第19話 バンビーナ
目の前が瞬間的に輝いた。光を見たと言っていい。瞬いては消えて瞬いてはまた消えて。それを繰り返す
超新星爆発という言葉を思い出した。大規模な恒星がその一生を終えるときに起こるとされる現象だ。
地球から見える天体の星々で、それが一斉に起こったかのようだ。何百光年の距離をも無視して降り注ぐその光は神秘的というにはあまりに眩しく、神々しいというにはあまりに乱暴だ。
強引に輝くそれらは美しさには欠けるが、力強さを持ってその明るさを示した。
大きな光は遍く広く拡散し、視界一面を霧中にするほどに白く染め上げた。それはまるで、この世界の果てに辿り着いたかのようだった。
まあつまり、とても辛かったということだ。
以下は上記の要約のようなものだが、口のなかで音速でパチンコ球がガンガンはじけまわってるみたいな感覚がする。それに口の中も焼けるように熱い。というか痛い。そして辛い。つらい。あまりの辛さにびっくりして言葉の通り俺の体は跳ね上がり、膝をテーブルに打ってガチャンと大きな音を立てる。口も膝も訳の分からない痛みに苛まれてちょっぴり泣いてしまった。
周りの他の客がちらほら何事かと見るものもいるようだが、気にしている余裕はない。テーブルの上の水の入ったコップを取るなり噛みつくように中身を口へ流しこむ。しかし、カプサイシン的な辛味の成分が水に乗ってさらに広がるばかりで楽になるどころか寧ろ逆効果。二次被害のようなじんわりとした痛みを感じて俺は口を押さえて暫く悶えた。いっそ水じゃなくて、-196度の液体窒素でも欲しいくらいだ。
「ゲホッ!エ゛ッフ!!うあ、ああ・・・・んぇうっ・・・・・っっっはっーーー・・・・・はっー・・・・・・・あ・・・
辛さに耐えつつようやくひねり出した言葉は、やはりと言うか舌足らずだった。
「よもぎ」
いつになく乱れる俺に反し、いつになく芙蓉は真剣な眼差しで俺の名を呼んだ。なぜこの状況でそうなるのか知らないが、俺は視線だけで「何だ」と芙蓉に返す。すると、芙蓉は頬を朱に染めてこう言った。
「えろい。」
直球ストレート170kmの豪速球。えろい。じゃねえ。なにを言ってるんだ。そしてお前はいったい何を赤くなってんだ。今の俺は辛くて苦しんでいるはずなのに何をどう履き違えればそういう言葉が出てくるのか。疑惑に満ちた目で睨んでやるとテーブルの上の俺のスマホを取って、どこで覚えたのかインカメモードにしてきたそれを向けてきた。
そこに写っていた俺は想像通り、顔を真赤にして滝のような汗を流し、苦しそうに涙を浮かべて顔を歪めていた。
『そこまでは』俺の想像通りだった。
ただ、その様子に加えて瞳はうつろにとろけ、荒い呼吸を抑えるように口元を手で覆っている。さらに弛緩してしまっている唇から溢れ出る唾液が零れそうになるたびに弱々しく嚥下している。そんな姿であった。
・・・・確かに、芙蓉が形容するような出で立ちであり、その様子はまるで___
「犯されてるみたいだよな!」
さすが芙蓉さん。思っても言わなかったことをこの娘は平気で豪語なさる。しかもちょっと興奮気味に。
まぁ、俺もちょっとは思ったし、気分的にもだいたいそんな感じではあるけどさ。激辛カレーに口ん中レイプされたって言うと、それ以上の表現もないだろう。だが痺れもしねえし憧れもしねえよ。芙蓉さん、スパッと爽快にグレーなことをおっしゃってますが女の子が真っ昼間の公共の場でそんなことを言うんじゃありません。俺は心の中で芙蓉のセクハラに対して叫びつつ大きくかぶりを振った。
「物好きなやつ」
俺は口を抑えたままそう言った。
「それはどういう意味で?」
「2つの意味で」
極端に辛い物好きなのも、こんな俺を見て鼻息を荒くするのも、どちらも俺からすれば呆れるくらいヘンテコな趣味だ。人間の味覚は甘み、苦味、酸味、塩味、うま味に対して以外の受容体をもたない。つまり厳密には辛いものを辛味として感じているわけではない。舌が実際に感じているのは辛味ではなく痛みである。人はそれを勘違いしているに過ぎない。だから俺は辛い物好きな奴らはみんなこぞってドMなのだと思っている。
「確かに、言われてみればそうかも知れないな。」
思いの外、芙蓉はあっさりとそれを認めた。
「辛いものが好きなのに理由なんてないさ。強いて言うなら挑戦心かな。対抗心かもしれない。そこに真っ赤なトウガラシが立ちはだかるなら、私は正面から立ち向かって全部食べてやる!ってね」
思いの外、ヒロイックな精神で食に臨んでいたらしい。一瞬芙蓉のことをカッコいいかもしれない、なんて思ったけど、詰まる所ドM精神論だよねと思うと気の抜ける話だ。
「ドMはドMでも、頭に『意識の高い』がつくけどな」
否定しないどころか、逆に誇られてしまってはもはや俺は舌を巻くしかなかった。
結局俺は味のよくわからなくなったチャーハンを泣く泣く食べる中、「よし、完食!」と、激辛カレーを見事胃袋に収め、高らかに勝利宣言する芙蓉を見て、アレを汗一つかかずに完食できるってことに陰ながら戦慄していた。
後日。と言っても翌朝の話である。
「よ・・・よもぎ・・・・・よも゛ぎぃ~~~~~~~~・・・・・・・・・」
地獄の底から唸りを上げるようなその声は、我が家のトイレの戸の向こうから響く。
「肛門がヒリヒリするぅ~~~~~~」
呆れてものも言えぬ俺は「いちいち報告するな」と軽くあしらう。そりゃあ、あんなもの食えばそうなるさ。それは芙蓉もわかっていたことであろう、故に俺は決して彼女に同情はせず、哀れむこともしなかった。俺も一口といえどアレを喰ったのだ。
あとは、お察しいただこう。
「はくじょうものー!」
今日も、朝から騒がしい。
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