第28話 背番号0のセカンドランナー

後日、私とキンギョは都裏の花園へ出向き、作戦会議を開く下りとなった。私はいつもの春服とキャップに身を包み、なるべく耳と尻尾を隠す出で立ちである。対するキンギョは夏真っ盛りでもないのにアロハシャツに、足のラインがはっきりするようなチノパンという派手な出で立ちだった。なぜ蓬の家を出て向かった先がここなのかと言うと、特に意味はないが、目的地もなく足を運んでいたところ、自然とここにたどり着いてしまったのだ。


「しっかし、芙蓉ちゃんも厄介な男に惚れたよね。そういう芙蓉ちゃんもなかなか厄介だけど」


まさか本物の神様とはね、とキンギョは豪快に笑った。


「まぁ、正確にはまだ見習いというか、修行中なんだけど」


神様だろうがただの霊だろうが人間ではないことに変わりはない。


「果報者だね、蓬くんは。神様に愛された人間かぁ・・・なんだかすごくドラマティックじゃない」


「そ、そんなに大げさなものじゃないって」


キンギョの言うことは間違いなく過大評価だが、そんなふうに言われると照れてしまうというものだ。


 キンギョは、私が神であるということを、案外というか案の定というか、あっさりと信じた。

蓬曰く、彼女は『こっち側』ではないらしいが、もともとファンタジー脳らしくこういうのは逆に好物であるという。キンギョの順応は早く、他言はしないと理解もあった。常識人かというと首をひねるところはあるが、人格者であることは疑いようがない。


公園につくと私たちは最寄りのベンチに座った。私はそれと同時に、こっそりと唇に人差し指を当てる。言わずもがな、ハナマイリに対するジェスチャーだ。彼女は今のところ姿を見せていないが、気配はある。

 ハナマイリは土地神・・・ではないが土地を依代に憑く守護霊だ。もう少し馴染みの有りそうな言葉で例えるなら要は地縛霊に近い存在である。この場を離れる事ができない霊なので、ここにいるのは間違いない。だからきっとこの会話を聞いているだろうし、ハナマイリの性格なら飛び入り参加するかもしれない。私の存在が知れている時点で手遅れかも知れないが、あくまでキンギョは『こっち側』では無いので、ハナマイリには悪いが今回は静観に徹していてもらうことにする。どちらにせよ、キンギョにハナマイリの姿や声は届かない。


「・・・さて、じゃあ何から話そうか」


足を組み、肘を背もたれにかけてアロハシャツの胸ポケットからタバコを取り出すと「吸ってもいいか」と箱を揺らつかせた。一応、灰皿がある場所ではある。ハナマイリがどう思うか少し考えて、私は首を縦に振った。さんくす、とキンギョはタバコに火をつけた。ホントは煙草の煙は苦手だが、まぁ、たまにはいいんじゃないかという気分だった。吐き出された煙は冬の吐息のように消えていった。


 何から話そうか、とキンギョは言った。私も何から聞こうかと迷っていた。なにしろ知りたいことなんて山ほどあって、逆に聞きたいことを絞りきれずにいる。そう思った時、ひとりでに目からうろこが落ちた。


「・・・ああ、私、蓬のこと何も知らないんだな」


恋は盲目、と昔誰かが言ったらしい。ただ盲目的に片思いの相手を想うだけでここまで視野が狭くなるものかと、私は私を鼻で笑い、だが同時に少し誇らしくも思った。


「なあに、知らないことは恥じゃないさ。知らないからこそ魅力的に見えるんだろうに」


それもまた、目からうろこな言葉であった。


「キンギョからそんな言葉が出てくるとは思わなかったな」


「馬鹿と天才は紙一重って言うだろう」


「それってどうなの」


キンギョの不思議なキャラクターに思わず笑ってしまった。なんたって、こんなポジティブな自虐は初めて聞いたのだ。要は、意味は違えど何でもかんでも都合よく解釈してしまえということだ。


「その場しのぎとしては優秀だと思うがね。ただ社会で長生きできない。たまには長いものに巻かれろって彼氏によくどやされるよ」


あくびれもせず笑うキンギョを見て、こいつひょっとして大物なんじゃなかろうかと思った。


「そういえば、キンギョは付き合ってるんだっけ。どうなの、仲良くやってるの?」


蓬のことを聞く前に、キンギョの彼氏との仲がどうなのかが気になった。付き合うってどういうことなのか、どんな関係が良いのか、それが知りたくもあったからだった。だが、キンギョの答えは良好というでもなく険悪というでもなく、ひどく曖昧なものだった。


