第9話 おそらく世のため人のため

「何だ、お前。」


芙蓉がした最初の反応は敵意を示すことだった。


芙蓉は突然俺の前に立ち、いつどこから取り出したのか、その手には和傘が握られていた。

その様子ははたから見ればまるで俺を守るようであり、同時に目の前の少年の危機のようにも感ぜられた。

芙蓉の振りまく殺気はそれだけで状況を理解するのに十分な要素だった。


まるで漫画のワンシーン。ライバルと対峙した主人公のピリピリした雰囲気が伝わってくるようだった。





だったので、俺は芙蓉の頭を叩いた。


「あいてっ!」


“ぺちっ”ていう貧相な音が響いた。


「なにすんだ!」


芙蓉は頭を抑えて振り向く。


「こっちのセリフだ。一方的になに敵意向けてんだ」


「一方的!?こいつのほうが先だろ!」


・・・・・ああ、なるほど。そこで俺はようやく悟った。芙蓉はどうやら甘夏のことをナンパか何かと勘違いしているらしい。昨日の今日では流石に警戒するか。しかし、いくらなんでも単純すぎだろう。


「あー・・・・えっと、蓬、これってどういう状況?」


見かねたらしい甘夏が困り顔で口を開いた。すげー殺気を浴びせられたのにもかかわらず、動じずに平然としてるところは相変わらずというべきか、まったくもって呆れたやつだ。


「悪いな、甘夏。こいつ考えるより先に体が動くらしいんだ。」


「なるほどね。ずいぶん好かれてるじゃない」


ははは、と甘夏は笑う。これも相変わらず、理解してるのか、それとも本気でそう思ってるのかわかりにくいことを言う。掴みどころのないところはまるで雲のようだった。俺はジト目で甘夏を睨む。芙蓉は一人でうろたえていた。


「ちょ、ちょっとタイム。なに?なんかスゲーなにげなく会話してるけど、もしかしてお前ら知り合いか?」


芙蓉は俺と甘夏を交互に見つつ言う。


「もしかしなくても知り合いだよ。名前で呼んでたろ。」


「宜しくね、狐さん」


にこやかに笑う甘夏に芙蓉は目を見開いた。


「え、ええええ!?そ、そういうことは先に・・・!ってか、な、なんで私が狐って・・・・」


混乱したように芙蓉は俺を見る。俺ははぁ、と溜息をついた。一番最初に一番紹介が面倒なやつと出会ってしまったことに頭を抱えた。


まぁ、会ってしまったものはしょうがないから、とりあえず説明せねばなるまい。


「あー、えっとな。何から話そう・・・・・。こいつの名前は三条甘夏。俺の友達だ。」


とりあえず紹介すると、甘夏は笑って手を振った。


「んで・・・・えーっと・・・・、紹介しようとするとお前面倒くさいな。」


「そう?蓬ほどじゃないでしょ。」


「さらっとうぜぇことを言うなこの細目野郎。・・・・・えっとな、単刀直入に言うと、こいつには『霊感』がある。普通じゃ見えない幽霊とかが見える人間なんだ。だからこいつも『こっち側』ってこと」


「蓬、違うぞ。僕に見えるのは幽霊じゃなくて『霊子れいし』。あと前から幽霊じゃなくて『霊』と呼べって言ってるだろう?」


「わかんねぇよ、違いが。」


「だったら今度もっかい教えてやるよ」


激しく遠慮したい。甘夏の『お化け講座』は始まると長いんだ。


芙蓉は目をパチクリさせていた。まだ状況を飲み込めていないらしい。


「えっと、うん。こっち側ってのでだいたい分かった。けど、それでなんで私が狐ってわかることにつながるんだ・・・・?」


そういう質問ができるあたり、ちゃんと話は聞いてたんだなということは分かった。

この先のことはオレもいまいちわかってないので、続きは甘夏に任せることにした。


「僕はね、さっきも言ったように『霊子が見える』んだ。霊子っていうのは霊を構築する物質。学術的にその存在は証明されてないけど、まぁ、モノとしては原子みたいなものだと思ってくれ。で、その霊子っていうのは僕みたいに霊感があるやつからしてみれば、それぞれ本質を察知できるものなんだ。例えばここにろうそくが立っていたとするよ。近くに行けば火の気があるとわかるでしょ?熱いし。それは火という本質がそこにあるってわかるから。つまり僕はね、君が狐の霊であるという本質を察知したんだ。あ、ちなみに霊子と本質っていうのは」


