第16話 フラワー・フラワー・ハナウタハミング



______そういうわけで、私達は都裏の花園にやってきた。


春にしては少し強い日差しをうけて、今日も花壇の花たちは元気に咲き誇っている。

花の周りを小さな蜂や、モンシロチョウが飛び交っている。虫たちも喜ぶこの季節だ。私もとっても楽しい気持ちになってしまう。


ここには昨日も来たけれど、まぁそんなことはいいじゃないか。

散歩にはちょうどいいし、きれいな花もいっぱい見れる。何の損もないだろう?


蓬は・・・・しぶしぶ来てやった、みたいな顔してる。ホントは蓬だってここを好きなくせに、素直じゃない奴。そうでなきゃ、ここに来る前にお前は屁理屈を言って拒否するか、来てもなにかしら愚痴を言うだろう?私は都裏の花園に行こうとは言ったけど、一緒に行こうとは一言だって言ってない。何も言わずについてくるのは、そういうことだろう。


蓬と会ってからたったの数日。特にサグリをしたつもりもないけれど、蓬が何を考えてるのか、なんとなくわかるようになってしまった。男っていうのはこんなに単純なのか、それとも単に蓬の思考に捻りがないだけなのか。性格は変なとこひねくれてるくせに、人間ってのは面倒くさいのな。


ああ、面倒くさいといえばこいつらの社会もだ。なんでいちいち私は尻尾や耳を隠そうと努力しなくちゃいけないんだか。窮屈でたまんないよ。


人間の中に霊がいるのがそんな不自然か?不自然がそんなに嫌か?まったく、自分勝手でわがままだな、人間は。


そんな人間のうちの一人を好きになるなんて、考えもしなかったわけだけどさ。



都裏の花園には私達の他に気配はない。私の狐の耳には、遠くの喧騒が耳に入るけれど、比較的静かだった。『彼女』はまだいないらしい。


『彼女』がくるまで暇なので、私は適当な話をしようとした。



「なあ、蓬。この花なんて名前かな?」


花の名前なんて、別に興味ないけど。私はハルジオンの花を指さして問う。


「んー?・・・ハルジオンかな。どこにでも咲いてる奴。」


あたり。なんだ、意外と知ってるんだな。ヒメジョオンとよく似てるから間違いやすいけど、ハルジオンは咲く時期がそれより少し早い。他にも細かい見分け方があるけど、まぁここでは置いとくとして。


「じゃあ、これは?」


と、今度は名前を知らない花を指さしてみる。


「マーガレット」


「ふーん」


名前は知ってた。たしか、木春菊モクシュンギクとも言われてるやつだ。そっか、これがマーガレットか。おぼえとこうっと。


私はマーガレットに鼻を近づけ、そのにおいを嗅いでみた。


・・・・・・うえ、あんまり好きな匂いじゃない。っていうか、変な匂い!くさい!


顔をしかめた私を見てか、蓬が表情を変えずに言った。


「あんまりいい匂いじゃないだろ?」


けど、その声はいつもより弾んだトーンであるように聞こえた。


「ちょっとンコっぽい」


「おまえ、結構ストレートだよな」


「へーへー。下品で悪かったな。」


目を細めてそのンコっぽいマーガレットを見やる。葉っぱの形は春菊っぽい。春菊はおいしい。マーガレットも食べたらおいしいかな?名前もマーマレードっぽくておいしそう。



ざあって、風が凪いだ。


同時に『彼女』の気配を感じた。そろそろ『出て』きてもいいと思うのだけど。



蓬はズボンのポケットから棒付きアメををとりだしながら言った。


「俺は好きだけどな、その花、花言葉は誠実とか、心に秘めた愛とかなんだ」


袋を取り外され、下から出てきたのは白いアメだった。多分ハッカのアメだろう。蓬はそれを一度舌で撫でてから、口の中へ放り込んだ。


「おカタい花だな。ってか私にも一本くれ」


無言で蓬はポケットの中から棒付きアメをもう一本取り出して、私に向けて放り投げた。

おっとっと、と取りこぼしそうになりながらもしっかりキャッチした私は、袋の色も確認せずにすぐに破いた。黄色いアメだった。


なめたら甘かった。レモンの味がした。




この街はホコリにまみれてる。


雑多に人は歩きまわり、無機質な靴音がそこらじゅうで響き渡ってる。前に住んでた山のほうがよっぽど賑やかかもしれない。


空虚だ。歩きまわる奴らの顔の上には、何の表情もない。


私に機械的、なんて知的な表現はできなかった。


だから、私から見た人間のイメージは、蓬も含めてみんな「妖怪のっぺらぼう」だった。


不満そうな顔、楽しそうな顔ひとつせず、まったく、退屈に、ひたすら筋肉を動かすだけの物体。


そして、本当は、とっても残酷な生き物。



もっと、花を眺めればいいんだ。もっと空を見上げればいいんだ。もっと、自然に近づけばいいんだ。そうすれば、もっと慈しむ心を持てるのに。


神様・・・・・と言っても、まだ修行中だけど、『今の姿』になってから、人間に対してそう思うようになった。


口の中でアメの甘いのが広がる。味覚が香料に騙されてるみたいに、ヒトの世の中もナニカに騙されてるんだろうか。


まぁ、私には関係のないことだけど。





 - ざぁって、風が横を凪いだ。髪の隙間をするりと抜けて、いろんな花の匂いを運んでいった。



「どこまで届くのかな」


静かな庭園で、風の流れた方を眺めて小さく呟いた。蓬もそっちを見ながら、


「誰にも届かないさ。」


そんな事を言った。寂しい答えだ。けど、私も何も言えなかった。


舌でアメを転がすと、カラコロと音がした。割とおいしいのがなんだか悔しくて、こういうのが作れるのだから、なんだかんだヒトを憎めなかった。










『私は、ひとりでも多くの人に届けばいいな。そう思いますけどね』



少しの沈黙が続いた、不意にどこかから透明な、とても清らかな声が響いた。

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