第6話 呼び水の人、狐火の神

俺が管理している神社は、その名を『天輝アマキ神社』という。そこには水神様が祀られていた。


古きに遡るは500年前。水神様は地域のものから崇められ、また水神様は彼らに水を寄越して善しとされた。そんな時代があったとか。そこに深く関わるのが、『菜丘の使い』である。


菜丘の使いは人々の声を聞き、水神様に力を貸していただけるよう請う、いわば人と神の間の仲介者である。

そして、水神様にまつわる神事を担う、菜丘の御業みわざ---------------

それはまさに、『雨乞あまごいの』であった。


この地域でも、大昔は大干ばつの被害に見舞われた時期があるそうで、その度菜丘の雨乞いを頼り、毎年神事が行われていたそうである。

当時こそその名はこの地域一帯に知れ渡っていたようだが、今となってはすでに見る影もなく、その事実を知るものは数少ない。雨乞いなんてものは、科学の発達に連れて次第に支持を失ってゆき、現代においては無用の長物と化した。


かつて呪術として名を馳せたきせきも、ただの子供だましとして世間に浸透している。たまにやってくる参拝者も、賽銭とともに持ち込む願い事は色恋沙汰ばかりで、どうやらここに祀られているのが、縁結びの神か何かと勘違いしているらしい。

今、遺されたものは歴史と事実。そして俺、菜丘蓬のみだった。


ひと通り話し終えて、俺はコーヒーに口をつけた。

こんなに長く話し続けた事自体が久しぶりで、ちょっぴりつかれた。そして、こんなことを話してしまった自分に意外で、内心おどろいていた。

別に芙蓉に頼まれたわけじゃない。けれど、何故か長々と話している自分がそこにいて、自分らしくないことに呆然とした。まるで爺さんの昔話だ。


それはいよいよ、俺が枯れてきたということなのか。

或いはそれなら一向にかまわないのだが、俺はなんとなく『危機感』のようなものを憶えていた。


そして芙蓉は、俺の話を黙って聞いていた。こんなに真剣に、俺の話を清聴してくれるとは思ってなくて、思わず俺は「悪い。」と謝っていた。


「なんで?謝る必要なんかねーだろ。」


芙蓉がそう言うのは当然だった。


「まぁ、所詮昔話だよ。」


俺はごまかすみたいにそう言った。けど、それは逆に芙蓉の機嫌を損ねたようだった。


「む、それ、なんか私の存在否定してないか?」


「そんなことは。」


言われて、慌てて否定しようとするがそれはそうか、神様なんて迷信と言っているようなものだ。神様相手だとそういうところにも気を回さなくちゃいけないのかと思うと、正直面倒だなぁと思わずには居られなかった。


「まぁ、いいさ。そんなこと。・・・・・で、さ。今の話の流れからだと、お前は『雨乞い』ができるってことになるけど。」


・・・・・なんか、今日の芙蓉は頭がきれるというか、妙に察しが良い。アホキャラだとずっと思ってたが、実はそれは偏見で、本当は狐神なりに頭がいいのかもしれない。昔から狸や狐はずる賢く巧妙であるとされている。同じ狐に当てはまる芙蓉も、そうでないとは言い切れないか。


「ところで雨乞いってなんだ?」


「いや今の説明でわかるだろ。俺は意図的に雨を降らすことができるってことだよ。」


「意図的に、雨を降らす・・・・!?そんなことが人間にできるのか。」


芙蓉はかなり驚いていた。それは別に芙蓉に限ることではないだろう。俺も事実初めて自分で雨を降らせた時には、自分のやったことではあるが、驚きを隠せなかったものだから。


「一応補足しておくけど、俺が直接雨を降らせるわけじゃないからな?俺にできるのは『祈り』という儀礼を通過した上で、水神様の力を借りることだ。簡単にいうと、神様に雨を降らせてくださいって頼んでるってこと。」


実際、人間が天気を変えるなんて神業を為せるわけがない。そんなことができたら、俺は超能力者か魔法使いだ。その証拠に俺の行う雨乞いというのは融通が効かない。

雨を降らすことができるのは確かなのだけど、問題は祈願してから『すぐに降るとは限らない』ということ。

翌日かもしれない。2日後かもしれない。或いは1週間先かもしれない。俺は降雨の『祈願』を、神様に気付いてもらえるようアピールしているだけで、直接神様にコンタクトを取って「この日に雨を降らせてください」なんて依頼してるわけではないのだ。



いつ雨が降るのかわからない。これじゃあ、自然現象と何ら変わらない。


結局、すごいことでも何でもない。今の時代は、融通、効率、需要が伴ってないものは役には立たない。

菜丘の呪術は、疾うの昔に廃れたまやかしだ。今となっては気休めにすらならない。

それこそ俺が超能力者でもなければ、雨乞いなんてなんの価値もないから。


そういう俺の口調は、自分の非力さを呪うようだった。


「そうか。でも納得した。」


芙蓉は言った。「なにを?」と俺は問う。


「お前、私が狐神だってのに全然驚かなかっただろ?それがなんでなのか、ずっと気になってたんだ。普通の人間なら、もっと驚いてもいいはずなのにな。でもお前の話を聞いてたら納得した。お前も、『こっち側』だったんだ。」


こっち側。その言葉に俺は顔をしかめ、苦笑した。


「たしかに、そのとおりだ。」


こういう立場上、神様とか、おばけとかそういう、俗に『眉唾もの』と呼ばれるものの存在に、案外俺は無関係でもないのだ。

ファンタジーものの小説もたくさん読んできたことし。


「・・・・私・・・・・てたらな・・・・」


芙蓉はなにか言いかけ、そして口をつぐんだ。


「ん?」


気のせいか、何かを憂う表情に見えた。


「い、いや、なんでもない。」


取り繕う姿があからさまに見えたが、なんでもないというので特には追及しないことにした。


俺は新聞に目を戻そうとしてふとあることを思い出して芙蓉を見た。


「ああ、そうだ。芙蓉。」


「うん?」


「俺、後で買い物行くけど、お前」


「行くっ!!」


マジかよ。ホントは留守番とか頼みたかったのだけど。


こうも元気に返事されてしまっては、不安は多々あるが連れて行くしかなさそうだ。


・・・・・まぁ、買い物の内容が内容なだけに、付いてきてもらっても構わないのだけど。


仕方ないと割りきって、俺は芙蓉も連れて出かけることにしたのだった。

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