夏時雨

第47話 ひまわりのたね

「ねえ、君らちょっと近すぎない?見てるこっちが暑苦しいんだけど。」


 見るに見かねた甘夏が、頭を抱えてそう言った。


 それはそうだろう。今日も今日とて菜丘家のリビングに集まった俺達であるが、甘夏の目に映るものはと言えばソファの上で俺と芙蓉が寄り添って座る状況だ。より具体的に言うなら、俺の股の間に芙蓉が座り、芙蓉の背中と俺のお腹がぴったり密着し、芙蓉の肩に俺が顎を預けるようにしてお互いにもたれかかっているような様子だ。芙蓉の両手は膝の上。その手の上に俺が重ねるようにして握っている。


 外はすこぶる天気であり、日差しもジリジリとしたものに変わってきた日和、視覚的に熱中症を起こしそうな物を見ればそんな文句も出るというものだ。


「俺も暑苦しい。」


「と思うじゃん?蓬の体はひんやりしてて気持ちいいんだ」


 その様子に目眩を覚えたかテーブルを正面に左手側のソファに腰掛ける甘夏はズルズルとそこからずり落ちそうになった。


「・・・・・いつにも増してラブラブだね。仲がいいのはいいことだけど。」


 あまり人前でやるものではないことは自覚している。自分たちにとっては犬や猫がじゃれあうようなものという認識であっても、所詮獣は獣である。


 例え愛という大義名分を掲げようと秘め事は名のごとく秘めやかに行うもの。醜穢を晒す免罪符にはならないのだ。


「まぁ吹っ切れたってのはあるよな、蓬?」


 それでもなお図々しくあるのがこの芙蓉という狐娘だ。人と獣の中間の神ともすれば、人間社会の世間体などお構いなしである。神だからと言って看過して良いものかどうかは議論の余地があるところだ。芙蓉が言うのを聞いて、甘夏は薄い目をほんの少し大きく開いた。


「・・・・うん?何、否定しないってことは、君ら晴れてご交際かい?」


 身を乗り出して食いつく甘夏。今か今かと待ちわびていたと言わんばかりの気分の上がりようである。


「うーん・・・まさか両思いだったとは思わなかった。」


「な。てっきり私の一方的な片思いだと思ってたら。」


 俺は芙蓉からは同性の友人くらいにしか思われてないと思っていたし、芙蓉は友達以上恋人未満と思われていると思っていた。実際は全然そんなことはなく、芙蓉には芙蓉の秘密が、俺には俺の秘密があったため無用な遠慮しいが妨げとなってしまっていただけである。


 蓋を開けてみればなんてことはない、お騒がせなすれ違いだったという結末だ。そういう話をしたら、いよいよ甘夏は顰め面をこしらえて俺に向けて中指を立ててきた。


「いい加減そういう鈍感アピール飽きたよ。作家的には王道っていうのかい?それとも二番煎じっていうのかい?」


「甘夏、もっと言ってやっていいぞ。私もほとほと呆れてるんだ。」


「あ、お前自分のこと棚に上げてそういうこと言っちゃう?」


「ぎゃあっ!おまっ!ちょっ!くすぐっ・・・!あはっはははやめ、やめ・・・!やだぁもぉ!」


「帰っていいかな、僕。」


 光を失った目でダークサイドに落ちそうなことを言うので流石にそろそろ茶番から手を引くことにして。脇をおさえてひいひいと喘ぐ芙蓉を支えながら、俺は甘夏に問うた。


「ところで、今日は何の用よ?」


「僕がいるってことは、ウリョシカのことに決まってるだろ?彼について処分が決まったから、その報告と立ち会いのためにここにいるわけさ。もうそろそろだと思うんだけど…。まぁ、少なくとも凶報ではないから気を揉まなくてもいいよ」


「そうか。思ってたより仕事が速いんだな、その陰陽師協会ってのは。」


「なにしろ霊の数には事欠かない世の中だからね。むしろ人手を持て余して仕方ないって運営に再思三考を重ねてるようだよ。」


「ふうん、状況はそんなに良くはなさそうだな。」


 俺にとってあまり興味のないことだが、しかし甘夏が言うことにはそういう組織が形を変えつつ受け継がれてきたからこそ、現在のように霊と人とのバランスが取れた秩序が形成されているのだという。


 霊との関わりを持たない人も多いこの世の中で、よくもまあ長い間保ってきたものである。それだけに抱えてきたいざこざも、経た年月ほどに積み重なっていることだろう。


 そう思っていると、甘夏の目が輝きを取り戻す。自らの鼻の先で人差し指を揺らして得意気になっているところを見ると、どうやら甘夏の『お化けうんちく講座』魂に火をつけてしまったらしい。甘夏の口調があからさまにスタッカートを刻むように躍りだした。


「ところがそうでもない。陰陽師協会はこの国の陰で暗躍する大型組織だ。その勢力は国内のみならず世界中に散らばってる。陰陽師っていうのは言い換えれば日本のエクソシスト、或いはシャーマンさ。オカルティックで現実味が湧かないかもしれないけど、古来から存在する由緒正しき学問さ。海外の同系統組織から見てもこの国の祓霊ふつりょう技術や交霊技術は全く異色であることから様々な国からの援助と保存が義務付けられているほど貴重なものだ。だから組織の大小に関わらず治安は良いし配給も多い。いいかい、これはとても光栄な事なんだよ?機械技術じゃどこか他に遅れを取ることも多々あれど、霊との干渉コミュニケーションや宗教的倫理観に関しては僕らは唯一無二の最先端だ。最高に誇らしいじゃないか!・・・おっと、着いたみたいだね。」


 いよいよ盛り上がってきたところに、家のインターホンが鳴った。話半分にしか聞いていない俺はむしろ助け舟とばかりにその場を立ち上がり、玄関の方へと足を運んだ。そう言えば、立ち会いのためと甘夏は言っていたが、何か関係ある人物だろうかと頭の片隅で考えながら応対する。


「はい、どなたです・・・・・か?」


 ガラリと玄関の引き戸を開くと、その先に経っている人物と対面して俺は一瞬膠着した。あれだけ前ふりされたのだから陰陽師協会の誰かさんがいらっしゃるものだと踏んでいた。


 実際、そのとおりだと思う。眼の前にいるのは浮世ばなれした古典的な和装に身を包んだ女性である。低めの背丈にボブカットに切りそろえられた髪の間から丸い目を覗かせ、明るい表情とこけしのような愛らしさを引っさげて立っている。


 正直、陰陽師と言えば映画のあれこれを想像するものでもっともらしい厳格そうな青年の姿を想像していたのだが、これには少し意外である。しかし、それよりもっと驚いたことがあった。


「あ、どうもッス!ウチ、霊次レイジ管理局より派遣されてまいりました、陰陽師のものッス。菜丘蓬さんと妖の管理についてご会談させていただきたく参上いたしたッス。」


 その少女は人間ではなかった。芙蓉の持つ狐耳のような、人間には本来ついていないオプションパーツが付属していたのだ。


 少女の背中からは意識しなくても嫌でも目につく、立派な鳥の翼が生えていた。

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