第34話 狂った霊

ギョロリとした大きな一つ目が、こちらを見ている。それだけで絶叫ホラーである。俺は声にならない悲鳴を上げてその場で飛び上がり、足をもつれさせたせいで尻餅をついた。


果たしてギョロ目の所在や如何に。なんと、俺のパソコンの画面の中から飛び出ているのだ。

ギョロ目というがそれに瞼はなく、まるで眼球がモニタから生えているかのような、そんな出で立ちである。


ぱく、ぱく、と口を震わせる。何か物を言おうとしているのだが、びっくりしすぎて声が出ない。と言うか、現状の理解には脳が追いつかない。


『おっと、ワタシとしたことが申し遅れまシた。ワタシ、ヨモギ様のコンピュータに芽生えマした自我でございまス。』


そう言って、目の前の目玉付きブラウン管がペコリとお辞儀をした。・・・・お、お辞儀した!?どでかいモニタはぐにゃりとまるで粘土のように変形し、あたかもお辞儀をしたかのように見えたのだ。


状況が全く飲み込めない。一体何がどうなっているのか。俺のパソコンが、動いている。更に喋っている。なにがなんだかさっぱりだ。


『ウーム、コンピュータに宿った自我、では少し呼びにくイですね。僭越ながら、只今から『憂慮然ウリョシカ』と名乗らせテいただくことに致シます。さて、先ほどのお話にツイテですが、ヨモギ様はもウ少しご自身に自信を持つべきでございマす。あ、これダジャレっぽいでスね。ウフフフ。』


待て待て待て、勝手に話を進めてるんじゃない。つうか、ウフフフじゃねえよ。

びよん、びよんと机の上でスライムのように動きまわる俺のパソコン。もう、とりあえず全部後回しだ。俺はひとまず立ち上がる。


「タイム、ストップ、ウェイト、まず黙れ。なんだ。お前は何なんだ。」


そう問うと、ええと・・・・ウリョシカ?だっけ?覚えにくい名前だな!は黙り、ぐるぐるとその眼球を回しつつ答えた。


『ハテ・・・何なんだと問われると・・・哲学的デスね。さすがはヨモギ様、深いことを問いなさル。』


「もっと単純に考えてくれていい!あー、ええと・・・・・お前は、霊なのか?」


兎にも角にも、こいつの正体を俺ははっきりさせておきたかった。


『フム、なるほど。そういうことでシたか。厳密に言えば、ノーでございまス。』


「なに?」


超常的な出来事といえば全て『霊』の一言で片付けられるかと思ったが、そうではないらしい。と言うか、霊ではないならこいつは一体何者なのか?ますます疑問が募る。


「じゃあ、なんだ。なら俺にしか見えない幻覚とか?それはそれで嬉しいような悲しいような。」


『ヨモギ様。現実を見て下さいまし。幻覚なんて言ワれてしまうとワタシ、泣いテしまいまス。・・・・ええ、ワタシは霊でなければ幻覚でもなく。ワタシは俗に『妖』といわれる存在ナのです。』


妖とは、聞き慣れない言葉だった。妖・・・妖怪の妖か?いや、妖精の妖かも知れない。ともかく、俺のまだ知らない別次元の存在ということはわかった。しかし、じゃあ霊と何が違うのか。あと、なんで俺のパソコンがそんなものになってしまっているのか。冷静になってくると気になることが段々と浮かび上がってきた。


考えていると、どかどかと急いで階段を駆け上がってくる音が扉の向こう側から聞こえてくる。足音はだんだん近づいてきて、部屋の扉がひとりでにバンと開いた。


「おい、よもぎ!なんかこの部屋から変な気を感じるぞ!って、なんだありゃ!」


芙蓉だ。口ぶりからどうやらこの部屋で起きている異変を察して駆けつけてくれたらしい。と言うか芙蓉、お前そんなお化け発見器的な力があったのか。


『オヤ、これはこれは狐霊これいとは珍しい。霊格は・・・まあ、並ですね。神霊に近いでスが、にしては霊質が中途半端ですね。というコトは、あなたはまダ完全に神になりきっていませンね。ちょうどその修行中といったところシょうか。しかし、どちらにせよ滅多に出会えルものではありませン。ご利益ありそうですね。ありがたや、ありがたや~』


・・・・ん?今こいつなんて言った?芙蓉が神になりきっていない?俺はてっきり芙蓉はれっきとした神であると信じて疑っていなかったのだが。俺は口元を右手で覆うと、芙蓉が俺の背に隠れるように寄ってきて、服の裾をギュッと摘んだ。


