第35話 食卓がマッハで飛ぶ

ひとまず落ち着いた蓬たちは台所に集まり、テーブルを囲んで話をすることにした。今この場には蓬、芙蓉、ウリョシカに加え、甘夏を呼び出して同伴させている。蓬だけでは判断しきれない話題が出てくることもあるかもしれなかったので協力を仰いだのだ。甘夏を誘うにあたって率直に「妖が出た」と話題を切り出したが、SNSの文章越しにも伝わるほど興奮した様子で食いつくので、甘夏自身は乗り気で来てくれたようだ。


ウリョシカについて簡単にまとめるとこういうことだ。


・霊と似て非なるものだが今のところ害はなく、意思疎通ができる。並以上に聡明な頭脳である。

・存在維持に電力ではなく霊力を消費する。

・パソコンとしての機能は維持されている。(それどころか強化されている)

・蓬を主人として認め、仕えることを望んでいる。


と、こんなところだろうか。概要を聞き終えると、


「君の周りでは奇怪なことが耐えないねえ。」


今日はじめて妖と対面したらしい甘夏が、いつもよりウキウキとした様子で言った。


「全くだよ、芙蓉だけでも持て余し気味なのに。」


物言いこそ気だるそうであったが、俺の声色から覇気は失われてはいなかった。


「あれ、案外気楽そうだね」


「それな。まさか慣れる日が来るとは思わなかったよ。もう妖怪大戦争が始まっても冷静でいられる自信があるね。」


俺は頬杖をつき、今回の話題の中心人物(?)であるウリョシカのモニタの縁を撫でる。その反対側を、芙蓉が頬をつねるように引っ張っている。プラスチック製の外装のくせにくすぐったそうに身を捩る妖を眺めながら、甘夏は冗談めかしていった。


「それはいい傾向だね。この調子なら天津神(アマツカミ)様らが相手でも腰は引くまいね」


「すまん、流石に盛りすぎた。」


あっさりと翻した蓬に、甘夏はケラケラと笑った。


梅雨の気配を感じぬ6月の昼下がり。顔を会わせる面々の混沌さを除けば、ごくありふれた平和な日常の光景が垣間見える。気温の高さも相まって暑さに負けたようにだらける様子は、高校生が授業後の休憩時間につかの間の団欒を楽しむようでもあった。


「しかし、妖怪大戦争ねえ・・・・。」


「だから真に受けるなよ。そんなことが起きりゃ慌てるってば」


俺の言葉を思い返し、甘夏はどうもわだかまりを感じているようだった。


「いやね、霊なんて人と同じくらいそこら中にひしめいているのに。やっぱ蓬には『見えてない』のかな。それとも、見えてるものが霊だと気づいていないのか。霊力は強いくせに霊感が無いって・・・どう考えても変だよなあ・・・と思ってさ。変を通り越して非常識的なんだ。」


甘夏は蓬のこの特性をいつも奇妙に思ってた。本来ならこのようなことはありえないのだ。霊力の強さは霊感の強さ、すなわち霊との交感力に比例する。天気を操るほど強力な霊力を持つ蓬は、つまり霊の存在をもっと知覚出来ていても良いはずなのである。そのはずが、蓬の様子からでは霊がほとんど見えていないどころか、気配も感じることができていない。芙蓉やウリョシカが見えたり触れたりできるのは、高密度な霊子体であることや物質に霊的概念が憑依した物という理由で説明できるが・・・・


「普通は見えることのほうが非常識だと思うけど」


俺は口をとがらせて言った。結局、甘夏はまあいいかとその話題を打ち切る。奇妙であるとは感じつつも、かと言って理由に検討はつかず、蓬自身がそれを大した問題とも思っていないようなので気に病むほどのことではないと思ったのだ。本当は腑に落ちない部分もあった。しかし、憶測でしか考えられないことに時間を割いても意味のないことだ。


「話を戻すけど、結局蓬はウリョシカをどうしたいの?ぶっちゃけちゃうと、妖って結構な危険物なわけだけど。」


危険の度合いはともかくとして、甘夏はずばりと切り出した。細い目の奥が俺にはギラッと光ったように見えた。この物言いだと、甘夏は妖について知識があるらしい。それがどの程度なのかはわからないが。


「ああうん、なんかそんな気はしてた。」


隠しているつもりかあえて話さないだけなのか。当のウリョシカが話すのは都合のいいことばかり。きな臭いとまでは言わないが、俺にはどうもそれが怪しかった。その場にいる全員の視線がウリョシカに集まる。


『・・・・エエ、仰るとオり。ワタクシが人間や霊にとって危険物であること、それハ否定いたしません。デスが、ワタクシ自身は皆様に危害を加えようとは思っておりまセん。それダけはどうか信じていただきたいノです』


まるで追い詰められた推理モノの犯人のようにウリョシカは語りだした。俺としては別にそんな空気で話をすすめる気はなかったのだが。別に悪者扱いしようってわけではないのだ。


「・・・・わかった、良いよ。その前提で話そうか。で、危険って、具体的にどの程度?」


『・・・・・ソウですね、具体的にと言われルと難しいのですが・・・・気を悪くされるかもシれませんが、人を数人殺めるのは造作もありませン。それこそ、赤子の手をひねるほど。妖とは本来そのたメに作られたもノなので。』


