第27話 秋波は誰が為
チョイチョイと砂を掻くような指の動きを向けられて、私は「こっちに来い」と催促されていることを察知した。呼ばれるがまま私は席を立ち、キンギョの後ろを子ガモのようについていく。家の外へ出るわけではなさそうだが、薄暗い縁側まで出るとそこでキンギョは立ち止まった。
しかし、こうしてみるとキンギョの見上げるような背の高さに圧倒される。身長は…おそらく180cmを超えているだろう。よもぎよりもよっぽど背が高いどころか、私より頭一個分以上も抜きん出ている。私にもこれくらいとは流石に言わないが、背丈があればもう少し蓬と近い視野でものを見たりできるだろうか。あわよくば見下ろすほどもあれば、逆に蓬の頭を撫でたりしても絵になっただろうか。なんてことを考える。しかし、今日みたいに蓬の胸に顔を預けたりした時のことを想像して、カッコがつかないと思えたのですぐにその妄想は振り払った。
縁側に電灯はあるが点いておらず、この場を照らすのはせいぜい他の部屋から漏れでた光くらいだ。だが辛うじて人の顔くらいは薄ぼんやりと確認でき、表情も目を凝らさなければならないほど確認に難はない。
古屋敷であるために部屋と部屋を隔てるのは障子や
立ち止まったキンギョは何を意識してか、気持ち小さめに口を開いた。
「やぁ、改めてごめんねキツネちゃん、突然おじゃましちゃって」
キンギョは両の手のひらを合わせ、軽く頭を垂れた。
・・・・正直、拍子抜けしたというか、面食らった。今、蓬はあの何もかもがキョーレツな果物の残骸と格闘中なわけだが、食べ終わるやいなや言葉もなくお呼びがかかるとは、一体全体何事かと一瞬警戒してしまったものだったのだ。
「そんな、もう気にするなよ。だいたい、邪魔してるのはこっちの方だ。」
繕うでもなく警戒もなく私は言った。人間の良し悪しは匂いでわかる。もちろん本当に匂いがするのではなく直感的な意味での話だが、そうでなくても話しぶりから善人であることは感じ取れる。何より、蓬の姉貴分だというのだから、そうそう悪人ではなかろう。まぁ、仮に悪人であろうと馬が合わなかろうと、それゆえ下手に出ることも概ね覚悟していたりしたが。しかしこうして律儀に頭を下げるくらいだ。杞憂に心のなかで胸をなでおろしながら、キンギョの行動に逆に申し訳ない気持ちを抱いた。
「あー、えっと、そういえばまだ名前言ってなかったっけ。私は芙蓉っていうんだ。あんたのことはキンギョって呼んでいいかな」
キンギョはうんうんと頷くと、人懐こそうな笑みでニカッと笑った。嵐のような奴なのに太陽みたいに明るく笑うなあと、なんとなく思った。キンギョに対して、もう剣呑な感情は持ちあわせてはいなかった。それはキンギョの人柄の賜物だろうか。あっさりと人間と寛容に接するようになったあたり私も200年のうちに角が取れたんだと、今更ながら思う。ほんのちょっとだけしみじみとしているとキンギョは声をさらに潜めて言った。
「ところで芙蓉ちゃん。君さ、蓬くんのコト好きなんでしょ?」
「ぶっ」
人のことは言えないが、登場の仕方と言いこの女はどうして何につけても突飛なのか。と言うか、こうもあっさりバレるものだろうか。
「いやそれはあの」
「いやいや、みなまで言わずともわかるとも。蓬くん面倒見がいいし可愛いし料理も上手だし。あとあのちょっと枯れてるところがいいんだよね、しっとりしててそばにいると落ち着くっていうか。そういうところにぞっこんなんでしょ?おねーさんわかってるんだからぁ」
話を聞いてくれないどころか、話をさせてももらえない。さらに妙に勘がいいというか、私が蓬のどこが好きなのかを的確に突いてくるものだから文字通りぐうの音も出ない。もしやキンギョも蓬のことが大好きなのか。ということは、まさか恋のライバルの登場ということだろうか。
「ふふ、図星みたいね。あ、心配しないでいいよ私彼氏いるし」
もう、ここまで勘がいいと心を読まれてるんじゃないかとすら思えるが、どうやら蓬のことを男として好きなわけでは無いようで私は安堵の息をつく。と同時に、なんとなく張り合いのなさも感じて、ほんの少しだけ味気ないなとも思った。
「だ、だったらなんだよ。塩でも送ってくれるのか」
「やだなぁ、冷やかすような女に見える?オイラは芙蓉ちゃんのこと全面的に応援するし協力するからね!いやぁ、蓬もこんな可愛い女の子に好かれるなんて運が巡ってきたねえ」