「蓬・・・・あいつ、気持ち悪い・・・・。なんだか、あいつの周りだけ霊力場が歪んでるっぽくて・・・・。それに、あいつからは霊力を感じない・・・。何なんだ、あれ。近寄らないほうが良いぞ、絶対」


なんか今日は新しい単語がどんどん飛び出してくるなぁ。いよいよ俺の人生もファンタジー系小説化待ったなしか。時に芙蓉さん、気持ち悪いって、言葉の意味はわからないけど霊力場がってことですか。真っ先に見た目のほうが気持ち悪いって思わねえかな。まあ、冗談はさておき芙蓉がここまで怯えるのも珍しい。ひょっとしたら、これは俺が思ってる以上にヤバイ展開になっているのかもしれない。しかし、近寄らないほうが良いと言われても相手の正体がわからない以上は対処のしようがない。


『ウウム、かなり警戒されテいるようでスので、少し弁明させテいただきたイのですが。』


幸い意思疎通は可能らしいので、まずは話を伺ってみようとは思う。俺はそれに頷くと、ウリョシカはない口を開いた。


『ワタシ、自身を妖と申しましたが人や霊に害のある存在ではありません。・・・・今のところは。』


「いや、今のところはって、いきなり胡散臭いんだが。」


「蓬、早くアレ捨てたほうが良いって。」


『マアマア。それでですね、ワタシは根本的には霊と何ら変わらぬ存在なのでス。身体を構成している物質が霊子ではなく、妖子であるということ。そシて、霊体ではなく、依代に宿るものであるということ。霊との違いはたったこれだけなのデす。所謂、付喪神のようなものとでも思って頂ければよろしイかと。実際は全然別物ですがネ。』


付喪神。と、ウリョシカは言った。その名前くらいは俺も聞いたことがある。生まれて100年年月を重ねた道具が精霊を得て变化するものであると、浅い知識の中からひねり出す。

付喪神とは一般的に妖怪の一種であると語られている。俺が知るのは室町時代の御伽草子系の絵巻に記されているものぐらいであるが、その内容は人間に捨てられた道具が古くなるにつれて霊性を得て妖怪に化け、捨てられたことへの復讐のため一揆を起こすというものである。ちなみに付喪神の『つくも』とは『九十九』とも書かれるが、厳密に99という数字を表すわけではなく多数を表す言葉であるので、実際に100年かけなくても妖怪に化けられるようになるものもあるのだとか。


「俺、まだお前のこと捨ててないんだけど・・・そりゃ買い換えたいなぁとは思ってたけど」


「安心しろ蓬。復讐されそうな時は私があいつの魂まで狐火で燃やし尽くしてやるから」


恨みを買う前から復讐なんてされるのは濡れ衣どころではないと思うのだが、芙蓉の言うことも割と物騒なのでやめて欲しい。


『イエイエ、復讐など滅相もない。ワタシはワタシの意志で生まれたワけではないのですよ。それとそこが付喪神とは違うところでございマす。付喪神は霊でアりますし、パソコンなんてハイテクなカラクリは化けれません。そもそもワタシは生まれるための条件が違うノです。本来ならば自然には生まれるはずはなく、条件もいクつか揃える必要がアる。妖が生まれるためには意図的な作為がなければ難しいのでス。細かく話すと長くなるのでザックリと説明させていただきますが・・・・恐らく、霊術的な儀式陣地で、一定量の神気を帯びた霊力を複数受けたためデしょう。集まった複数の霊力が霊力場を歪め、その歪みの中心にあったコンピュータがたまたま直に影響を受ケた。更にコンピュータ内の複雑な回路や暗号化された言語、何らかの文章が妖化の呪文の代わりとなりワタシが生まれたと、おおかたコんなところでしょう。』


ザックリという割には長々しい説明だが、大方把握した。つまり、ウリョシカはかなり奇跡的に重なった偶然の産物であるということで良いだろうか。


霊術的な儀式陣地というのには心あたりがある。それはまさにこの神社のことだろう。神社には濃い霊気が集まりやすいのだと、以前甘夏が言っていたのを思い出す。

さらに何の因果か、儀式陣地というのも確かに存在する。言わずもがな、雨乞いの儀式方陣のことだろう。あれの用途を俺は詳しく知らないが、俺に雨乞いを教えてくれた爺さんはあの方陣を雨乞い以外にも応用できると言っていた。ということはあれは基礎的なもので、霊気を集めるだとかその程度の使い道だったりするのだろう。


