんの仰る『しぐりしょうじゅ』とは、恐らく禍裂伐紫暮晶樹神マガザリシグリショウジュノカミ様のことと思うッス。」




「まが・・・・ああもう、覚えれん。つまり紫暮晶樹シグリショウジュとは霊の名前だと?」




「そうッス。そうなんスけど・・・蓬さんはなぜ穏月様ではなく紫暮晶樹様をご存知なんスか?」




「イルカが喋った」




今日だけでこの文章を何度喋ったことだろう。事実なのだけど、字面だけ見るとどうにも子供がみた夢っぽいのがなんともなぁ。




「蓬さんは夢を見たんスね」




まぁ、そうなるよね。熱中症って言われても仕方ない。




「け、けど、私だって聞いたんだ」




芙蓉は養護した。悪い冗談と思われては芙蓉も立つ瀬はないか。どう説明すれば理解してくれるやら、とは言え語彙力のない文学家が如く、言葉を覚えたての2才児が如く、大学向けの論文には手が出ないようなもの。霊に関しては小学1年生な俺は黙って分相応の漢字ドリルを開いておけということである。




ところでどうもむーさんの質問の仕方に疑問が湧く。




紫暮晶樹という名をどうして知っているのか、と聞いているのではない。どうして紫暮晶樹『は』知っているのかというニュアンスなのが気がかりであった。




「いえ、からかってるわけではないんス。夢というのは・・・・まぁ、これは置いておくことにするッスか。ええと、では先に申しておくッスけど、紫暮晶樹様は」




心して聞けと言わんばかりに一拍貯めて、むーさんは言った。




「恐らくすでに亡くなっているッス」

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