キンギョは声は小さめに、けれど力強くそう言った。
「それはありがたいけど...」
応援や協力と言われても、具体的にどうしてくれるのか想像がつかない。
「具体的にって言われるとアレだけど、例えば蓬くんの身長体重誕生日とか身近なものから食べ物映画好みの女の子のタイプみたいなちょっと親しいお友達なら知ってそうぐらいのランクの知識、果ては触られると弱いところやらフェチやら好きなエッチの体位まで幅広くお教え出来ますが」
「詳しく聞こう」
願ったり叶ったりだった。
「おっ眼の色が変わったね。良き良き。今日はもう遅いからまた今度場所を改めて話そうか。あ、話ついでに芙蓉ちゃんのことも教えてよ。蓬くんとどんな風に過ごしてるのかとかさ」
かくして、私とキンギョの奇妙な同盟が結成されたのだった。
「何してたんだ、二人とも」
台所に戻ると、蓬が不思議そうに聞いてきた。ああ、いとおしきかな我が蓬。ちょっと小首をかしげているところなどなお可愛らしい。その動作が似合う男というのも考えものだが要は可愛いはジャスティスということだ。しかし悲しきかな、いや、特に大きなアタックを仕掛けたことがあるわけではないけど、私にはなかなか興味を持ってはもらえない様子。蓬が極端に奥手なのか、私のような霊は恋愛対象には含まれないのか。少なくとも家族愛のようなものは向けてもらえているようで、キンギョ曰く、かなり『なつかれて』はいるらしい。
私やキンギョ、甘夏以外とは殆んど交流を絶ってきたと蓬は言った。つまり、蓬にとって私は特別な存在だと認められているわけである。
ただし、そこは私の目的地ではない。私がなりたいのは蓬の恋人であって、キンギョや甘夏の同列では満足するには足り得ないのである。特別の中でも最も特別なポジション。ゆくゆくは順当なステップを踏まえた上で嫁入りまで至れたら素敵だが、とにもかくにも目標はそこである。
願わくは、まだ私に魅力がたりないだけであって欲しい。それならば左右するのは努力次第だ。霊が恋愛対象にならないと一蹴されては、論外と言うに止まらず目も当てられない。いくら私でも、きっとすぐには立ち直れないだろう。
だから、もう少しだ。もう少しだけ...
「ちょっとないしょだ」
...オレの『本当の正体』は、この恋心を伝えるその時まで秘密なのだ。
「ああ、蓬。私は明日昼から出掛けるな」
「オイラと一緒にね」
「...?いいけど、随分早く打ち解けたね、あんたら」
「話せばわかる、っていうやつだ」
そう言うと蓬はそれ以上追及せず、それは何よりと答えてポケットから文庫本を取り出した。特徴のないシンプルな栞が挟まっているページを開くと、思い出したように蓬は言った。
「キンギョ、どうせ泊まってくんだろ?湯は沸いてるからお先にどうぞ」
「あら、それはありがたい。ご無礼します。」
それを聞いて、私は合点がいった。この家には蓬しか住んでいないはずなのに、衣類の入ったタンスのなかには明らかにサイズの大きい女物が入っている棚があるのを私は知っている。初めは蓬の女装趣味かと思っていたが、恐らくあれの持ち主はキンギョなのだ。たびたびこうして泊まりに来るから、着替えだけここに置いているのだろう。泊まるつもりなのに手ぶらなのが何よりの証拠だ。
私は一人謎が解けてスッキリしているところに、キンギョが何やら悪いことを思い付いたらしくにやりと笑顔を携えて言った。
「いや、良いこと思い付いた。みんなで一緒に入ろう」
「ばーか。いくなら女だけで行ってこい」
まぁ、分かっていたことだけど間髪入れずに蓬は拒否した。
「つれないねえ、昔はよく一緒に入った仲だってのにおねーさんさみしい!」
「何年前の話だ。子供じゃないんだから」
「マジで!?羨ましいぞ私も蓬と一緒に入りたい!」
「お前は変なところに食いつくな」
「蓬は私の身体に興味ないのか?」
「ノーコメントで」
結局、風呂へは私とキンギョの二人で入ったわけだが。
「げぇっ!芙蓉ちゃんなにそれデカっ!イバラキングかよ!」
服を脱ぐなりキンギョは何故か茨城県ブランドのメロンの品種名を叫び
「うえぇぇえ?!!?は、生えてる?尻尾これ生えてる!?ナマモノ!?」
尻尾のこととかすっかり忘れてて、後程蓬と反省会を開くことになった。
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