五月雨
第15話 魔女のような。
朝です。今日も朝日が眩しい、そんな月曜日がやって来ました。
今日は祝日・・・・ではないけど、なぜか大学はない。
俺は平和な午前8時という時間を、ぐだぐだのんびりと、過ごす予定で居た。
けれど芙蓉は、清々しい朝に似合わぬ曇り顔をしていた。
曇り顔っていうか、ふくれっ面っていうか。
新聞を眺める俺の顔を、ココアの入ったマグカップに口をつけながらぶっすーって眺めていたのだ。
これが今朝からなら、まだ理由が考えつかなくもないのだが。
多分、今日の俺は髪をサイドで上げてるから、なんか変だとか思われてるんだろうとそんな予想をつけられるのだけど。
昨日からこれだ。どうなってんだ。服選んでる最中はあんなに機嫌が良さそうだったのに。
「・・・・・・・どうかしましたか、芙蓉さん」
視線に耐え切れず、俺は芙蓉に問うた。
「・・・・・・」
しかし芙蓉は無言を貫くままで、口を開く気配がない。
なんだか、まるで監視をされてるみたいで落ち着かない。
・・・・・・・おそらく、なにか気に入らないことでもあったんだろう。
そしてもしそうなら、それがあったのは、間違いなく昨日だ。
となると・・・・・・考えられるのはもしや。
一つだけ、思い当たることはあったので『それ』を試してみることにした。
「もう、そんなに顔にシワを寄せてたらせっかくの美人が台無しよ、芙蓉ちゃん☆」
「そ れ だ よ !」
バンって両手をテーブルに叩きつけながら芙蓉は立ち上がった。
さっきよりは雰囲気が柔らかくなったものの、真剣な眼差しは変わらなかった。
ああ、やっぱりか。
俺はようやく謎が解けたので、普段しないような表情を元の無表情に戻す。
「・・・・・まぁ、よく驚かれるよ。」
実は・・・・・っていうか。俺を知る人には割と知られていることなのだが、このように女性の声真似をするという特技が、俺にはあったりする。
普段は面倒くさいだけで、俺だって人並に笑うし、しゃべるし、感情的にもなる。
ただ、見たままの人間とかそういう風に思われるのは癪なので、普段はそれを隠すように振舞(ふるま)っている。
って言うと、今のこの自分も、さっきの自分も、どっちも演技であるように聞こえるけど。
男であると自覚しているけど、本心を隠した自分。
女のように見せかけた、演技をしているつもりの自分。
ホントの自分って、どんななんだろうな。まぁ、別に大した問題ではないけども。
で、この特技をお披露目しますと、決まって周りからは奇異の目で見られ、距離を置かれたりするなんてことは稀でない。そりゃそうでしょうとも。ぶっちゃけキモいし。
俺だって好き好んでやりたいと思ってるわけじゃない。どうしてもその場をやり過ごさなければならない時にしかやらないことだ。
自分から男を貫いてるという自己同一主義に背いてるわけだし。
やってる自分が一番気に食わない。だから人に、まったく面妖だとか奇天烈だとか思われるのも当然だと思ってる。
だからまぁ、芙蓉も今まで見てきた奴と同じ反応をするんだろうなって、そういう風に思ってたんだけど。
「も・・・・・もっかいやって?」
「えっ」
聞き違えたかな。もう二度とやるな!とかならわかるんだけど・・・・・
もっかいやるん?
なんで?
キモいだろ、常識的に考えて。
「お題はうさぎ系で」
ええ、お題って。なにそれ罰ゲームか何か?
っていうかなんだようさぎ系って。うさぎ系・・・女子?うさぎ系女子ってどんなのだよ無茶ぶりすんなよ。えっと・・・えーっと・・・
「こ、こんな、かん、じ・・・・?」
とりあえず、大人しそうな高い声で、気弱そうな女の子を演出してみる。わずかに声にビブラートを掛けることで、若干怯えているような雰囲気を醸し出してみる。
うさぎ系・・・こんなんでいいんだろうか。
って、なんで俺も素直にやってるんだか・・・・
「ふ、ふおおおおおお・・・・・・!」
芙蓉は何やら顔を両手で覆ってくねくねしている。なんだそりゃ、神様式のダンスか?
