第38話 レインメイカー 前編
怠惰に過ごしてきた6月は終わりを迎えつつある。
結局例年よりも少ない雨で開けてしまった梅雨に感謝はあれど同時に物足りなさのようなものも感じる今日このごろ。日に日に日長を増しつつ高く昇る太陽は今日もさんさんと照り続ける。ついには初夏の爽やかな空気もじっとりとした湿気を纏い始め、過ごしづらさを実感し始めていた。
シーズン的にはそろそろ大学では中間試験を控えてきて、レポートの数が増えてきたりしている。そんな中で俺もテストという三文字に嫌気を感じながら、芙蓉との生活をなんだかんだ謳歌していた。
そろそろ7月だ。そう思うと、自然といつか甘夏に手渡された水族館の広告のことを思い出す。リニューアルオープンに伴い増設された館内を想像し、密かにワクワクとしているのだった。
恥ずかしくて人にはなかなか言えないが、基本的に俺は『~園』とか『~館』とつく施設が大好きだ。特に多くの種類の魚が拝める水族館はビーチで水着の美女を見るより目の保養であるとすら思っている。
そのくらい魚が好きで、芙蓉とともに遊びに行こうと今から思いを馳せている。そんな時の話だ。
「結局さ、蓬は雨乞いできるのか?」
突拍子もなく芙蓉は言った。掃除の行き届いたまっさらな境内の奥、母屋の縁側でマテ茶のペットボトルを傾けながら訝しげな視線を俺に送る。
のんびりとひなたぼっこ中で予期してなかった質問に俺は少々面食らった。
「できる・・・と思うけど・・・・突然なにさ。」
「私、蓬に会った時雨乞できるって聞いたけど、してるところなんて見たこと無いじゃん。」
なるほど、と俺は空を仰いだ。つまり芙蓉は俺の雨を見たいらしい。とは言っても、いつ見れるかわかったものではないが。
それは言葉通りの意味だ。俺の雨乞いは儀式直後に雨がふるのではない。この地域で行われていた雨乞いは儀式場を整えて火を焚いて水神様に芸能を奉納して・・・と言った具合の様式のものである。
儀式の内容を解説するなら、火をおこして出来た煙を雨雲に見立て、雨雲の中にいると考えられている水神様に巫女の舞いを披露し水神様のご機嫌の見返りに雨を降らせていただくのだ。これが一般的に知られている天輝神社の雨乞いである。
「うん、だからどんな風にするのか気になってさ。」
軽い口ぶりで言うが、しばし頭を悩ませた。
たしかに俺には雨乞いにより意図的に雨を降らせる力がある。しかも成功率は今のところ100%だ。と言っても片手で数えられるくらいしか試したことはないのだが。
まぁ、それはともかく実際の経験回数が少ないのにもそれなりの理由がある。
「あのな、芙蓉。俺の雨乞いはそんな簡単にできることじゃないんだよ。俺の雨は必ず降る。これがどういう意味かわかるか?」
「・・・・・?雨を降らせる儀式なのに雨が降るとマズいのか?」
「マズいんだよ。俺の雨は『晴れてる日に降る』んだ。言い換えると天気を変えちゃうわけ。晴れの日に突然雨なんて降られたら、普通の何も知らない人たちが困るだろ?」
俺の雨の良くないところはそれだ。テレビで降水確率0%と予報され、日本のどこにも雲がかかっていないと報道された日でさえ俺の雨はこの街に降り注いだ。
たしか8年くらい前の話だ。爺さんの言いつけ、もとい俺の修練のために雨乞いを行った時の事だったか。あの日は回覧板で爺さんが予め俺の雨を町内に知らせておいてくれていたために被害は少なく収まったが、それでも迷惑には変わりないだろう。
今は昔と違い堅牢で機能性の高いダムや水路が確保されている。今更必要とされていない雨乞いに出しゃばられては文句の一つも出てくるだろう。
この町にいる人は俺の力のことはともかく、雨乞いによって降る雨のことを知る人は少なからず存在する。その人達からの苦情は恐らく避けられないだろう。
芙蓉一人の享楽のために雨乞いは出来ない。そういう旨で俺は芙蓉の頼みを断った。
「そうかぁ・・・確かにそうだよなぁ。じゃあしょうがないか。ちぇ」
口をとがらせながらも、芙蓉は理解してくれた。
「ごめんな」
ちょっとだけ悔しいな、なんて思いながら俺はそう言った。
本音を言えば、雨乞いをしてもよかった。
ほかならぬ芙蓉の頼みだ。雨乞いをして、雨を降らせてやって、どうだこれが俺の雨だって言ってみたかった。だから悩んだ。
ちょっとくらい、見栄を張ってみても良いんじゃないかって俺の中の悪魔が囁いたのだ。
こんなことで悔しいなんて思ったのは、ひょっとしたら初めてかも知れない。
出会った頃に言われてたなら、悩みもせずNOと言っていたに違いない。
改めて俺は自覚する。芙蓉と出会って自分が変化してきていることを。
そこで俺は提案する。
「まぁ・・・・雨さえ降らなきゃ問題ないから、舞いだけ見せることならできるよ」
そう言うと、芙蓉は目を輝かせた。
「えっマジで!?」
「うん。舞いだけならね。正装も神具も使わないから、芙蓉が思ってるほどのクォリティにはならないけど、それでも良いなら」
「うん!全然!」
芙蓉の反応は分かりやすかった。喜ぶと犬のように尻尾を振るのだ。
うん、なんていうか。可愛いなぁ。
なんて、俺は臆面もなく思ってしまった。
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