第41話 Why do you seek me ?



 あれからなんだか様子が変だ。俺は自室のベッドにゴロンと寝転んでひたいに手を当てた。


 咳は出ないし、熱もない。俺は至って健康なはずである。なのにこのところ動悸が激しい。


 歳か。歳なのか?と半ば現実逃避気味に半分くらいが優しさで出来てる錠剤の箱を眺めるが、こんなものが欲しいのではないと当然体は理解しているわけで。俺は寝転んだままぽいと箱をゴミ箱に投げ捨てた。


 時は流れて数刻後、俺の雨が晴れ食事も済んでようやく解散した直後である。大勢で居るうちはわいわいと騒がしくしているものだから特に気に留めるということもなかったのだが。


 いつも通り二人で食器を片付けて、いつも通り二人でリビングのソファに座り、いつも通りココアを飲みながらテレビを眺めて時間をつぶすという習慣化された動作しかしていないのに、いざ二人きりになると妙に芙蓉を意識してしまう。



 原因といえばやはりあの一連だろう。だがいったいあの一瞬で俺に何があったというのか。


 少し優しくされただけで、あっさりと俺は絆されてしまったというのか。


 いや、確かに以前から俺は芙蓉に気があるのかもしれないという自覚はあった。出会った当時にしてみれば考えられないくらいストレートに芙蓉のことを可愛いと思うし、一緒にいたいと思ったりもする。拾った石の価値がわからなかったけど、あとになってそれがダイヤモンドだったとわかったような、そのくらい差は歴然だ。過言じゃない。


 それにしたって、今の俺は異常だ。病的だ。芙蓉が隣りにいるだけで胸が苦しくて、もどかしくて、無性に近くにいたくて、芙蓉のことしか考えられない。・・・・なのに今は芙蓉を直視できない。


 過去に一度だけ、似たような感情を経験したことがある。後にあれはただの憧憬であったと結論付けられたが、これはなんだか違う気がする。


 バカで直情的で元気だけが取り柄みたいな駄狐に憧れなんてありえない。けど、近くにいるだけで顔が熱くなるのがわかるし、芙蓉に対する興味が俺の思考を埋め尽くす。


「・・・・・ふよう」


 口が勝手にその名を呼んだ。


ふよう。


おりがみ ふよう。


花言葉は『繊細な美』もう一つは『しとやかな恋人』


その実態はうるさくて、わがままで、がさつな狐の神さま。

人間じゃない、けどよっぽど人間らしい生き物。

偶然出会って、押しかけで住み着いて、ぐうたらやってる居候。

花言葉とは程遠い、魅力的な別の花。


「・・・・・・うぐうー・・・」



 ぎゅううと手近なところにあった枕を抱きしめ、もがくようにばたばたと転げまわる。そんなことをしても頭のなかから芙蓉が離れるわけじゃないのに。


 どうして、俺はこんなに芙蓉が気になるんだろう。


 以前、芙蓉に傷だらけの体を見られたことがあった。その時芙蓉は、俺のことをもっと知りたいと言っていた。あの時の芙蓉の気持ちが、今の俺にはよく分かる。


 俺のことで教えることなんて何もない。ただでさえ薄っぺらい人生のほとんどを、すり抜けるようにして生きてきた若造だ。楽しかった思い出も、学生らしい青春も何もない。空っぽの人間だ。体中の傷がその証拠だ。


 そんな俺に唯一青い春とやらがあるとするなら・・・・それはきっと今だ。


 だからこそ、教えたい思いがある。知ってほしい思いがある。今、俺がどんなに幸せかを芙蓉に伝えたい。


 だからその代わり、芙蓉の気持ちを教えて欲しい。心からそう思う。


「・・・・俺も知りたいよ。芙蓉・・・」


 自分でも聞こえないくらいの小声で呟くと、階段を登ってくる足音が聞こえてきた。どきりとして俺は身を起こす。俺の部屋の前で足音が止まるとトントンと部屋の戸ををノックしてきた。


「・・・・・蓬。入っていいか?」


「あ、ああ」


 噂をすれば、みたいなタイミングでやってくる芙蓉。ドアは静かに開き、浮かない表情の芙蓉が部屋に入ってきた。顔を合わせられない俺はデスク上に視線を固定する。いつもはそこに居るウリョシカが今はいない。


