第11話 人と霊と、

という訳で、俺達は再び海藍町中央の大通りへと戻ってきた。


「こっちは相変わらず騒がしいな。」


ここに着くなり、芙蓉がうだつのあがらない声でそういった。


「人混みは苦手か?」


「そりゃな。ちょっと前までは人っ子一人いない山暮らしだ。こんなに人が多いと息が詰まりそう。」


とのことだそうだ。さり気なく山中サバイバル生活をカミングアウトされてちょっぴり驚いた。

その言葉を聞いて、パッと見ただの少女にしか見えない芙蓉が、改めて人外の存在なんだなと思い知らされる。多分俺なら3日もしないうちにくたばりそうだ。


「蓬は?」


「苦手。」


「だろうな。」


思ったとおりだ、と言わんばかりに芙蓉は苦笑した。まぁそういうことなので、今日はさっさと買い物を済ませて帰ろうと思う。幸いこの通りには女性ファッション系の店がずらりと並んでいる。歩いているうちに良さげなものの一つも見つかることだろう。もし目ぼしいものがないにしても、この世にはショッピングモールなる便利屋もある。もはや、“ないものがない”時代だ。



時の流れは、時に残酷だ。新しいものが次々とやってくる傍ら、古いものが廃れ行くのは自然の摂理。

たとえ過去のものが掘り起こされても、リバイバルは難しく、或いは掘り起こされても、いいことなんて一つもなかったりする。

たまに思うのは、そういうものは廃れても忘れ去られないよう大切に保つといいんじゃないかということだ。


「じゃあ、行こうか。」


「ん!」


俺は芙蓉を連れてこの道を歩くことにした。まずは、こいつの衣服を見繕おう。


街は活気づいていた。繁華街の名は伊達ではく、今日も企業の連中はせわしなく労働に尽くしている様子。今日も今日とてご苦労なものだ。お陰様で良い生活させてもらってます。


最初はウィンドウショッピングみたいな調子で始まった。俺はあまり女物のファッションに詳しくはないので、芙蓉の気になったものを買っていくつもりで歩いていた。この際、値段の高安には目を瞑る方向で。

しかし、芙蓉は道行く道で視界に入るもの全てに目移りが絶えなかった。やれマスコットキャラが珍しいとか、やれあのビルが大きいとか、服を買いに来たはずなのに全然関係ないものばかりを見ていた。


「それにしても・・・・ここってさ、都会・・・・だよな?なのにあんまり都会っぽくないよな。」


芙蓉は不意に、そんなことを呟いた。


・・・・というのも当然かも知れない。実はこの海藍町。高いビルが多く連なっているのは事実だが、芙蓉が言うように『都会っぽくない都会』を実現している。


まず、全体の色合い。これがまた、ものすごく地味な茶色が多い。ビルは多くがアルミみたいな金属質の光沢を放つわけでもなく、鉄筋コンクリートやレンガの鈍い光景が広がる。不思議なことに、ビルの頂上は瓦の三角屋根が付いているところもある。また、街路樹もがたくさん並んでいて、これも『無機質な都会』というイメージから遠ざけている大きな要因となっている。

更にこの街路樹だが、全てもみじとイチョウの木である。今でこそ緑が生い茂っているが、これが秋にもなれば・・・後は言わずともわかるだろう。

加えて、街灯もカンテラみたいな形をしている。和風、明治時代を彷彿とさせる都市を作ろう、というコンセプトをもとに、この街は成り立っている。

勿論、見た目だけでなく都市としての機能も低下しないよう、内装は充実している。と思う。

あくまで一般人でしかない俺はそこまで詳しくは知らない。



無邪気に駆けまわる狐は、どこまで楽しげである。まるで見るものすべてが新しい、と言わんばかりの目の輝かせよう。今どきここまで楽しそうにできるやつなんて小学生にだっていないだろうに。

俺はそんな芙蓉に、少しだけ羨望のようなものを感じた。


「おいおい・・・今日はお前の服を買いに来たんだぞ。そっちを見て欲しいんだけど。」


「えー、私そういうのよくわかんねぇ。蓬が選べよ。」


なぜかかなり上から目線で言われてしまった。しかも命令口調。


「俺だってレディースファッションに詳しいわけじゃないんだよ。」


今までだって、メンズしか着てこなかった俺だ。そりゃあ、一応レディースも持ってはいるけど、女物らしい女物というわけでもない。可愛らしくもかっこよくもない、無個性なものばかりだ。


「・・・・・・あ、そっか。お前女じゃないんだったっけ。」


「・・・・お前、もう忘れてたのか。」


悲しいことに、俺はなかなか男とは認めてもらえない様子だった。


「しょーがねーじゃんか。お前、男のくせに可愛いんだよ。」


「可愛いって言うな。こんな顔でも、一応男なんだよ。」


「顔だけじゃねーよ。」


芙蓉は俺の背後に回ると、ぺたぺたと俺の体に触ってきた。おいおい、こんな町中で何してくれてんだ。


「ほら、肩幅はそんなに広くないし、体も全体的に細いし。肌は白いわ、華奢なんだよ。」


男のくせに、女よりも女みたいだ。芙蓉はそう付け加えて、俺の横腹をむぎゅって握ってきた。


「ひゃっ!?」


思わず変な声が出た。


「ほら、その声も女みたい。」


心なしか、芙蓉の顔が赤い。っていうか、なんで俺はこんなところでセクハラされなきゃならんのだ。道行く一般ピープルの視線が痛い。そこ、ニヤニヤすんな。


俺は芙蓉の手を振りほどいて少し距離をとった。


「・・・・何しやがる」


ジト目で芙蓉を睨む。芙蓉は自分の手のひらをしばらく見たかと思えば、ぼそっと「思っ・・・てたよりやわらかい・・・・かも?」と呟いた。


「・・・・ほんとに男か?」


「少なくとも女じゃない。」


本当に男か?という質問は、飽きるほど聞いてきた。そのたびに俺は同じ言葉で返してきた。

はっきりと男だ、と答えないのは、正直自分でもたまに疑問に思うことがあるからだったりする。

一応、生物学上は男だということは証明されてるけどな。そのはずだけど。


まぁ、そんなことより。


「町中でこういうことするな。恥ずかしい。」


俺は横腹を抑えながら言った。

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