そして神気を帯びた複数の霊力。それもこの神社に祀られている水神みずがみのものと芙蓉のものだろう。これらがちょうど俺のパソコンに働きかけ、妖化を促したというわけだ。・・・・だと思う。たぶん。


で、妖化の呪文・・・・たぶん、俺の小説の文章とかも多少助長していたりするんじゃなかろうか。でも俺、あんな中二病くさい文章なんて書いてないぞ。俺のじゃなくて、ネット上のほかの人のやつだ。そういことであってくれ。


こうして考えると、本当に良くこんなに条件が重なったものだと、少し感動してしまう。話から推察するにどれか一つでも欠けていたらウリョシカは生まれていなかったようだし、ここは素直にこいつの誕生を祝福してやるべきなんだろうか。別に害はないらしいし。見た目はかなりキモいけど。


「まぁ・・・・そりゃ、良かったな。偶然でも生まれてこれて。」


『持ち主サマにそう言って頂けるとは、ワタシ、感涙極まるばかりでございマす。』


ボタボタと、ウリョシカの眼球から超大粒の涙が溢れる。


待て待て、泣くのかお前。その汁一体どこから出てるんだ。パソコンなんだろお前。ってことはそれ液漏れしてんじゃねーか!欠陥品か!


「しかし、生まれた時から頭良さそうだなお前。見た目かなりキモいけど」


芙蓉がウリョシカをまじまじと見つめて言う。


『エエ、コンピュータですし。それにハードディスク内のヨモギ様の小説も全て把握しておりますから言語力もございマス。』


「だってさ、よもぎ様。」


ニヤニヤとした表情で、芙蓉は俺に言った。


「いや、俺の小説くらいで恥ずかしがったりしないよ。どうせ初めから人に見せる目的で書いてるんだ・・・・し・・・?」


・・・・いや待て。


待て待て。


待て待て待て。


こいつ今なんて言った?『ハードディスク内の・・・・俺の・・・?』

その一部分が光の速さで何度も俺の脳内を反復し、全身からどっと嫌な汗が噴き出る。芙蓉のニヤケ顔の真意を、直感的に理解する。


「・・・・・ウリョシカ。お前ひょっとしてハードディスクの中身・・・」


『エエ、テキストファイルのみならず全て把握しておりますよ。PDFでもJPGでも。思ってたヨりイッパイありますね。あ、イエイエ。比較的ノーマルな趣味だと思いますよ。チョットS向けなのを除けば』


「お前、あっさりバラしてんじゃねえええ!!!」


俺の絶叫などお構いなしに、間髪入れずに芙蓉が言う。


「ウリョシカ。スライドショー。」


『イエッサー』


「イエッサーじゃねえ!公開処刑じゃねえかやめろお前ら!見るな!頼むから見ないでくれ芙蓉!ちくしょう壊す!お前を壊して新しいのを買う!」


この後、結局ガッツリ見られてしまったわけだが、芙蓉曰く「意外とフツー」とのことで、何故か少しガッカリされてしまった。「え~?よもぎこんなのが趣味なの~?笑笑」とか、そんな感じでいじられたほうがまだマシだったかもしれない惨状に、俺はどう向き合えば良いのかわからなかった。気になる女の子にハードディスク内のちょっとしたエロ画像をうっかり見られた男子の気持ち、男ならきっと理解してもらえると思う。

俺だって女みたいな顔してるけど、男である。理由ワケあって俺はもう童貞でも処女でもないけど、いっぱしに性欲はあるのだ。この前だって必死に隠していたけど、芙蓉を膝枕してただけで、陰ですごくドキドキしてたぐらいなのだから。


・・・・・うう、と俺は頭を抱えた。やっぱりコレって、恋なのだろうか、と。


昨日はついに夢にまで出てきてしまって、本格的に意識してきてしまっているような気がする。人間が神様に、しかもこんな傷だらけの、女みたいな男が恋だなんて・・・おこがましいような気がしてならない。たまに芙蓉がしてくるスキンシップだって、友達の延長線ぐらいの感覚でやってるようなものだろうし。向こうが俺を男として見てるとは思えない。そして今日の事件のこともあり、どこから立ち直っていければ良いのか、どのように立ち向かっていけば良いのか、わからなくなってきていた。

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