第14話
それは、その日の夜の話。
蓬と一緒に買物をした、その後の深夜の短い時間。
私・・・ううん。オレは、蓬に内緒で神社を抜け出し、いつもの場所へと向かっていた。
ハイラン町・・・・だったっけ?そこで一番おおきなビルの屋上。
ここにたどり着くのは容易だ。裏口からこっそり入って、暗い階段を登ってすぐだ。
今日は天気が良かったから、おつきさまもくっきり見える。
高いところは風も心地いい。オレにとって、お気に入りの場所の一つだ。
それと、おつきさまに近いってことや、風が心地いいこと以外にも、もう一つ、ここに来る理由があった。
「ごん姐!」
屋上の扉を開けるなり、オレはその女性の名を呼んだ。
そこにいたのは、サリーみたいな茜色の麻衣を纏った、褐色肌の背の高そうな女性だった。
屋上のフェンスに腕を組んでもたれかかって、その場にあぐらを組んで座ってる。
彼女の名前は『火門金化』っていうらしい。火門金化って書いてホトゴンゲって読むんだとか。でも、なんか火門金化なんて呼びづらいし可愛くない。だからオレは、火門金化のことをごん姐って呼んでる。
ごん姐は見た目も名前も、この国の人っぽくないけど、そもそも人じゃない。
よく見ると彼女の頭からは、揺らめく炎を彷彿とさせる鬼の角のようなものが2本生えてるし、よく見なくても彼女には腕が6本あるのが見て取れる。
ごん姉も私と同じ、人が言うところの神様ってやつで、その神様の中でも、阿修羅神という部類に当たる。らしい。詳しいことはよくわかんない。
オレとごん姐は結構昔から付き合いがあって、何かあれば、ごん姐のところに話をしに来る。そういう習慣が根付いてた。
オレの気配に気づいたごん姐は、私を見て犬歯をむき出しにした。よく他の神様に威嚇してると勘違いされるけど、笑ってるんだよね、これ。
「おお。よう、妹よ!」
相変わらずのデカい声に、たまらず嬉しくなってオレはとびこんだ。
「あはは!久しぶり、ごん姐!」
「久しぶりって、1年前にあったばっかりじゃねぇか」
「オレにとって一年はまだ長いんだよ!700年以上生きてるごん姐とは時間の感覚が違うんだ」
ごん姉はオレのことを妹と呼ぶけど、実際に姉妹ってわけじゃない。オレは狐で、ごん姐は阿修羅だ。当然血のつながりはない。
けど、親のいないオレにごん姐はまるで本当の妹のように接してくれた。
ごん姐にも、親はいないのに。
だからオレも、ごん姐のことを本当の姉のように想うし、本当の姉妹よりオレたちの絆は堅いつもりだ。
オレはごん姐のお陰でここまで生きてこれて、ごん姐にとってもオレは特別な存在だった。
「いつ
「んーっとね、昨日・・・じゃなくて一昨日かな。」
惑和っていうのは、惑和山のことで、要はオレが生まれた場所。故郷だ。いつもはそこでひとりで暮らしてて、気が向いた時だけこっちに来ては、こうしてごん姐との時間を過ごしてる。
「ごん姐は偉いね。今日も『鬼門』を?」
「まぁな。なにせ『それ』がアタシの仕事だからな。」
「さすがごん姐!ヨッ、にっぽんいちぃ!」
「この、茶化すな愚妹めー!」
ごん姐はオレの冗談に、オレの頭を丸呑みできそうなほど大口を開けて笑う。
1年前と何ら変わらぬやりとり、変わらず豪快な笑い声を上げるごん姐。オレはますます嬉しくなり、ぎゅーって更に抱きついた。お前も相変わらず、甘えん坊だな、って、ごん姐はまた笑った。
1年ぶりの再開。挨拶はもういいだろう。オレは早速、ごん姐にあのことを伝えることにした。
「そうだごん姐!あのさ、オレ、こっちに住むことにしたんだ。」
オレは顔を上げて、ごん姉にそう言った。
ごん姐はぴたりと笑うのをやめた。
「・・・・・・・・・正気か?ここは人里だぞ?」
真剣な顔で、ごん姐は言った。
「うん。だって、こっちにはごん姐もいるし、
「そりゃあ、そうだけど・・・・・お前、だって」
ごん姐は苦い顔をする。当然の反応だろう。オレは予想していた通りの反応に、むしろ安心した。
ごん姐は、知っている。
オレが、過去にどんなことを背負っている奴なのか。
オレのことを誰よりも深く理解してる。
オレの姉でいてくれている。
けれど、もう決めてしまったから。オレはもう十分自分を見直したと思う。
だから、こうして伝えに来たんだ。
「その先は言いっこなし。オレだって、伊達に200年も閉じこもってたわけじゃないさ。」
「・・・・・・・・」
そうか、とごん姐は数拍の後に答えた。
苦い顔は変わらない。ただその声は、さっきと違いどこか安心したような声色だった。
お前も、成長してるんだな。って、小さくごん姐はつぶやいた。
「しっかしまぁ、よくこっちに来る気になったもんだ!なんだ?別に人様をとって食おうって顔つきじゃねえが・・・どういう風の吹き回しだよ?」
「それ!それなんだけどさ!」
オレは嬉々とした表情で、蓬という少年の名前を口にした。
「蓬!?ヨロトのとこの菜丘の子か!」って、最初はごん姐も驚きを隠せないでいたようだけど、ちゃんとオレの話に最後まで耳を傾けてくれた。
そして全て明かした。ここに来た時、暴漢に襲われそうになっていた蓬を助けたこと。
今はその蓬という少年の家に住んでいること。
静かで、お人好しで、一日中ずっと眠そうで、男のくせにオレより可愛い、へんてこでやさしいにんげん。
そんな蓬に、一目惚れしてしまったこと。
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