第18話 お水はセルフサービスです
「ところでさ」
と話を切り出すものの、はっきり聞いても良いものか。菜丘蓬は小さな葛藤をしていた。
なにせデリケートなトピックだ。特に女には。
「お前、歳いくつなの」
結局軌道修正すること無くどストレヱトに聞いてしまったのには若干自責の念を抱いた。
この世に知らぬが仏、なんていう言葉があると知っていてなお言葉にしてしまうのは知的好奇心か、はたまた怖いもの見たさか。俺はマゾヒストではないので後者は断固として認めるつもりはないが、そのほうが気楽だったのかもしれない。
ハナマイリとの談笑もひとまず落ち着き、日も登りきったくらいの刻限。人の体の、特にお腹のあたりは中毒でもないのに食べ物を定期的に欲するようにできている。近場の軽食店を適当に抜擢し腰を据えているトコなのだが、先程から妙にそわそわする芙蓉を見るに耐えかね、とりあえず話をしようと試みたのだ。
店内は昼時であるために客はそれなりに多かった。店員は慌ただしくなく暇そうでもない。決して静かではないが穏やかな空気に包まれていたので、話すにも不都合はない。はずだった。
しかし、ハナマイリのところで色々と口軽によく喋ったもので、もはや今日は話のネタなど、元々会話ベタの俺にはこれっぽっちも残っていなかった。そして絞り出した結果がこれである。
考えても見れば俺は芙蓉についてまるで興味を持たず、出会った時でさえその名前すら聞こうとしなかった。質問自体はキワドイが、芙蓉自身のことを尋ねるのは、ひょっとしたらこれが初めてなのではなかろうか。
「知らね。あ、ところでよもぎよもぎ。ここのハンバーグとカレーすごく美味しいな!」
いろんな懸念やら多少の緊張はどうやら杞憂だったようだ。だがしかし、いくらなんでもそれは些か無責任すぎやしませんかね。
っつうか、お前の食べてるそれは何だ。怪物ウォッチハンバーグ?お子様ランチかよ。メタルスライム盆踊りカレー?カレーの方は意味不明だよなんでそんなに金属質なカラーリングのものを食えるの。しかも何か名状しがたいベビーサタンのようなものがライスの上で盆踊りをしている。生きてるの?それ。何が乗ってるの?ほんとにそれ食べれるの?メニュー表に書いてなかったよねそれ。
「知らねって…じゃあ、生まれたのが何時頃なのかとか、少なくとも何年生きてるとか、そういうのわかんねえの?」
少なくとも精神年齢は見た目より低いようだが。
芙蓉は手に持っていたスプーンをひとまず皿において、少し考えてから答えた。
「ん…ん~…、山に篭ってたのが200年くらいだから、少なくともそれ以上は生きてるよ。」
200年、なんて芙蓉はさらりと言ってのけた。普通に考えて、18年しか生きていない俺からしてみれば途方も無い数字だ。全く予想してないわけじゃなかったけど、俺は思わず確認するように復唱した。
「に、200年か…」
なんとなく、霊が自分の年齢を知らない理由がわかった気がする。霊が生きているなんて言うのも変な話だが、それを否定してしまうと歳なんて概念もないのだろう。
「引いちゃった?」
苦笑しながら芙蓉は言った。芙蓉には珍しい表情だった。見たのはたぶん、二度目だろうか。
おや、と思った。芙蓉のことだからそもそも「れでぃーに歳なんて聞くなよ」とさえ言いそうだと思っていたくらいなのに。
引いたかと言われると、ちょっと違う気もする。けど、驚いたのは事実なので否定はできない。
なんとなく、まるで不安を抱えているかのような芙蓉の雰囲気。
それを感じて、俺は何か『うまい言葉』を探していた。
「そりゃあ…とても、そうは見えないから。」
「はは、蓬はやさしいな」
…なんなんだ、このギャップは。普段はよっぽどガキっぽいのに、今はなんだかやけにしおらしいじゃないか。
「なに、お前ハナマイリとどんな話をしてたんだ」
「それは乙女の秘密ってやつだ」
まぁ、聞かれたくない内容だったろうことは想像ついてたけど。やはり簡単には教えて貰えそうにない。
人が変わったよう、とは流石に言わない。しかしまるで借りてきた猫のようではある。狐のくせに。
なんだ、本当に一体どうした。たった十数分のうちに何が芙蓉をこうさせたのか気になって仕方がない。
普段とあからさまに様子が違うと、こちらも調子が狂うというもので。
「ばあさん通り越して化石みたいな年齢のやつが乙女と抜かすか」
たった数分のうちに本日二度目の地雷を踏んだ。
「言いやがったなジャリンコめ。昨日|私(かせき)に抱きつかれてちょっとドキドキしてたくせに」
口は禍の門とはよく言ったものだ。ってゆうか、ドキドキしてねーよ。したかもしれないけど。
「わかった悪かった。デザート追加で奢るから勘弁してくれ」
可及的すみやかに俺は弁解し、姑息ではあるが事態を収集しようと試みる。
「じゃあそれとメタルスライム盆踊りカレー『あ~ん』で許してやる」
まさか状況が悪化するとは思いませんでした。そしてまさか『あ~ん』ってあれか?例のあれですか?
「大丈夫だよ、人間にも食べられる食材で作ってあるよ」
俺がされる方ですか。そして、食わされるのは得体のしれない食物のご様子。
「じゃあそのライスの上のモノが何なのか言ってみろ」
恐る恐る、ライスの上で盆踊りをしているものを指差し言う。
「あ、これは飾りだから」
「食えねえんじゃねえか嫌だ食いたくない!」
「好き嫌いはいけません!」
「食えるもの用意してから言いやがれ!」
デザート追加は俺の財布に打撃だし、謎のメタリックカレーは俺の腹どころか生命に大打撃の予感がする。
恥をしのんであーんを許したとして・・・・・唯一まともなのが怪物ウォッチハンバーグっていうのが微妙に悔しい。
「ほら、あーん」
隙あらば実力行使か、芙蓉はにやにやといやらしい笑みでスプーンを押し付けてきた。
ごくり、と喉を鳴らす。なぜこいつはああも美味しそうにこれを食べれたのか。どう見ても体に悪そうなそれを見て、それだけで体中から嫌な汗が流れてくるのでほとんど反射で身を引いた。
「ううむ・・・・」
悩み唸ることつかの間。しかし人は疑問を持つもの。いや、待てよと俺は思考を巡らせた。よく考えて見れば芙蓉は普通に食べてるし、スプーンと同じ色している以外にはカレー自体に特におかしいところはない。寧ろ匂いはカレー以外に説明のしようがなく、食欲をそそるに申し分ないではないか。案外、ひょっとしたら食べれるもので、この一口で全て丸く収まるというなら易いものだ。最悪ちょっとお腹壊すくらいで済む・・・・といいなあ。
くいくい、と芙蓉は早く食えとでも言うかのようにスプーンを揺らして催促する。
・・・・・・・・・・・・・・あー怖・・・ハッズい。
腹を決めるしか無いらしい。目を閉じ合掌。敢えて脇目はふらない。周りの視線を一度気にしてしまえば決心が揺らいでしまうからだ。願わくば命に無事のアランコトヲ。
ええいままよとかどこかのバジーナなクワトロさんみたく頭ン中で叫びながら、噛み付くようにスプーンの上のカレーをかっさらった。
「あむっ!・・・・・・・・・・・んっ・・・んぅっ!!???!!?!?!??!?!?」
その瞬間、俺は弾けた。
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