「うわ、そりゃ物騒なことだ」


この一瞬で、俺の想像してたスケールの数倍はでかい話だと悟る。聞かなきゃ良かったかな、とまでは流石に思わなかったが、聞くにはちょっとばかり覚悟がいりそうだった。


『妖の歴史は遡れば約1200年前に及びマす。西暦794年、チょうど長岡京から平安京に遷都された頃合いでショうか。この頃、怨霊という存在が跋扈しておりました。原因は人間の社会的地位差による怨恨の集約・・・。貴族と庶民では生活の質は雲泥の差デシた。それ故人々の不満は募るもの。一部の人間達の怨嗟が、無意識のうちに怨霊という存在を生み出しました。怨霊の姿形は動植物を模しタり不定形であったりと様々でしたが、共通して怨霊は災イを振りまき、無差別に人々を苦しめたノです』


おお・・・なんか日本史の授業みたいだ、なんて思いつつ俺はウリョシカの話に耳を傾ける。甘夏もウンウンと頷きながら聞いており、芙蓉は・・・・テーブルに突っ伏して寝ていた。早すぎる。


ときに794年。平安時代といえば日本の歴史の中でもかなり古代にあたり、かつ鎌倉幕府が成り立つまでの390年ものあいだ京に敷かれた王朝国家である。多くの人々には雅で絢爛なイメージが強くあることだろう。しかし、この時代の貴族階級と庶民階級の生活レベルには雲泥の差があった。庶民階級の記録がほとんど存在しないためあまり知られていないことだが。ちなみにこの頃の一般庶民は未だに竪穴式住居で暮らしていたと言われている。更に治安だが、窃盗をしようが殺人を犯そうが補導する警察のような機関が存在せず、死刑などという法もなかったためやりたい放題の無政府状態だったそうだ。

・・・・・なんとなく、話が読めてきたぞ。


「その怨霊ってやつと妖は何かしら関係があると」


『その通リ。怨霊が蔓延った同時期、次に陰陽師と呼ばれル者たちが次第に株を上げてゆきました。陰陽師は元はたダの官職でしたが、律令制下において占筮(せんぜい)などを行っていた職掌柄、呪術のたぐいに明るかったため、怨霊の存在を恐レた桓武天皇が彼らにその対策を講じさせたのデす。初めは怨霊を陰陽師自らが祓って回りましたガ、際限なく生まれ続ける怨霊に彼らはほとほと手を焼きマス。怨霊は祓い方を間違えると呪いを返してくるため、素人が相手取るには難しく、熟練の陰陽師ですら綱渡りのような戦いを強いられました。結果、事実上の人手不足となり、より効率的な方法が要求されるようになりました。人出を欠かず、怨霊と対等以上に戦え、祓霊の成否に関わらず呪い返しの影響を受けない戦力の補強・・・・その案の一つトして、我々妖が開発さレたノです。』


「ふうん・・・あれ、でも妖ってカラクリにしか宿らないんだろ?その時代にカラクリなんてあったのか?」


素朴な疑問を投げかけると、ウリョシカは頷いた。


『エエ、この時代にはもうカラクリという概念はありました。西暦658年の頃には指南車というカラクリの原点が存在したと日本書紀に記述がアります。660年の頃には、既に水時計というもノも開発されテいるのですよ。ちナみに、平安時代末期には今昔物語という書物が成立していますが、その中には最古のからくり人形の記述もあるので妖を作り出すニは環境が整っていたと思わレまス。』


「なるほどね・・・つまり、妖っていうのは怨霊と戦うための兵器って言う風に捉えて良いのか?」


『当然、直接戦闘することも想定されタ設計にはなっているためソの認識で間違いはありマせんが。』


いかにもそれ以外の用途があるような物言いをしていると、俺は感じた。もったいぶっているというよりは、どうも話しにくそうにしているというか、ソフトな言い回しを探しているような印象を受ける。ここまで話を聞いた限りでは妖は人間たちにとって利益となる存在のように受け取れるし、兵器という言葉を使うと日本国民的には過度な抵抗を感じるかもしれないが、悪影響があるとも思えない。あくまで自衛目的の兵器なら、何も問題ないのではなかろうか。まさか、怨霊の発生を根元から断つために発生源の人間を殺したりなんて安直な真似はあるまい。だが、ウリョシカは申し訳無さそうに首・・・もといモニタを左右に振った。


『ご期待に添えず申し訳ないのですが、まサかも何もその通りです。その安直な手段がこの時代ではまかり通ったのですよ。何しろもっとモ単純明快かつ安全で確実な方法でしたから。』


マジか。とは口をつかなかった。話の最初のほうでウリョシカが「人を殺めるのは造作も無い」と言っていたあたりで本当は薄々感づいていたのだ。ただ、これを想像した自分が単純な頭のように思えて候補から弾いただけで。だから、ウリョシカからその実態を明かされても「・・・・ああ、そうすか」としか言葉に出来なかった。


