第49話 レット・イット・ビー

玄関口に人間二人ぐらい余裕で積み込めそうなトランクを抱えた小柄な女性が現れた。たたかうのコマンドから徐々にカーソルを下に下げていって、仲間にするを選択する。


「ああ、ロクボクロッカさん。いらっしゃい。いま丁度飯にするところなんですけど、まだ食べてなかったら一緒にいかがですか?あ、荷物持ちますよ」


「いやー助かるッス。あ、ロクボクロッカじゃ呼びにくいでしょう。気軽に『むーさん』とかって呼んでくださいー。六燈六木六花ろくがみっつ六三むーさん。改めてよろしくお願いするッス。あとこれ、つまらない物ですがどうぞッス。」


「わっ!これ法界堂ほっかいどうのわらび餅と水羊羹ですか!?すごい、ほんとに竹の器に入ってる!お中元ですごく人気でいつも売り切れてるのを見かけますよ。良いんですかこんなの?」


「仕事とは言えこれから世話になるのに、流石に手ぶらで軒先には上がれないッスよ」


今日から我が家に同居人がまたひとり増える。その名はむーさん。レイジから仕事で派遣された妖監視員である。今はカジュアル系の私服での来訪だ。急なことだが本日付で俺とウリョシカはレイジから監視されることとなった。別に悪い事したからというわけではない。妖を所持する為の条件としてレイジに課せられた枷である。と言うと、やはりこちらが罪人のように聞こえてしまうが、つまるところお目付け役だ。そんな彼女を台所へ迎え入れると、ムスッとした表情の芙蓉が座って待っていた。


「蓬、初めて私と会った時はそんなに親切にしてくれなかったのに。」


「そうだっけ?」


飯は食わせたし風呂も布団も服も住処も、衣食住の悉くを世話してやったと言うのに何が不満だったのかと俺はとぼけた。


「冗談だよ。わかってるさ。ようこそロクボクロッカ。ああ、むーさんって呼べば良いんだっけ?」


ニカッと笑うと芙蓉は立ち上がり、3人分の湯呑みや食器をテーブルに並べて、盛り付けなどをこなす。同棲の自覚が芽生えたか炊事の一部を積極的に手伝ってくれるようになったのは嬉しいことで、最近はとても助かっている。


「居候の面目躍如だな!」


「居候に面目も何もないだろ。」


「それもそうだ!」


この勢いだけで体も口も動かすところは何も変わってないが。そんなやり取りをしていると俺の背後からひょっこりと顔を出したむーさんが小胆に鞭打ちおどおどとした態度で芙蓉に声をかけた。


「あっ・・・あのっ!突然お邪魔して申し訳ないッス!今日からお世話になる六燈六木六花ッス!不束者ですがよろしくお願いします!」


彼女も、狐神を前にした時の態度の一変ぶりは相変わらずその真意をはかりかねる。ただ、なにかすごい熱意は感じ取れる。


「あの・・・出来れば普通に接してくれると嬉しいな。とりあえず座りなよ。」


芙蓉もなんとなく、居心地が悪そうだ。あまりこのように接されることに慣れていないのだろう。常日頃から崇拝されるような神ならいざしらず、芙蓉はたじろぐばかりだ。


「お、恐れ多いッスけど、努力するッス!」


そう言ってむーさんは食卓に畏まった。人ひとり包み込んでしまえそうな大きな翼を少し窮屈そうに縮ませていた。


「しかし、仕事で他所様の家に常駐とは陰陽師協会とやらも無茶な注文を押し付けるもんだ。ま、私に言えたギリじゃねえけどさ。」


「はは、ご迷惑をおかけするッス。実はこんな処遇というのも随分なレアケースでして、蓬さん方にはご無礼をお許し頂きたいッス。」


「うちはそんなこと気にしませんよ。同居人が増えたなら無駄に広い家の余った空き部屋にも意味ができたってものだ。ボロい家ですが自分の家だと思って寛いでくれて構わないですから。」


なにぶん霊との付き合いも慣れたもので非日常とはすなわち断金の交わり。俺が今まで知覚していなかっただけで、それは古くからこの国を支えてきた隣人であるともとれる。芙蓉という霊を知り、俺のような人間はきっと彼らと懇意にあるべきだと思うようになったのだ。あわよくば、芙蓉のことのみならずこの世に同在するありとあらゆる霊を知り、友好的でありたいと、それほどの関心を抱くほどには俺の精神は成長していた。打って変わったようなこの変化は、脱皮や羽化と例えても良い。一皮むけたという実感に満ちていたのだ。


「かたじけないッス。」


心底安心したようにむーさんは笑った。冷めないうちにと食事を勧めると、3人頂きますと声を揃え、日増しに賑やかになっていく団欒を楽しんだ。


「ところで気になってたんだが、むーさんは烏天狗か?」


箸を動かしながら、芙蓉がその立派な翼を見て問うた。烏天狗とは一般的には山伏装束に身を包み、猛禽の翼を持つ人型の妖怪のことを指す。その通説に倣ってみると、むーさんは鳥の嘴こそ持たないもののおおよそそれに合致した姿をしている。仏法を守護する者としての信仰を持つ彼らは剣術や神通力に長け、狐神にも引けを取らぬほどこの国では有名な霊であるといえる。


「そのたぐいではあるんスけど、恥ずかしながら烏天狗ではないんス。」


「え、違うんですか?」


芙蓉が烏天狗だと予想するのはもっともだと考えていたが、その実態は十中八九烏天狗だと思っていた俺の予想を若干上回っていた。そもそもむーさんの物言いを不思議に思った俺は思わず聞き返す。すると苦笑を滲ませながらむーさんは言った。


「まぁ、この話はあとでにしましょう。しかし、美味しい料理ッス。このエンドウと人参の胡麻和え、いかにも和って感じでたまんないッス!蓬さんは料理がお上手なんスね~!ウチ、料理はあまり得意じゃないから…感服ッス!」


俺と芙蓉は顔を見合わす。アイコンタクトだけで、いまはちょっと触れるべきではなさそうな雰囲気であることを意思疎通する。むーさんの憂うような物言いには卑下の色合いが見て取れたように思えたからだった。

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