第39話 レインメイカー 中編
とりあえず、俺は服装もそのままで祭祀時用の神楽が収録されているラジカセを用意し、拝殿の中央に正座した。
「・・・・なぁ、なんでウリョシカもいるの?」
芙蓉の隣に当たり前のように鎮座するパソコンに俺は問う。
『当然、ヨモギ様が神楽舞をすルと聞いたら、興味ない訳ありませんかラね』
「あ、そう・・・いや、構わないんだけどさ」
・・・・ううん、ギャラリーがいると緊張するなあ。
二人しか居ないとはいえ、普段は無心でやっていた舞のため観客の目には慣れていない。
「そういやさ、巫女の舞って蓬言ってたよな。ってことは本番では蓬、巫女服着るのか?」
不意に芙蓉が、無邪気にそう問うた。
「・・・・・・・・」
無言で俺は目をそらす。たらりと頬を一筋汗が流れた。
「え、き、着るの?」
「の、ノーコメントで・・・・」
それは知られるとマズいんです。いや、もう廃れた祭祀だし実は男が巫女やってました、とか今更バレても問題ないといえばないのだけど。爺さんもなんでこんな罰当たりっぽいことを俺にさせたんだか。
「蓬、巫女さんだったの!?」
やや興奮気味に芙蓉は俺を見る。できればその目で見るのはやめて欲しい。違うのだ。
俺は正しくは巫女でなければ
「へぇ・・・ほぉ・・・ふぅん・・・・?」
芙蓉の目が今度は値踏みするような目に切り替わる。間違いなく、なんかやらしい妄想してる。俺を脳内で汚してる!
「そっかぁ、で、着ないの?」
「な、何も言ってないデスヨ、俺」
『ヨモギ様、フヨウ殿はヨモギ様の巫女装束を着ている姿を見てみたいトおっしゃっておりマす。ここは一つ、男とシてレディの気持ちを汲んでミては如何でしょう』
「あのな、男はそもそも巫女装束なんて着ないんだよ!巫女ってホントは神職で未成年処女しか着ちゃいけないの!」
と、一般的には言われている。ちなみに実は遊女としての側面を持つ『渡り巫女』という職もあったりするのだが、それはまた別のお話。
「そうか?私は許すけど」
「くっ・・・!」
なんと神さま直々の
どうにか抵抗するも芙蓉の期待の目は変わらず。ついには俺は膝を折った。こんなところでまた芙蓉の察しの良さに翻弄されるとはやはり油断も隙もない。つうか正装と神具は使わないって言ったはずだよね?
いちいち着るの面倒なんだよ、アレ。それに
それもあって極力着たくはないのだ。ただのコスプレとは違うのだから。
口ではそう言いつつ、結局俺は装束に着替えていた。
出で立ちとしては一般神社相応というか、極めて簡素な巫女装束姿である。その上に巫女舞を行う場合に羽織るとされる千早を纏い、髪飾りに花の簪をつけている。道具一式は揃っているが、流石に化粧まではしていない。
・・・・しかし、これを着るのはいつぶりだろうか。最後に雨乞いをしたのが爺さんが死ぬ直前の6,7年前くらいか。それ以来となると、ずいぶん久々になる。服のサイズはある程度融通できるし、正しく管理しているため虫食いもない。状態には全く問題はなかった。・・・・問題があるとすれば俺が男であることと、髪の色くらいか。
俺の髪は染めているわけではなく、地毛が銀色である。医学的に証明できていないが恐らくコレも13年前の事故の後遺症で脱色してしまったのが原因と思われる。
そのため小さいころは装束を着る時だけは黒染めをしていたのだが、いざ着てみるとここまで似合わないものだとは。
いろいろ恥を偲びつつ、再び俺は拝殿を訪る。当然ドカドカと歩くのではなく、美しく背を伸ばし足運びは水面を滑るがごとく静かに。装束を着る時は常に別人のような自分を意識して、その中央に正座する。
俺が姿を見せると同時に、観客席からはおおと息を呑む気配だったり、歓声が聞こえたりした。
「・・・・で、なんでギャラリーが増えてんだよ。」
とりあえず、まず目の前の状況について疑問を呈する。着替えのために離れている間にいつのまにやらである。
「いやさ、蓬のスマホで芙蓉ちゃんが見に来いよなんて言うからさ。こんな機会滅多にないしぜひ見たいと思ってね」
「オッスオッス!オイラも芙蓉ちゃんからラインが来てさ、久々にやるって言うから見に来ちゃったよ。いや~何度見ても、キレーだねぇ~」
甘夏とキンギョだ。この展開は予想だにしていなかった。はぁ、と一つため息を付き、右手を額に押し当てる。その他所で、キンギョと甘夏は「はぁい、ひさしぶり」なんて挨拶を交わしていた。
キンギョは知ってるから良いにしても、流石に男友達にこの格好を見られるのは恥ずかしくてたまらない。
余計なことを、と芙蓉を見るとちろりと舌を出してウィンクをされた。そんな仕草にちょっと心を射抜かれて、ちくしょう媚びやがってと二の句を継げなくなる。
「それにしても、やっと見れたかって気分だよ。何度か頼んだりしたこともあったけど、悉く断られちゃったからね」
「当たり前だろ。・・・・くそ、一番見られたくなかった奴に・・・・」
「そんな邪険にしなくても、からかったりしないよ。」