「ウリョシカは?」


「下でなんかジャンクいじってる。」


「へ?どういうこと?」


「わかんね。けど何か作ってるみたいだったよ。」


 ジャンクって、機械の廃品のことだよな。何のためにそんなことをしてるんだ。というか、ジャンクなんていつの間に、しかもどこから調達してきたんだろう。


 そう思っていたら、よいしょっと言いながら芙蓉は俺のベッドの上に両手膝をついて俺の方に這いよってきて、図々しくも猫のように広々と横になる。


 当然だが俺の部屋のベッドはシングルサイズである。二人が寝転がるにはかなり密着しなくてはならないのは容易に想像できるだろう。俺の心境などお構いなしに、芙蓉は擦り寄ってくる。明らかに、今日は普段より距離が近い。


 さらには芙蓉は完全に気を緩めているようで、無防備にも胸元のボタンははずれ胸の谷間が顕になっている。思春期はとっくに過ぎているにしてもこれはいくらなんでも扇情的で、思わず俺の体は硬直する。


 ましてや今まさに俺の興味の中心に座する相手だ。心筋だって強張りそうなほど俺はガチガチになっていた。


「なに、なんか用?そんな風にされると狭いんだけど」


「まぁまぁ。ちょっとくらい良いだろ?」


 言って、芙蓉は俺の膝越しにベッドのヘッドボードにある俺のスマホをひったくり、LINEアプリを勝手に起動する。

 おい、俺のスマホとプライバシーを返せ。とは言い出したくても、緊張で行動がワンテンポ遅れてすぐに諦める。

 特に会話などないどころかそもそも友だち登録者だって数少ないので、まあいいやと手を下ろす。そんなことより、膝に芙蓉の体温とか重みや柔らかい感触にばかり意識が集中してしまう。


 だめだ、今日は煩悩しかない日だ。心を落ち着ける手段として素数を数える方法を採用する。


「・・・・1,2,3,5,7,・・・えーと9は違くて11,13,・・・」


「何ブツブツ言ってんだ?素数数えてるなら1は違うぞ」


 怪訝そうに芙蓉は俺を仰ぎ見る。まさかいつもバカだと見下してた芙蓉にかなり初歩的な間違いを指摘されただと!?そしてその時一瞬だけ視線が交差して、それだけで数えることも忘れてしまった。


 なんかもういろいろ終わってると悟って、赤い顔をさらに真赤にして、芙蓉に背を向けるようにして俺もばたりと倒れた。



 もうだめ、ホントだめ!既に挙動も発想もバグってるし、眼前に変なフィルターでもかけられているのか、何をしてても芙蓉が可愛く見える。


 病気だ。これはアレだ。目の病気と脳の病気の併発だ。閃輝暗点症による偏頭痛の前兆だ。そうでもなければ、芙蓉なんかにこんなに欲情とも言えるほどの興奮を覚えるはずがない。


 そんな感じで一人で勝手に悶絶していると背後で何やらもぞもぞと蠢く気配がした。


「それにしても今日の蓬はモテモテだったな」


 恨めしげな声だった。今日の巫女舞の時のことを言っているのか。列を見失った蟻のように、背中に芙蓉の人差し指が「の」の字を書いていた。


「あれは別に・・・」


 どちらかと言うと、愛でられてたような。たまたま目に新しい物を見かけて面白かったからまるで愛玩動物のようにもてはやしただけだろうが、芙蓉にとってはどっちでも同じことらしい。


 そんなことより、先程からの浮かない表情といい、覇気の無さが少し心配になる。


 たしかに今は挙動不審かもしれないが、別に機嫌を損ねるようなことをしたような覚えはない。風邪でも引いたのかと思ったが、そんなことはないようだった。


「でも、付き合ってくれって言われてた。」


 むせた。


「ん゛っ!?ゲホッ!エ゛フッ!待って!あれ男だっただろ!」


 しかもちゃんと丁重にお断りしたはずだ。男と付き合う趣味はないし。なのに芙蓉はのの字を描くのをやめたかと思いきや今度は背中を執拗に抓ってくる。


「だめだからね。あんなのと付き合っちゃ。」


「いででっ!痛いからそれやめて!お前の力強すぎてマジで痛いんだって!」


「返事は?」


「わかった!わかったから!」


「ん。よろしい。」


 ピンチから開放されても、思わずえび反りするくらい背中が痛む。俺の体はぼろぼろなんだからもう少し手加減してくれてもいいだろうに。涙目に芙蓉を睨むが芙蓉の顔を見ると、怒りも雪が溶けるように消えていってしまった。