なんて思った次の瞬間目を疑った。
というか、視界が真っ暗になって見えなくなった。
それもそのはず。なんかよくわからんけど芙蓉がバフって飛びついてきたからだった。
「か、か、か、可愛いいいいいいい!!!」
ナンダッテ
「っていうかすげえなそれ!どうやってんの?お前の喉どうなってんの!?ありえねー気色わりーあっははははは!めっちゃかわいい!」
言ってることに脈絡がないがそんなことよりすごく息苦しい。妙に柔らかいのは胸に埋まってるからだろうけどああ成る程たしかにコレ大きいわ。いや芙蓉の胸のことはどうでもいい。
ぽんぽんって俺は芙蓉の背中を叩く。ギブアップって言ってるつもりだったんだが、芙蓉はまったく気づく気配がない。ぎゅうううって俺を抱きしめ続けてはキャーキャーゆってる。そんなに可愛かったか?今の。
「|ふおー(ふよう)、|うーおーうー(ふーよーうー)!」
「んぇ?・・・あ、悪い。」
ようやく気付いて離してくれた頃には俺の肺の空気はほぼ空っぽだった.
「けほっ、なに、何スか芙蓉さん。」
「何はこっちのセリフだよ」
芙蓉はびしって人差し指を突き立てる。なんだなんだ、この雰囲気の変わり様は。怒ってたんじゃないの?ちげーの?なんで嬉しそうなの?神様ってわかんねえ・・・。
「可愛すぎなんだよ!男のくせに!」
「そんなこと言われても」
好きでこんな顔に生まれたわけじゃないんだけどな。
かと言って、もっと男らしい顔に生まれたかったとも思わないけど。でも、可愛いって言うな!
「でも可愛いのは事実だし」
思っても、言わないでほしいな。
そういうの・・・・その、照れる。・・・・・・・・・特にお前に言われると。
頬をかきながら俺はそっぽを向く。
・・・・・べ、別に満更じゃないわけでもないことも無いんだから何言ってんだ俺。
本当に、こいつに会ってから調子が狂いっぱなしだ(人のせい)
「そ、そういうお前は可愛げがないな。その辺の男よりもよっぽど男っぽい。」
反撃とばかりにそんなことを言ってみる。
「ゑ゛っ」
言われて、のけぞる芙蓉。
妙に落ち着きなくそわそわしだしたかと思ったら、頭をかいてぶつぶつと独り言をつぶやき出す。
(・・・・・・・っかしーな・・・・まだなんか足りねーのか・・・?)
「・・・・・?」
足りない、とはどういうことなのか。声は小さかったけど、聞き取ることは出来た。
「・・・・蓬。」
「うん?」
真剣な眼差しで、芙蓉は聞いてきた。
「じゃあ、どうすれば女の子っぽい?」
「どうすればって、男の俺にそんなこと聞かれてもな」
「うーん・・・そうか」
芙蓉はまた少し考えこむ。
暫くもしないうちに、芙蓉はよし!と顔を上げ
「
と提案した。
なんで都裏なんだろう。っていうか、今日は家でのんびりしたかったんだけど。
言うやいないや、しかしすでに芙蓉は出かける気満々でいるらしい。
特に何の準備もしないまま、彼女は玄関で靴を履き替えている。
・・・・やれやれ。行くのね。分かりましたよ。
仕方ない。そういった面持ちで俺は席を立つ。
まぁ、都裏の花園はそう遠いわけでもない。散歩にはちょうどいい距離か。
そう思って、俺も靴を履き替えた。
玄関を出たところで、先に外に出ていた芙蓉と目が合った。
芙蓉はにやっと笑うと、俺を待たずに歩き出した。
俺は特に追いかけるでもなく、ゆっくり自分のペースでその後についていく。
この時俺は気づいてなかった。
芙蓉がニヤリと笑った意味に。
まったく気づきもしなかった。
芙蓉は一言たりとも、「一緒に行こう」とは言ってなかったことに。
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