そういう問題ではない。俺は別に甘夏が俺のことをからかうだとか、写真をネット上にアップするだとかそんなことを懸念しているのではないし、甘夏はそういうことをする男ではないと理解している。
気になるのはその視線である。甘夏の視線がたまに色目っぽいのが時に寒気がするのだ。いいか使うなよ、絶対に使うなよ!と心のなかで念を押す。
そんな感じで甘夏に眼光を浴びせていると、甘夏の隣の鉢植えに目が行った。
「・・・ん?甘夏、それなんだ?」
それは両手に収まるほどの小さな鉢で、土の上から小さな花が顔を出している。鮮やかな赤紫色。たしか、コスモスだ。指を刺して問うと、しゅるりと結び目の出来た長布が解けてゆくように、煙が螺旋状に立ち上っていくように白い何かが鉢から飛び出し、一つの人の姿を成した。
「・・・あ、どうも!お久しぶりです~!」
その春の風のように暖かく綿毛のように軽い声には聞き覚えがあった。そしてその声にピッタリの女神のような姿もまぶしすぎる笑顔も、忘れるわけがない。
「なっ・・・は、ハナマイリ!?」
本名を
「紹介するよ。僕の『彼女』のハナマイリだ。君たちはもう会ってるらしいし、気兼ねはないよね」
甘夏はさらりと、あっけらかんと、ナチュラルにそう言った。
「「えっ、ええ!?えええええ~~~~~!?」」
驚いたのは俺だけではなかったようだ。俺と芙蓉が同時に素っ頓狂な声を上げた。芙蓉はハナマイリの鉢に詰め寄る。
「ハナマイリ、お前!甘夏と付き合ってたの!?」
芙蓉がそう言うと、ハナマイリは一瞬『面食らった』。芙蓉と甘夏を交互に見ると、ちょっと顔を赤らめながら答えた。
「ええ、実は結構長いんですよ~」
芙蓉とハナマイリは都裏で話して以来、すっかり仲が良い。だがあれからあまり会うこともなかったのか、お互いつもる話もあるのだろう。ガールズトークに花を咲かせ始めた。それはいいが、甘夏とハナマイリの関係よりもハナマイリがここにいることのほうが信じられなかった。
「というかハナマイリさんはなんで・・・いやどうやってここに・・・?」
『フム、どうやラ
どうやら、いち早くハナマイリの状態を把握したらしいウリョシカが口を開いた。ウリョシカの後ろではキンギョが「うおおっパソコンが喋ってる!」と、俺達とはまた違うことに驚いていた。
どういうことだ?と俺がウリョシカを見るとその諸々の説明は甘夏がしてくれるようだった。
「そうだね、ウリョシカの言うとおりだ。確かにただではハナマイリは都裏を離れられない。けど花の精としての特性が彼女にはあるから、それを利用してこの都裏の土と花を移した鉢に取り憑いてもらっている状態なんだよ。ということは当然本体であるこの鉢を壊してしまったり、土や花をどこかに紛失してしまったりするとハナマイリも消滅してしまうリスクが有るわけだけどね。これで僕の近くなら彼女をどこへでも連れていけるのさ。」
得意気にとは少し違うか。純粋に嬉しそうだと甘夏の様子から感じ取った。それもそうか、甘夏とハナマイリは付き合っているということらしい。ならば一緒にいれる時間だって長いほうが良いと思うこともあるだろう。
ただ、鉢を持つのが甘夏である以上離れるのも一緒にいるのも全てが甘夏の意志、判断次第ということになると、お互いに生半可な覚悟ではいられないだろうと俺は思った。
ハナマイリが仮に一人になりたいと思ったとしても、鉢を持つ甘夏が嫌だといえば叶わない。逆に叶ったとしても、手放さなくてはいけないのは甘夏の方である。
結局、ハナマイリは地縛霊としては何も変わっていない。縛られていることには何も変わりないのだ。そして甘夏は如何にハナマイリの意志を尊重し、その気持を汲んでやれるか、人一倍敏感になってやらねばならない。まさに文字通り持ちつ持たれつの究極系だ。
それを、決して羨ましいとは思えない。
ハナマイリと甘夏、二人の様子を見て自然と芙蓉の方に視線が向いた。
その時、芙蓉も俺を見ていた。俺と芙蓉の視線が交差する。
芙蓉は、今何を思っているのだろう。芙蓉の瞳は、ぼうっと同じく見つめる俺の姿を映し続ける。
とりあえず、俺は今思ったことを口にした。
「あーよかった・・・・甘夏、ホモじゃなかったんだな」
「蓬。ハナマイリの前で変なこと言うのやめてくれるかな」
不動の甘夏も彼女の前では流石に焦りを見せるか。ほんの少しだが一矢報いたように思えて俺は笑った。
一連の会話を前に、キンギョのみがきょとんとしている。それもそうだ。キンギョは『こっち側』ではないためハナマイリの姿を見たり触れることはおろか声も聞こえない。
一応、霊というものがこの世にいるのだということは理解しているので、キンギョには見えない霊がもう一人この場にいるのだと伝えておいた。「ホラー映画は苦手じゃないけど、実際に見えない何かがいるっていうのは怖いものだね」と、キンギョは明かした。
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