 セリフに似合わぬしょぼくれた表情を見て、いろいろと言いたかった文句がすべて頭から抜けていく。何を考えてたいらそんな表情になるんだろうと、結局徹頭徹尾彼女を中心に頭が回る。


「芙蓉?・・・って、うわっ!」


 突然芙蓉が起き上がったかと思うと、俺を仰向けに押し倒すようにして上にのしかかってきた。


 芙蓉の体重が丹田のあたりに集中し、俺の意識もそこへ向かう。マウントを取られた俺は芙蓉を下から見上げるような位置取りになったが、少しアダルティな体勢にますます体がこわばった。


「ちょっ・・・!芙蓉!何してっ・・・!」


 そのままゆっくりと、芙蓉の上体が倒れ込んで来る。お腹が合わさり、胸が押し付けられ、両手を握りあって、頬をすり合わせる。覆いかぶさるようにして、体を重ね合う。


 心臓の拍動が芙蓉に伝わりそうなほど強く脈打つ。ぶわって吹き出すような汗が俺の全身を湿らせ、急な展開に呼吸が荒くなる。


 芙蓉の行動の理由も、今どうしてこうなってるのかも、どうして俺がこんなに動揺するようになってしまったのかも全く見当がつかない。想いを寄せつつある少女に密着されて興奮するような気持ちもあった。しかし人間は理解できない出来事に直面したとき、それが何であれ恐怖心を抱くものだ。俺は混乱を通り越して発狂しそうだった。


 ふうっと芙蓉の吐息が首筋を撫でた。その瞬間、俺の理性もピークに達した。



 興奮、恐怖、期待、不安、緊張、欲望。


 鼓動とあらゆる感情が複雑に混ざりあって俺の頭では感情を処理しきれなくなったとき、それは涙となって溢れ始めた。


 恐怖の臨界に達した人間の心は、壊れてしまうのを防ぐために心を閉ざすものだ。まるで人形になったように、何もかも考えるのをやめて放心してしまう。或いは気が狂ってしまうものだ。


 だが、俺はそのどちらにもならなかった。芙蓉の放った言葉が俺の理性をつなぎとめた。


「・・・・・ヤだったんだ。蓬が取られたらと思うと、じっとしてられなかったんだ。」


「・・・・・・・・・え・・・・・・?」


 消えかけの線香花火でも見るような瞳で、微かに喉の奥を震わせて芙蓉は言った。その言葉はミントの葉でも噛んだように俺の鼻の奥をすうっと通り抜けて頭の天辺にたどり着いた。


 混乱はまだ収まらないが、屑を詰まらせたような俺の思考は一気にクリアになった。少なくとも芙蓉のことに耳を傾け、応答できるだけの余裕が生まれた。


「思い出したら、胸がムカムカしてきたんだ。私のほうが蓬の近くにいるのにって。もし蓬があんなのについていっちゃったら、私また一人ぼっちになっちゃう気がしたんだ。」


 言葉に重みを載せるかのように、かかる体重はさらに増してゆく。重力と加圧で芙蓉の豊満な胸が俺の胸の上でこれでもかと潰れてゆく。本当の意味で一つになりそうなほど、隙間なく肌を押し付けられる。すでに自分の体温なのか、芙蓉の体温を感じているのかさえ曖昧なほど、ヘタな性行為よりも濃厚に貪られている。