「ストップわかったから。わかんねぇけどだいたいわかったから。」


長ったらしい説明に、俺の方まで混乱しそうになる。

これ以上説明されると冗談じゃなく午後まで時間を費やす羽目になりそうだったので、俺は強引に甘夏の話をストップさせた。

ちらと、俺は芙蓉の方に目をやる。頭の上に大量のクエスチョンマークが浮いてるように見えるが一応問うてみる。


「・・・・いまので理解したか?」


「結論だけ頼む。」


「君の尻尾が狐っぽいから狐と思った」


「「最初からそう言えよ!!」」


これには俺もツッコまざるを得なかった。


「あははっ。仲いいな、ふたりとも。綺麗にハモったなぁ」


「「なっ・・・・」」


言われてから俺と芙蓉は顔を見合わせる。


「か、顔赤いぞ、蓬・・・・」


「お、お前こそ・・・・」


「うわ、ホントに仲いいな、君ら・・・・」


流石の甘夏も、これには呆れてしまったらしい。違うんだ。だからそういう目で見ないでくれ頼むから。


「まぁ、それはいいとしてこのは誰?“ここいらじゃ見かけない顔”だけど。」


甘夏は芙蓉をまじまじと見ながらそう言った。

甘夏は海藍町に住んでいる、いわば『お化けマニア』だ。本人はその称号を不本意に思っているようだが、それだけ霊とか、神話などにも詳しい。勿論それは広く一般に知られているものはそうだが、海藍町内、またはその付近に分布する土地神。比較的新しい霊のような住民にまで面識がある男だった。(霊を住民といえることには俺も引くほどであるが)

そんな甘夏でも、見かけない顔なんて居るらしい。


この時はそう思った程度で、特に気にも留めなかった。


「こいつは織上芙蓉。色々あって昨日知り合った。」


ところどころ説明を省いているのは、単に面倒くさかったから、というわけではない。

余計なことは話さないほうがいいと踏んでの事だった。人と霊とは言え、男女がひとつ屋根の下というのは話が肥大化しかねない。それは避けるべき事態だと思ったのだ。


「へぇ、そうなの。蓬が誰かと仲良くしてるなんて珍しいな。それも霊の友達なんて。明日は槍でも降るんじゃない?」


「笑えない冗談はやめてくれ。マジでそういう術師がいたらどうすんだ・・・」


「雨を降らせるくらいなら、槍も降らせるって?ははは、自分で言っといてなんだけど、流石にそんな術師はまだいないから安心していいよ。知ってるだろうけど僕だって結界張れる程度なんだから。」


「それだけできれば十分だろ。」


「蓬。言っとくけど、僕よか断然お前のほうがすごいんだからな?不安定とはいえ天気を無理やり変えるなんて芸当、そんじょそこらの術師にだって簡単にできることじゃない。実際僕の知る限りじゃお前の雨乞い成功率は」


「その話は聞き飽きた。」


俺は甘夏の話を強引に遮った。


あくまで友達がどうとか、それは否定しなかった。もともと人間関係って苦手なんだ。だから俺は友人と呼べる奴は極端に少ないし、増やしたいとも思わない。だけど俺の力がどの程度とか、そんなことに興味はない。


できるから、なんだ。役に立たないし、常識で説明できないことをできたって、何も嬉しくはない。


俺はのんびり生きれれば、それで滿足なんだ。尤も、この織上芙蓉という狐が押しかけてきたせいで俺のそんな望みも期待できるものではなくなってしまっているが。


「・・・・・と、話が逸れたな。とにかくそういうことだ。」


そう言った時、今まで暇そうにしていた芙蓉が口を開いた。


「で、今は蓬の家に住んでんの」


「なんでそれを言うかな」


この狐はよりにもよって一番懸念していたことをストレートにブチかましてくれた。

しかもこの狐、ドヤ顔である。そんなに胸はって言うことか?そんなわけ無いだろ?

何そのどうだうらやましいだろとでも言いたげな表情。


「ほう?」


待て、どうしてそこで興味深いって反応を示すんだ。思わず俺は顔を手で覆った。

頼むから面倒を増やすなよ。と思うが時既に遅し。口止めしておけばよかったかなと思うがそれも時既に時間切れ。

甘夏は何かを察したか、俺の肩に手をおいて偲ぶように言った。


「・・・・お前、成長したな」


結局、甘夏には出会った経緯を全部話すことになってしまった。

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