第12話 神の前には、カジュアルすらも天の羽衣?
「ほほう」
芙蓉は店内にディスプレイされていたダメージジーンズを見るなりキラリとその目を輝かせた。
「人間って面白いこと考えるよな。何だこのズボン。ビリビリじゃねーか」
あれから再び街を歩いて数分。
とりあえず、俺と芙蓉は手頃な店から見ていくことにした。
結局芙蓉は最初から俺に服を選ばせる気満々でいたらしい。出会ってからというもの、なにからなにまで世話を焼きっぱなしの俺はせめてこのくらいのことは自分でし欲しいと思っていたのだけど。しかし、考えてもみれば初対面の時に着ていた服の、ファッションセンスのないことこの上ない芙蓉に服を選ばせたら逆に破滅なのではなかろうか。
考え過ぎかもしれないが、下手をすればこいつはどっかの店で目ざとく見つけたアオザイとか買ってしまいそうで恐ろしい。似合いそうなのが更に恐ろしい。
それは芙蓉がアジアンビューティーだからなのか、それとも神様だからなのか。この際両方でもいいのだけどまぁ、そんなことは置いといて。
兎にも角にも、誠に遺憾であるものの、俺が服を選ばないわけにはいかないようなのである。
俺は芙蓉が見ているジーンズを同じように眺めていった。
「衣服の流行は、滝が落ちるような速さで変わるよな・・・。一昔前のダメージジーンズなんて肌が露出するくらいに破れてるのが主流だったのに。」
今のものなんて、ホント、ソフトに仕立てられたものだと思う。
「これよりもっとビリビリだったのか!」
へぇ、と俺の言葉に相槌を打つ。芙蓉はさっきからそのジーンズに視線が釘付けのように見える。
「・・・・・着たいなら、それ買うか?」
芙蓉はけれど、黙って首を横に振った。
「言ったろ。蓬が選べ。」
それから芙蓉は別の品物へと視線を移した。どう足掻いても譲る気はないらしい。俺は店員さんの方に一瞬目を向け、はぁとため息を付いた。
今回俺達が入った店は『GEM《ジェム》』って言うトコで、最近名を上げつつあるブランドだそうである。
店内はそこそこ広く、人も少なくはない。目で見て売れている店だというのがわかる。
小耳に挟んだ程度の知識だが、店の人気の理由は一に接客態度、二に雰囲気、三、四がなくて五にデザイン性だとか。そちらに力を入れることで徐々に客足を伸ばしているようだ。勿論あくまでそれは店の方針というだけであって、デザイン性が決しておろそかなわけではない。総じて、GEMは売れ行き好調のようだ。
しかし、それにしても。レディースファッション系の店に入るのは初めてではないが、どうにもこの雰囲気は落ち着かなかった。回りにいるのは、10代後半から20代くらいの女性ばかりで、見た目はともかく、中身はまるっきり男の俺がこんな所にいるのは、かなり場違いのような気がしてならない。
俺が持っているようなメンズのTシャツしか着せるものがないというのは、芙蓉という少女の品性に関わる気がするので、こうしてレディースファッションの店に入る次第となったのだけれど。
何はともあれとりあえず、店内を見て回ろうか。俺が歩き出すと、芙蓉も後ろに付いてきた。
背中越しに俺は芙蓉に念を押す。
「言っとくけど、どんなの選んでも文句言うなよ。」
「言わねーよ。」
けらけらと、芙蓉は笑った。
初見よろしくぼーっと歩く。店内の様子に持った感想は明るく好印象的だってことだった。
例えるならそれは、春の昼下がりのような、そんな空気だろうか。
ところどころにディスプレイされたカジュアルな衣服の数々は、さながら花のようである。
こういうのを見ていると、普通の女の子っていうのはどういう気持で買い物をするんだろうとか、自分とはあまり縁のないことを考えてしまう。
おしゃれって楽しそうだな。俺は歩きながらぼんやりと、そんなことを思った。化粧とかはすごく大変そうだけど、でもその後のお出かけは、わくわくするものなんだろう。
まさに単純な男の発想だ。誰かが聞いたら笑うかもしれない。
なにせ、俺自身、「笑っちまうな」なんて思っちゃったからな。
歩きながら、俺は頭ん中で考えた。
まずは芙蓉のイメージ。
「芙蓉」っていう花がある。開花時期は8月から10月上旬くらいまでの花で、葵科の桃色の大きな花だ。
その中でも、「
酔芙蓉は朝には白い。朝から夕方になるにつれ、だんだん色が桃色になる。その姿がまるで「酔っ払った」みたいに見えるから、酔芙蓉と呼ばれる面白い花だ。
これは俺の趣味の話だけど、芙蓉の花はとても好きだ。
普通の芙蓉もだけど、酔芙蓉はもっと好き。芙蓉は花弁をぴんと張っているけれど、酔芙蓉のくしゃくしゃの花弁は、まるで恥じらうようにも、敢えて背筋を伸ばさないようにも見えるから。