 そうか、と俺はようやく理解した。そういうことか、と安心した。


 芙蓉はただ、ヤキモチを焼いてただけだったのだと気づき自分の鈍感さに苦笑した。

 芙蓉と絡め合う指を解き、空いた手で芙蓉の背中を撫でる。すると芙蓉の尻尾がふりふりと揺れて、俺の足をくすぐるのがこそばゆかった。


「・・・・それなら大丈夫だよ。今日の芙蓉が俺を一人にしなかったように、俺もお前を一人ぼっちにする気はないから。」


 独り言のように俺は言った。芙蓉を安心させるためというよりは、自分に言い聞かせる意味合いのほうが強かった。


「・・・・・約束する?」


「約束する。」


「嘘ついたら?」


「はりせんぼん」


「だめ。そんなことしたら死んじゃうから、代わりに私が死ぬほど霊力喰う。」


 普通にゾッとした。干からびるほど吸われると体が動かなくなるどころか、おそらく数日ほど意識も飛んでしまうだろう。・・・死んだと錯覚するくらい。コクリと俺は頷いた。


「じゃあ約束の証に、ちょっと貰うね」


 そう言うと、芙蓉は大口を開けて俺の喉元に軽く歯を立てた。


 ぬるりとした舌先が俺の未発達な喉仏の上を通過して、俺の背筋がゾクリと冷える。

そして、獣が獲物の喉笛を食いちぎるがごとく、がぶりと俺の『何か』に食らいついた。痛みはないが、それに近い形容し難い感覚に襲われる。


「は、あっ!?・・・あぐぁっ!?・・・・あがっ・・・ああ゛はあ゛っ!?」


「・・・んっ・・・んくっ・・・んくっ・・・・」


 芙蓉が直に俺の身体に食らいついたわけではない。だが確かにその顎が、その歯が俺の体の何かを捉え、肉の繊維の一本一本がミチミチという悲鳴を上げながら引き剥がされていくような実感があった。


 芙蓉の口が離れると、ぐちぐちと粘着質な咀嚼する音と嚥下する音が聞こえた。それと同時に、一気に脱力感に襲われた。


 間違いなく、今食われたのは俺の霊力の一部だ。約束の証と芙蓉は言ったが、ニュアンスとしては契約料みたいなものだろうか。何にせよ、過程や目的、手段も違うが、結果だけ見るとウリョシカのときと同じだ。


「・・・・・・こくん。・・・・・へへ、ごちそうさま。」


 急な霊力の減少と肉体的な疲労感にぐったりと力なく天井を見上げると、漸く笑顔になった芙蓉がそこに居た。

 その笑顔が愛おしくて髪を撫でる。はぁはぁと荒くなった呼吸を整えつつ、その手を輪郭に合わせてゆっくりと下ろしてゆく。髪、キツネ耳、頬、首筋を指でなぞると「んぅ♪」と満足そうに芙蓉は啼いた。その肌は、微かにしっとりと汗ばんでいた。


「・・・・・あのさ、とりあえず急に食うのはやめてくれないかな・・・・。これ、滅茶苦茶疲れる・・・」


「それは今後の蓬次第かな。」


「それは・・・・努力する。」


 そう言うと、芙蓉はまたまた俺の上にぱたりと倒れた。猫のようにごろごろと頬ずりをして甘えてくる。

 疲労とそれによる眠気で思考が眠くなった俺には、やっぱり人ひとりにのしかかられると重いなあ、なんてごく当然で在り来りなことしか考えられなかったが、芙蓉にヤキモチを焼かれていたという事に密かに幸福感を抱いていた。


 その一連のおかげでようやく確信を得られたような気がする。芙蓉を手放したくないと明言したことでようやく自分の気持ちにけじめがついた。この気持は口では多くを語れない。


 「好き」という言葉があった。LikeかLoveかで言ったらLoveの方だ。魔法の言葉だと形容した人が居た。なんとも夢想的だ、というのが俺の思うところだった。


 この言葉の真相を自分で問うことになろうとは思いもしなかった。その前に俺はとっくに寿命を迎え、そんな感情も知らないまま誰にも知られることもなく、ひっそりとこの世を去ってゆくものだと思っていたから。



 ああ、間違いない。



 俺は、芙蓉が好きだ。俺は芙蓉が、ひとりの女の子として好きだ。


 嫌いなものは避けてきた。好きなものは嫌いなふりをしてきた。そうして積み上げてきた意味のない人生にようやく灯火が灯ったような気分だった。今なら確信を持って言える。


「・・・なあ、芙蓉」


「うん?」


 だから、言おうと思った。・・・・・だが、迷ってしまった。


「あ・・・いや・・・。」


 言えば、芙蓉を落胆させてしまわないかと、言ったところで、俺の自己満足で終わってしまうのではないかと一瞬不安がよぎった。


 好きだと伝えるのなら、それと同時に体の傷の理由や俺の過去のことも伝えなくてはならない。それを伝える勇気が、今の俺には足りなかった。


「・・・・俺、考えてみたら芙蓉のこと何も知らないなと思ってさ。」


 結局踏み出せずに当たり障りのないことに口をさく。この時ばかりは自分で自分を臆病者と罵りたくなった。けど芙蓉はそんな俺にもきれいな笑顔を向けて言った。


「うん、いいよ。なんでも教えてあげる。・・・・その代わり、蓬のことも教えてね。全部、包み隠さず。」


 そう言われて思った。ああ、これでよかったんだと。


「うん。」


 そうだ。焦らなくても良い。俺の寿命が残り少なかろうが芙蓉を好きな気持が本物ならそれで良いはずだ。このごろ芙蓉に合わせてたから久しく忘れてしまっていたが、スローペースは俺の本懐とするところなのだから。