「いんや、どうかな。」


「え?」


「まあ、別に仲悪くはないんだけどさ、全然。ただ遠距離恋愛なんだよ。彼氏、仕事の出張で結構他県に飛んでっちゃうからね。あんまり一緒に居ることはないんだ。連絡は最低限だし。ま、元気そうではあるけどさ」


キンギョの話す態度に変わりはなかった。


「・・・・寂しくは、ないのか?」


「ないない!会えば結構甘えさせてくれるし、甘えてくれるし。出張先で浮気してないかって聞いたら、男しか職場にいないのにどうやって浮気するんだって言われちゃってさ。そりゃあ一晩中相手するしか無いよね」


不思議な事に、寧ろキンギョは楽しそうに話すのだった。会えないのは、お互いに寂しいはずじゃないのか。もし、私が突然蓬と会えなくなってしまったら・・・あ、やだ。考えたくない。


「今生の別れってわけじゃないからね。まぁもしも彼氏彼女の関係じゃなくなっても、たぶん寂しくはないんじゃないかな」


「流石にそれは信じられないな」


なおも笑いながら、キンギョは語る。


「よく言われるよ。別れたら絶対に号泣するでしょって友達にもさ。でもね、なんていうか、好きとか嫌いとか、そう言うだけの関係じゃないっていうか。友達の延長っていうの?お互い心で支え合うパートナーっていうの?そう、漫画で言う『良き友であり、良きライバルでもある』みたいなそんなのに近いかなぁ」


それが本当なら、マジで漫画みたいだ。というか、私は愕然とした。なにしろ私の想像していた恋愛の風景とはまるで異なっていたのだから。


「それ、どうやって付き合い始めたのかすっごく気になるんだけど。」


「そうだなぁ、付き合い始めてるのかもしれないし、実はまだ付き合ってないのかもしれない」


「ええ、意味がよくわかんないんだけど・・・」


「そもそも告白とか、別にしてないんだよね。学校で知り合った。たまたま気が合った。仲がいいねって、二人は付き合ってるのかって、周りから言われるようになった。じゃあ、そういうことにしようかって事になって、今こんな感じ」


「『じゃあ』って・・・そんなノリで!?」


めまいすら覚えた。それは、どうなんだ。そもそも、前提としてあるはずの恋心とか愛とか、それらがまるまるスッポ抜けているではないか!今更だが、こんな人物に相談しようとしていることに一抹の不安を覚え始める。


「それなんだけどさ、オイラはみんなのほうが勝手だって思うね。いちいち理想が高過ぎなんだよ。やれロマンチックな恋がしたいだの、やれ相手にノルマを要求するだの。そんなの、付き合ったりする前から相手を疲れさせてどうすんの」


それはもっともかも知れないが、それはそれで極論のような気もする・・・。しかもキンギョは偶然の積み重なった結果であって、そもそもその彼との出会いがなければその理論は成立しないのでは。とは、恐れ多くて口にできないが。


・・・・しかし、言いたいことはわかった。それが通用するかはともかくとして、キンギョの言う理想的な関係とはどういうことなのか。それは、ある意味私が求めていた回答でもある。

そして俗に、こういうのが人間の世間一般で言う『いい女』というやつなのかもしれない。


「ま、蓬くんに言い寄る女の子には、がっちりノルマを要求させてもらうけどねえ!」


ひえええぇぇ・・・、と私は心のなかで悲鳴を上げた。ホントに『いい女』だ・・・。私もだけど、こりゃ蓬も大変だ。と、若干の同情を覚える。


「ダイジョブダイジョブ!芙蓉ちゃんは結構私のお眼鏡にかなってるからね、蓬くんを泣かせたりしたらそりゃあ相手が誰でもぶっ飛ばすけど、だって神様を計るなんて恐れ多いったらありゃしない」


わっはっは!とキンギョは冗談めかして笑うが。


(こ、怖えぇ・・・)


その声は本気だった。ゴクリと喉を鳴らし、萎縮しきった私は


「ど、努力します・・・」


蚊の鳴くような声でそう言うしかできなかった。


「うんうん!頑張ってね、未来の妹よ」


丸めていた背中にバシッと平手がはいる。




キンギョの激励。その言葉が、それでもなんだかとても頼もしく感じた。


未来の妹、かぁ・・・・なんて。


復唱すると、勇気もやる気も漲ってきた。

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