ふんわりしている酔芙蓉は、まさに花を見ているのだと思えるから。
そしてそんな酔芙蓉の花は、露に濡れるその姿が、それはそれはよく似合うのだ。
対して、この狐神は。
ぱっと見は凛々しい顔つきで、でも中身は見た目同様ガキ真っ盛り。知識は浅いわ、マイペースだわ、単純だわでバカっぽいし、あんまり自分のことも他人のこともよく考えてないみたい。
でも、見てて何となく思うのは。
織上芙蓉にも何かしらの行動原理があるってこと。
何の理由もなしに動いてるんじゃない。たぶん、何も考えてない時は、結構のんびりしてる。
かしましい時は極端にかしましい。逆に、静かな時は極端に静かだ。
何を考えてるのかは人間の俺には想像もつかないけど、とにかく芙蓉は「なにか」に向かって突っ走ってるみたいな、そういう行動原理をしているらしい。
まったく、こいつに芙蓉って名前は、呆れるほど似合わないな。
ただ・・・
こいつが物思いに耽る時の顔。それはなんだか、花に例えてもいい気がするのだけど。
って、待て。
そう思って、俺は密かに自分を小突いた。
なんだかんだ言いつつも、ちゃっかり芙蓉のことを見ているような妄言に自己嫌悪する。
これはアレだ。職業病だ。何でもかんでも観察眼してしまうのは、小説家のタマゴゆえの愚行だ。
自分で愚行と言っているあたり、世話はないのだけど。
で、結局なんだ。
こいつにはどういう服が似合うかか。
狐神って言うと、どうしてもマンガやラノベの影響か和服がメジャーなイメージが強い。和服なんてあったって買わないけどさ。
でもって、芙蓉は好きな花だけど、狐神の芙蓉は花とぜんぜん違う雰囲気で。
えっと、なんだなんだ。だめだこりゃ。
せめて、「こんなかんじの服が着たい」とか漠然としたものでいいから意見があれば助かるのだが。
ノーヒントはさすがに厳しいんです。女物の服、ましてや他人の物を見繕うだなんて。
少女(神様)と同居。ついでに世話。昨日に引き続き今日にいたっては服の見繕い。
人生で別に経験しなくてもいいようなことを次々と押し付けられる俺。
あー、チョー健気だな。だれか労ってくれてもいいのに
んー・・・・と、眉間にしわを寄せること数秒。頭のなかに芙蓉の花を思い浮かべた時だった。
「・・・・あ。」
その瞬間パッとつぼみが花開いた。ああ、パッと思いついたんだ。
「そうだ芙蓉。あれにしよう。」
「あれ?」
俺は近くの店員を捕まえて、芙蓉のサイズに合った「それ」を試着させてやってほしいと頼んだ。
店員は笑顔で了承し、芙蓉と俺を試着室まで案内してくれた。
「失礼ながらご予算による値段上限などの指定はございますか」とか聞かれたけど、値段はいいから、試着させてやって欲しいと言い切った。
試着室前でのんびり待つこと数分。
芙蓉が着替え終わるのを気長に待ちながら、俺は他の商品を眺めていた。
こういう服の組み合わせもあるんだな、と。それはなぜか自分の服を選ぶ時よりも真剣に見ていた。
シャっていう、カーテンの開く音がした。俺は音がした方を振り向いた。
「・・・・あ、ほらやっぱり。似合ってるじゃん?」
試着室から出てきたのは、白いチュニックと、それに合わせたショートパンツに身を包んだ芙蓉だった。
個人的に、線が出るような服は好きじゃなかった。ゆったりしてる服のほうが、見た目が好きで、それに芙蓉の花のイメージを重ねた時には、もう|チュニック(これ)しか頭のなかにはなかった。
それを着た芙蓉は・・・・うん。普段の雰囲気とは打って変わって、見るからにおしとやかそうな女の子だった。
芙蓉はきょとんとして俺と今着ている服を交互に見やる。
おおかた、今までとは違う雰囲気の自分に驚いているんだろう。
どうよ。我ながら自分のセンスも捨てたもんじゃなかろうよ。そう思って内心ドヤ顔をしている俺だったが。
「・・・・ぷっ」
芙蓉は口を押さえて下を向いた。下を向く時に、なんだか破裂音が聞こえた気がした。訝しんで顔を覗き込もうとすると
「くっくっ・・・っははははは!!」
芙蓉は今度は、お腹を抱えて笑い始めた。混乱している俺をよそに芙蓉は、笑いながらこう言った。
「い、いや、悪い悪い・・・。はは、『似合ってるじゃん?』って・・・!わ、私に似合うとかそういうこと、考えてたのかって思ったら!はははは!無言でずんずん歩くんだもの、蓬のことだからてっきり金額のこと考えてるんだろうと思った!」
それを聞いて、俺はがっくりと肩を落とした。
「あー・・・・はいはい。お前の想像通りの薄情者じゃなくて悪かったな」
「あははは!拗ねてんの!」
芙蓉はまた笑い出してしまった。
