第10話 お化けも人も花は好き

「なるほど、まるで漫画みたいな話だな」


甘夏は苦笑してそう述べた。正直な感想がそれか。自覚はあったけど、改めてそう言われると自分が非常識のまっただ中に位置しているように思えて、どこか切ない。何もかもが唐突過ぎて最近溜息ばかりだ。まったく、どうしてこうなったんだか。


「いいじゃないか。狐神にお目にかかれるなんて滅多にないし、何より可愛いじゃないか。僕は正直羨ましいよ。」


この細目野郎は完全に人事のようだ。俺は全然嬉しくねぇよ。本心からそう思う俺は、ふんっと鼻を鳴らした。うるさいし、飯はたくさん食うし。世話を焼くこっちの身にもなって欲しいものだ。


「うん?狐神が珍しいのか?ふふふ、もっと崇めてもいいんだぞ?」


だが甘夏の言葉が嬉しかったのか、対する芙蓉はどこか誇らしげである。

なぜか無性にムカついたので、俺は芙蓉の頬をつまんで引っ張った。


「むぇぇ、あ、あにひゅんやなにすんだ!」


「なんか調子に乗ってるお前を見たら体が勝手に。」


「・・・・君ら、ホントに昨日会ったばかりかい?見てるこっちが恥ずかしくなるくらいお盛んなカップルにしか見えないよ。」


こっちは退屈しなくていいけどね。と、甘夏は呆れ半分に付け加えた。


言われて、パッと手を離す。

こちとら別にそんなつもりじゃないのに、そんなに仲良く見えるだろうか。

芙蓉はいてて、と引っ張られた頬を擦る。こいつと俺が?気のせいだろう。

どうせこいつと関わるのは短い間だけ。仲良くなんてするだけ無駄というものだ。

だから、俺はこいつに仲良くしているつもりなんかない。どうせ気がついた時には別れてる。それにそれは、早ければ早いほどいい。俺は一人のほうがたぶん性に合ってると思うから。


「・・・・・?おい、蓬。なに呆けてんだ。」


恨みがましい目でこっちを見てくる芙蓉の声で、俺ははっと我に返る。


「・・・なんでもない。」


人前で物思いに耽ってしまうのは今に始まったことではないが、やはりこれも直さなければいけない癖の一つだろうか。


「・・・・もしかして蓬、君はやっぱりまだ『あのこと』を気にしてるのかい?」


俺の変化に気づいた甘夏は、苦い顔をして俺を覗き込む。


「少しは。笑っていいよ」


俺はそう言って、軽くあしらった。芙蓉はなんのことかわからず、俺と甘夏を交互に見ては、腕をくみ首を傾げていた。


あれから随分時間はたった。未だに進めてない俺が悪いんだ。いや、進むから堪える・・・・・・・のだけど。

これ以上友に甘えるのはきっと駄目だろう。

甘夏は更に苦い顔をしたが、すぐに心中を悟ってくれたようだった。甘夏は頷くと俺の背中をポンポンと2度、軽く叩いた。こういう時、言わずもがなわかってくれる奴というのはありがたい。

彼の気に入らないところは多いが、それと同じくらい良いところがある。不思議と憎めないのが、三条甘夏という男だった。


「そうか・・・・。ところで、そろそろいい時間になるわけだけど、いいのか?」


言われて、俺は腕時計を見る。時間は既に10時を回っている頃合いだった。


「本当だ。思ってたより長く居座ってたんだな。」


人と話をしていると、こういうことがよくある。それは時間を忘れたようで、或いは時間を飛び越えてしまったような空白感。


よく、楽しい時間は直ぐすぎると言われるけど、そう考えると案外俺はおしゃべり好きなのかもしれない。いや、話すのは楽しいことだ。ただ、話下手なのが災いしているだけだと思う。


じゃあな、と俺が甘夏に言うと、芙蓉は「行くのか?」と聞いて俺の後ろに付いてきた。


「またな。」


芙蓉も甘夏にそう言って別れた。


歩く途中、芙蓉が呟いた。


「時間が流れるのはホントに早いもんだよな。もっとここにいたかった。」


全く同感だったが、今日は別の目的がある。だから、俺は「またいつでも来れる」と芙蓉に言った。


「蓬と一緒に?」


「さぁ、それは知らない。」


芙蓉の言葉の意味は図りかねたが、・・・・次に来る時も俺と一緒がいいということだろうか。

何の特があるかしらないけれど、次にここを訪れる頃にはもう別れてるかもしれないし、俺はどっちでもいい。どちらかと言えば一人でいい。

芙蓉は一瞬寂しそうな表情をしたが、すぐに俺の隣まで駆け寄って「また一緒に来ような」と言った。


「暇があればな」


大抵暇なのだけど、敢えてそういうふうに答えることにした。


憩いの時間と暫しのお別れ。面倒だけど、やっぱり買い物はしなきゃいけないわけで。

重いような、そうでもないような足を動かして、買い物という面倒事を片しに向かう。

二人の歩幅は少し違って、今はお互いを気にかけたりはしていない。

ふたりとも違うペースで、それでもたまに互いに合わせる。その程度の『間隔』。


この時は、俺は全く芙蓉という狐神を意識してなかった。と言うより、無意識に意識するのを避けていたのだと思う。とは言え得てして人というのは繋がりコミュニティを大切にする生き物であり、そのためには多少の苦労は厭わぬものらしい。

後に芙蓉は、なんだかんだで深く俺の心のなかに巣食う存在になっていて、とかく、必ずしも邪魔ではない因子に成る。勿論、この時の俺はそんなことを思うよしもなかったわけだけど。

ところで、ふと俺は歩きながら思う。そういえば、甘夏はなぜここにいたのだろう。


街の隅の、小さな公園。

特に何があるわけでもなく、目的でもない限り訪れることはまずないだろう辺境。

振り返ると、そこにいる甘夏は手を振りこちらに微笑むだけで、そこから何も意図は読み取れない。


まぁ、たまたまということもあるだろう。俺はそう思うことにして前を向き直り、かしまし狐の相手をする。

しかし、公園の入り口を出ようとした時のことだ。俺はなにかぼんやりした、声を聞いたような気がした。


『・・・・ふふふ、今日は珍しく賑やかですね・・・。』


気のせいか、それとも本当に聞いたのかはよくわからないが。


なんとなく、もしも人の声だったのだとしたら。その声の主はおっとりした女性なのだろうと

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