『因みに、妖にヨる人間の殺害の方法は拷問的なものが多く』


「そ、それはいいよ!痛い話は苦手なんだよ!」


『そうデスか。ソれは残念です』


なんだかウリョシカがテンション高々に語りだしそうなのを慌てて留める。如何にもここからが本番と言わんばかりに早口になった気がするし、こいつは甘夏の言っていた通り、確かにかなりの危険物かもしれない。どS趣味の機械妖怪とかジャンルが新しすぎてどうカテゴリしてよいやら。

ごほんと俺は咳払いして、強引に話を切り上げた。


「ま、まあ理解は出来たよ。妖がどんなものかっていうのは。」


それはともかくとしてしかし、理解しただけでは根本的な解決にはならない。これまでの話を踏まえたうえでウリョシカの処遇を決定しなくてはならない。ウチで預かるのかそれとも・・・・それとも・・・・・あれ、ウチで預からなかったら、どうなるんだろう?


「なあ甘夏、もしウリョシカをうちには置いておけないとしたらウリョシカはどうなるんだ?」


「どうなるんだ?って・・・・そりゃあ、そこら辺に捨てるわけにもいかないし、現代の陰陽師組織の人たちに渡して処分してもらうとかになるんじゃない?」


「処分って、殺すってこと?」


「そういうことだね」


そうか、殺されちゃうのか。と俺は静かに呟く。現代の陰陽師組織とかそんなのあるんだ、なんて心のへえボタン3回ほど押しつつ、その時には俺の意志は既に決まっていた。


「・・・・・じゃあ、ウチで預かるよ。」


立ち上がり、俺は言う。これでこの話はおしまいとばかりに椅子を離れ、調理場に立つ。


「蓬ならそう言うと思ってたけど、忠告しておくとあまりお勧めできない選択肢だよ?」


かちゃかちゃと調理器具のこすれる音の中、振り返りながら俺は答えた。


「折角生まれたのに、そんなことで殺されちゃうのはもったいないだろ。それに元々そいつは俺のパソコンなんだから、居てくれないと俺が困る。」


「そうか。そうだね。蓬が言うと、命ってものが妙に重く感じるよ。」


甘夏が感傷的に物を言うので、俺は甘夏のこめかみにデコピンを食らわせた。「イテッ」と甘夏はデコピンされた箇所を押さえる。


「なに辛気臭いこと言ってんの。それともいまさら俺の体のこと心配してんの?いくらお前が心配してくれたって、俺の寿命はこれ以上伸びねえよ。気持ちはありがたく受け取ってやるけど。」


「・・・・・あと、何年くらいなんだい?君の余命。」


「それを知ってどうすんの」


「・・・・・確かにそうだね。」


そんなやり取りをしていると、ウリョシカがおずおずと間に入ってきた。


『蓬サマ。本当によろシいのですか?』


電子音のような声には、不安の色が聞いて取れた。


「いいよ。聞いてた通り、俺はあんま長生きできないからちょっと無責任かもしれないけれど、まあ『その時』には甘夏を頼るつもりだから心配するな」


『そうですか。しカし寿命の事なら心配には及びません。妖は不安定な存在です故、ワタクシも数年の命です。跡形もナく自然消滅する運命ですので、その時は新しいパソコンでも買って、大切にしてやってくださイまし。』


「そうか。じゃあそうするよ。これからしばらくはよろしくな」


ウリョシカも短い命なのだと知り、親近感に近いものを俺は覚える。甘夏からあとから聞いたことには、この時の俺はとても儚げに笑っていたそうだ。


「・・・・・・さて、遅くなっちゃったけど昼飯にしようか。甘夏は食ってくか?」


「うん、じゃあご馳走になっていこうかな。何作るの?」


「親子丼。だから鶏肉切るの手伝えよ」


「あ、それパス。僕は今からウリョシカの所有許可を得るために陰陽師組織の役所に出す申請の書類をまとめるからさ。」


「うぇ、許可って、そんなのいるの!?」


「当然さ!こういうのを取り締まる役所がないと今ごろ世はもっと混沌としてたと思うよ。まあ、ことはそう簡単に運ばないと思うけど、コネとか使ってなんとか許可を得てみるよ」


因みに許可がないと蓬はあっという間に裏社会のブラックリスト入りしちゃうから気をつけてね。と甘夏は身の毛がよだつような恐ろしいことを付け加えた。


こういう時、甘夏という存在の大きさを感じざるを得ない。霊に関わることにおいてやはり甘夏は俺には欠かすことが出来ないようだ。思えば昔からこの友人には助けられてばかりだ。いつか俺から感謝の印でも渡さないとならないな、と心のなかで呟いた。


「すまん任せた。じゃあ、ウリョシカは・・・・手伝える?」


何故ウリョシカに聞いたか正直甚だ疑問だが、やる気満々に『お任せクダさい』と言い、触手のようなケーブルの手で器用に料理バサミを持つので恐らく人並みに働けると判断する。


「そうか、あ、あと芙蓉起こして。お茶淹れさせて。」


『了解しまシた』


かくして菜丘家に新たな仲間を迎え、俺の人生は渦中の更に深くを潜るのだった。

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