む、むかつく!もしかして、割とデザインとかどうでも良かったのか?じゃあ、俺は何のために悩んだっていうんだ。
俺はますます肩を落として、その場に崩れ落ちそうだった。
どうせ数日しか共にいない仲。そんな奴にここまでしてやる義理は確かになかった。けど、適当に選ぶのは申し訳ないだろ、いくらほぼ他人だからって。マナーだろ?モラルだろ?それを笑うとか、やっぱり人外の考えることはよくわからん。
それはもう地面に「の」の字でも書きそうな勢いで。俺はへこたれてしまった。
芙蓉の大笑いをちょっぴりショックに思いながらつぶやく。
「はぁ、なんか落ち込むな・・・。こっちが折角・・・・ぶつぶつ」
こんなこと言ったら、余計にからかわれるかな。そう思ったけど、言わずにはいられなかった。
けど、思ってた反応とは、少しだけ。いいや。かなり違ってたんだ。
悔しいけれど、俺は不意を突かれてしまった。
「ううん。」
芙蓉は自分の姿を見下ろし。今着ている服を再度見つめる。
その表情はなんだか、申し訳なさそうに笑っているようで。困ったように顔をしかめるようで。
そんな複雑な表情をしていた。
そして目を閉じて、両手を重ねて胸に置く。
俺にはその姿も、祈るようにも、自分の心臓の鼓動を確かめるようにも見えた。
次に目を開いた時には、芙蓉は俺をまっすぐ見つめていて、こう言って微笑んだ。
「うれしいよ、蓬。・・・うん、すげーうれしいな♪」
・・・・・・まぁ、なんだ。
正直に告げてしまえばドキッとした。
こんなことは口が裂けても言わないけど、今の芙蓉にはそれだけの魅力があった。
・・・・と、思う。
その笑顔に、少しだけ見とれてしまったから。慌てて芙蓉から目線をそらし
「い、言っとくけど。まだそれ買うって決めたわけじゃないからな。」
なんて言ってみる。ずかずか芙蓉に近寄って、あからさまにその服の値札を確認する。5,500円っていう、すごく微妙な値段だった。
「くすくす・・・・・・ああ、はいはい、わかったよ。」
まぁ当然、芙蓉には苦笑で返されてしまったけど。
「・・・・で、どうすんの?どうせお前のことだから、買うのは一着だけじゃないんだろう?」
ニヤニヤしながら、この狐は下から覗きこんできやがる。
見透かすようなこの視線。さっきの笑顔がまるで見間違いかと思うほど面影がない。
非常に、うざい。
なぜか、ムキになってしまった。
「ああ、そうだよ。そのつもりだ。早く着替えろ。次の服見にいくから。」
「あいよ。」
涼しい顔で、芙蓉は試着室へと戻っていった。
こんな調子で、このさき生活していくんだろうか。
俺は試着室の方は見ないで、その場で腕を組んでぼんやりとそんなことを考えた。
こんな風に、二人で服を選ぶなんてことは愚か、今まで甘夏とだって、二人で何処かの店に入るってことすらしてこなかった。この俺が。
人ではないとはいえ、一人の少女と。出会ってから24時間すら経過していない少女と、二人が今ここにいる。
今までありえなかったことがここで実現していて、この先何も起こらず、何の変化もなく過ぎていく予定だった日常が、今では一寸先が見えなくなっていた。
怖いのだろうか。いや、それはないだろう。もしそうなら、何が何でもこの狐の接近を、出会った時点で拒んでいたはずだ。
ならば、どうだ。
逆に、俺は変化を望んでいたということだろうか。
少なくとも今の俺は、この状況をまんざらでもないと思っているらしい。
騒がしいのは苦手だけど。退屈しないのは嫌いじゃない。
まるで惰性のような人生が、平和ボケから目がさめたような毎日に変わりつつある。
遺憾ではあるものの、「まぁ、これはこれで悪くない」なんて、自分らしくもないことを思ってしまったあたり、今までひとりぼっちを貫いてきた自分をあっさりぶん回してくれた芙蓉に、雀の涙ほどだが心をひらいている。
面倒くさい。
けど憂鬱じゃない。
そういう、不思議な気分だった。
試着室から芙蓉が出てくる。「仕方がないから、私も一緒に選んでやるよ」って、得意気に笑って俺の隣に来る。
思考回路がわけわからん。オレに選べと言ったり、自分も選ぶと言ったり。しかも、いつも上から目線なのがめちゃくちゃ気に入らない。
けど、俺が言ったのは「好きにしろ」って、ヒトコトだった。
芙蓉は「そうする」って言って、俺の腕を引っ張った。
今日という1日は、まだまだ長い。
帰る頃には疲れきった自分を想像して、やっぱり憂鬱な気分にはならなかった。
はいはい、どうぞご自由に、狐神様。
心のなかで、小さく呟いた。
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