第31話 男だからこそ栄えある世界

前回のあらすじ。賭け事に負けたよ!何でも言うことを一つ聞かなきゃいけなくなったよ!メイド服を着なさいだって!仕方がないから着るよ!という展開に引き続き誠に解せぬが激しく遺憾ながら。


「僭越ながら男、菜丘蓬。恥を偲び涙を呑み、己の不甲斐なさに対する業腹すらかなぐり捨て去り、着用させていただきましたよ。はいはい、言われた通り着ましたよっと・・・」


二階の自分の部屋から降りてきた蓬は、あられもない自分の姿から目を背けるように、目を閉じ眉を寄せてそう言った。そこそこハズいらしく頬は朱色である。


神社というスポットにおいて場違いにも程があるが、それでも敗者の勤めは果たさねばならぬ。仕方がないのだ。戦争に負けたのだから。たった一日の辛抱である。と、自分に言い聞かせ、人生に何度あったか知らぬ女装なる矜持に従事していた。


その姿や、見るも可憐な乙女である。もともと蓬なる男は女顔であり髪も長く、声、しぐさや振る舞いに至るまで女性らしい要素の目立つ人間だった。しかも性根は母性的であり、性格はやや面倒くさがりだが慈母の如く厳しくもあり、優しくもあるといったもの。いくら蓬が男性用の衣類を着ていようとも、初見でその性別を看破するのは至難の業であり、幾人もの人間が図らずも騙されてきたほどだ。男子用トイレに入れば出くわした男はその場にかがみ込み、電車に乗れば痴漢に遭う。そんなコメディにもならない人生を強いられるほど、蓬は女としてならば魅力の塊なのだった。なればこそ、そんな男が女装をすればどうなるか。世の男は放っておかず、命を賭して蓬莱の玉の枝すら献上にあがるだろう。


ともかく、男には見えないほど女らしいのだ。それが、よりにもよって今はメイド服に身を包んでいる。


やれやれと、俺は溜息をつく。惜しむらくはこのメイド服のサイズが俺にぴったりなことである。幸いにも長袖ロングスカートの代物で、肌の露出は極力抑えられてはいるが、こんなものを芙蓉が単独で入手できると思えない。おそらくキンギョもグルだろう。ということは、今夜またキンギョがウチに来るに違いない。そして、このカッコの俺を存分に笑うに違いない。ますます俺は肩を落とした。


メイド服はさして派手なものではなかった。よくあるコスプレショップに売ってるような、ごくありきたりなデザインのものである。もちろん、こんなものを着て街を歩けば目立つことは必至だろうが、数ある種類の中でも、これは大方地味な方である。

しかし、それが逆効果だった。装飾が地味ならば素材が引き立つ。元が悪くない・・・どころか実はかなりの美貌であるが故、蓬の姿は一層花も恥じらう美少女に仕上がった。

スカートの上からでは見えないがご丁寧にきちんとガーターベルトを装着していたり、髪型を普段しないポニーテールにしているところから、蓬の妥協をしない性格が伺える(ただし下着だけはいつものトランクスである)。そして完璧なまでに似合っている。可愛らしい花の形の髪留めが、なお美少女らしさに拍車をかけていた。


「す・・・・すげ・・・・・」


蓬の姿を見た芙蓉が感嘆と羨望による嘆息を漏らす。女である自分より女らしいことに妬ましささえ抱かぬものの、女であるが故、芙蓉はその輝かしいまでの姿に憧れすらした。


「はぁ・・・・・なんてものを用意するかな。つうか、最初からこれが目当てで賭けなんて始めたな?」


「・・・・・・・・」


ぼうっと呆けたように口を半開きにしたまま、芙蓉は動かない。見つめられ続けることに耐えかねた俺は自身の肩を抱き、恥じらいながら叫んだ。


「ね、ねえ、なんとか言ってよ。」


「へ?・・・・あ、その・・・・似合いすぎて意表を突かれたっていうか、見惚れてたっていうか・・・・その、すっごく・・・・・キレーで、可愛い・・・・」


「なっ!?・・・・・そ、そんな、ば、ばかにしやがって・・・・」


消え入りそうな声で、なんとか否定の言葉をひねり出す。そんなふうに言われることのほうが意表を突かれる。恥ずかしさはピークに達し、俺の顔は火を吹きそうなほどに真っ赤になった。


(そんなの・・・そんなの芙蓉に言われたら・・・・・ちくしょう、ちょっと嬉しいぞ・・・・・・・)


こんな状況、一日保つ気がしない。頭に血が上りすぎたせいか、ぺたりとその場に座り込む。露出はないのに裸を見られるよりも恥ずかしいなんて、そんなのないぜと俺は愚痴る。それだけでなく、恥ずかしいのとは違うこの心臓の拍動が、よくわからないけど破裂しそうで苦しくて、心地いい。


こう言ってはなんだが、俺は女装には慣れている。専らこの顔だ。過去に幾度と無く女装させられた経験がある。だから今回潔く着ることが出来たのも、半ばその経験に基づく諦念によるところが大きい。


しかし今まで完全に諦めることができていたのは、周りが面白半分に着せ替え人形として扱っていたからである。それが今回はそうでもない。今こんな姿を見ているのは芙蓉だけであり、俺は芙蓉のためだけにメイド服なんて着ているわけである。そして芙蓉は、こんな俺の格好を見て、冗談ではなく、たぶん本気で、褒めてくれた。今までどんなに可愛いねって言われても嬉しくはなかったのに。俺は男だから、可愛いは褒め言葉ではないと、決して相好を崩すようなことはなかった。なのに・・・・・・そんな芙蓉の純粋さに。


「くぅ・・・・なんで負けたんだ、俺」


なんだか妙に悔しさが再燃して、そんな言葉をつぶやいた。


「おいおい、まだ言うのか。ま、今度こういうのナシで普通に対局しようぜ。将棋は初めてだったけど、結構楽しかったんだ。」


よしよし、と勝者は敗者の頭を撫でる。くそう、頭を撫でられるのって、こんなに気持ちよかったっけ?


「まぁ、それとこれとは話が別だ。今日一日は私がご主人様だからな。精一杯ご奉仕しろよ使用人」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」


言葉の意味がわからず、一瞬俺は目を点にした。


「は?じゃないよ。まさかメイド服着るだけで終りと思ってないだろうな。当然それ着てるんだから、メイドらしく振る舞えって言ってんだ。」


さも当たり前のように言う芙蓉に、今度は別の意味でめまいがした。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・マジで?」


「マジで」


「そ、そんなの、願いを聞くのは一回だけだろ!?」


「あれ?泣きの一回の勝負を認めてやって、さらにそれにも負けたの、誰だっけな?」


ぐえ、と喉から変な声が漏れた。そうだ。素で忘れてた・・・・。そうか、そりゃそうなるよな・・・。


「ホントに、なんで負けたんだ・・・」


「今回ばかりは諦めなよ」


かかか、と芙蓉は笑う。俺はスカートを払い、悔恨を振り払って立ち上がった。


「ええい、俺も男だ。いや男は普通こんな服は着ないけど。ともかくたった一日の従事くらいやり遂げてみせようじゃないか!」


かくして、蓬の一日メイド体験が開始したのだった。

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