 まぁ、とりあえず。


 せっかく芙蓉から飛び抜けたスキンシップを図られていることだし、もう少しこの状況を堪能していてもいいよね。

 腕の中に心を寄せる相手のぬくもりを感じながら、俺は静かに目を閉じた。


                   ***


「おし、じゃあ善は急げだ」


「え゛」


 目を閉じて2秒で叩き起こされる。何か思いついたらしい芙蓉がはつらつとして啖呵を切るが、俺にはちょっとくらい感傷に浸るいとまも与えてもらえないらしい。


 何事かと思いきや、いつもの行き当たりばったりの発想が芸術的な爆発を遂げたようだ。俺が真下にいるにも関わらず芙蓉は飛び起きる。その際に芙蓉の腕が俺の鳩尾にめり込み、物理的に悶絶した。


「ぐええええっ!!」


「お互いのことを知るにはアレだ。そろそろいい時間だし、ここいらでお風呂にでも入ろうぜ。裸の付き合いって言うしな。」


 流石に耳を疑った。勢いだけで本気でそんなこと言うものだから、疲れも眠気も吹っ飛んだ。


「・・・・・それ、マジで言ってる?裸の付き合いってまさか一緒に入る気か?」


「まさかも何もそう言ってるんだよ。それとも私と一緒は不満?」


 そんなことはない。寧ろちょっと。ほんのちょっと。・・・・ちょっとだけ、興味はある。そりゃあ、男だし。狼ではなくて羊なだけで、こんな顔してても男なわけで。


 ただ不満というほどのことではないが、そんな安々と体を晒け出そうとする芙蓉には苦い顔をせざるを得ないのだ。俺に言えた義理ではないけど、自分の体はもう少し大切にして欲しい。せめて家の外では控えろよとか、そんな感じのことを芙蓉に言うと露骨にムスッと表情を曇らされた。


「当たり前だろ。蓬以外の男に誰が裸なんて見せるもんか」


「・・・・・え・・・それって・・・」


 面と向かってそう言われ、思わず顔が赤くなった。それってつまり、そういう事と捉えても良いのだろうか。それを問うほど野暮ではないが、少しだけ期待してしまう。・・・・いや、芙蓉にこんなことを言わせている時点で十分野暮だろう。なんとなく、ばつが悪くなって頭を掻いた。


「で、行くの?行かないの?・・・・私は、一緒に入りたいんだけどなぁ」


 両手を腰に当てて二択を迫る。最後の方はだんだん声が小さくなっていってしまってよく聞き取れなかったが、ここまで言わせて行かないと言っては、芙蓉に恥をかかせるだけに終わってしまいそうに思える。


 ならばそれに答えるだけの行動を見せなければなるまい。そうでなければ芙蓉とは到底釣りあえないと思うのだ。まぁ、芙蓉はたぶんそこまで深く考えているわけではないだろうから、俺も変に気負うことはないのだろうけど。


「・・・・・いや、そこまで言うなら良いけどさ。逆に聞くけどお前は良いのか?俺、ひょっとしたら我慢できなくなって襲っちゃうかもよ?」


 ほんの冗談のつもりで、ニヤリとした笑みを作ってそんなことを言ってみる。


「・・・・・おお・・・・なんか蓬がまるで男みたいだ。」


「おい、どういう意味だそれ」


「はは、冗談だよ。だいたい力任せに襲おうったって、人の腕力じゃ私を押し倒すなんてほぼ無理だろうぜ」


 冗談は冗談で軽々と流されてしまったわけで。あんまり慣れないことは言うもんじゃないなと心の隅で反省する。どうせ後で思い出して恥ずかしい思いをするだけなのだ。


(ま、蓬に襲われるなら本望だけどね)


 微かに何かを呟くのが聞こえたが、内容はこれっぽっちも聞こえない。


「ん、何か言った?」


「いいや、なんにも。」


 ゆらりと妖しげに尻尾を揺らす芙蓉は、誤魔化すようにしてはにかんだ。

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