第4話 ピースピース
「ああ、くそ。俺のお人好しめ・・・・!」
己の甘さに頭を抱えるが、時既に遅しというか、あとのまつり。
あの狐神の少女の話を聞いてしまったがゆえに心に抱いた同情心は、思った以上に大きなものだったらしい。生まれてこのかた野宿しかしてないと言われては、固かったはずの決心も揺らいでしまった。
散々悩んだ挙句、俺があの少女に与えたチャンスはじゃんけんに勝ったら少しの間だけ泊めてやるというものだった。
そして、このようにして情けをかけてしまった結果が敗戦である。
「最初はぐー」と俺が言う。
同時に狐神の少女がパーを出す。
「勝った!」と言うや否やのウィニングラン
↓
リビングのソファへダイビング
↓
テレビのリモコンを手に取りドヤ顔
どう見ても不動の構えである。
開いた口が塞がらないまま狐神の少女見ていたが、少女の再び発した「勝ったからな!」の一言でようやく我に返る俺。
「・・・・・・・・はぁ・・・・・。」
ホントに、こいつという奴は。
・・・・・・仕方がない。作戦負けだ。そういうことにしておいた。
というか、割り切らないとどうにもこの先やっていける自信がない。それに・・・・
「やたっ!ちょっと憧れてたんだよなー、屋根の下の生活って!」
狐神の少女は嬉しそうに笑い、ソファの上を存分にゴロゴロしているのをちらと見やり、俺は思った。
・・・・・この笑顔を崩してしまうのは、なんか男としてやっちゃいけない気がするし。
そんなことを思う俺のことなんかお構いなしに、この狐は言った。
「ふふふ、屋根の下で男女が二人っきりでもうドキドキしっぱなしなのがよく分かるぞ」
ただ、調子に乗らせるのはマズいと俺の直感は囁いた。
「ああ、そうだな。これからエンゲル係数が倍以上に膨れ上がると思うともうドキドキしっぱなしだよ」
「くっくっく。その係数がたとえマックスに至っても許可無く私に触れることは許されんから覚えとけ」
こいつ間違いなくエンゲル係数の意味理解してねぇ。たぶんなにかドキドキ指数的なものとか思ってるに違いない。
「で、エンゲル係数って何?ドキドキ指数的な何かか?」
ううん、ディスインテリジェンス。
さて、仕切り直して狐を飼育することを決めた俺は、とりあえず気になることから片していくことにした。
「つーか、聞きたいんだけどさ。お前、今まで野外生活なんだろ。その間風呂はどうしてたんだ?」
「え、入ってないけど。」
ビシッと俺は音速で風呂場の方向を指差した。
「行ってこい!」
道理でやたら獣臭いと思った。いや、狐だから仕方ないのかと思っていたら、決してそんなことはなかった!
「あ、でもちゃんと川で水浴びしてr」
「行ってこい!」
「毎日入っt」
「いいから行け!湯は沸かしてあるから!ああもう、どうして俺がこんな母親みたいなこと言わなきゃいけないの。」
そしてさらば1番風呂。
2番風呂なんて何年ぶりだろうな。
「・・・・はーい・・・・」
狐神の少女は超しぶしぶといった面持ちで風呂場を目指す。ウチで預かると決めたのはいいが、あくまでルールは俺にあると、それだけは肝に銘じさせたい。
「風呂の位置はそこの廊下を突き当りまで行って右。タオルは脱衣所に置いてある。着替えはあとで持ってくけど、男物しかないのは我慢してくれ。」
「ん、わかった」
少女は今度は素直に頷いた。
ここまで矢継ぎ早に言ってふと思う。正直ここまでしてやる義理というか、説明してやる必要もないだろうに。ひょっとしたら、俺って自分が思ってる以上に世話好きなのかもしれない。
なんて、
少女が廊下の奥へ歩いて行くのを見送ると、なんかどっと疲れが出てきた気がしてソファに座り込んだ。
今日1日で・・・・というか、たったの数時間でえらい目に遭っているものだからな。
いつものように街へと出向き
変な男たちにナンパに遭い、
狐神に遭遇し、
「・・・・・・・・」
よく考えたら、考えるのをやめたいくらいめちゃくちゃ突飛な出会いだ。星占いの神様は強引なのがお好きなのだろうか?やっぱり次回は3位くらいでお願いします。
というか新たな出会いがなんとかっていい加減にもほどがある。誰も未知との遭遇なんて望んじゃいないというのに、しかも出会いの直後に同居に発展するとか運命とはこれいかに。そもそも、俺がこんな見た目をしていなければこうはならなかったんじゃないか。
この歳になってまで髪の毛なんて伸ばすのは悪手だったかもしれない。
俺の髪は今となっては既に肩甲骨のあたりまで届いている。前から見てもそうだけど、後ろから見たらもう男かどうかなんて区別はつかない。
切ってしまってもいいのだけど、古い習慣もあって切るのはいささか気が引けて、どうにも美容院へ行く足を渋ってしまう。
この髪が一番影響して、俺を女に仕立ててしまっているのはわかりきっているのだけど。
果たして切るか、切らざるか。
・・・・・・ええい、止めだ止め。
髪に悩むとか、乙女か俺は。
そろそろ風呂場に着替えを置きに行くことにしようと思い、俺はその場を立った。
あいつももう着替えてるだろうし。俺の直感が正しいなら、そろそろ悲鳴が聞こえてくるはずだった。
俺はのんびり寝室に向かい、そこのタンスの中から昔の自分の服を取り出していた。
俺の今の身長は165cm。男にしては低めの身長だが、対して狐神の少女は頭のてっぺんが俺の鼻に届くくらいの身長だ。推定150cmと見た。
それなら俺の中学生の時の服がちょうどぴったり合うはずだ。
テキトーに選んだのは白いTシャツと至って普通のジーンズ。
「これでいいだろ」
そう呟いた瞬間だった。
『ひゃああああああああああああああああああああああつめたつめたつめたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
「おお、予想通り」
ウチのシャワーはバルブを開くと最初は確実に冷水が出てくる仕様だ。そして
『うひゃああああああああああ!あつっあっつぅううううううううううう!』
どんがらがっしゃーーーーーん!と愉快な音。
「見事にフルコンボ食らってやんの」
冷水から突然熱水に変わるので一粒で二度美味しいというまるでグリコのキャッチフレーズのようである。
おかげでこちらは愉快極まりない。おまけに悲鳴が聞こえたということは間違い無くあいつは浴槽にいるということ。わざわざ脱衣所で鉢合わせ、なんてことにならずに済むのだ。
とりあえず俺は狐神の少女のことなど気にせずに脱衣所へ侵入。着替えだけ置いて、さっさとその場を後にしようとした時だ
「・・・・・・・」
ガラリと背後で戸の開く音がした
「・・・・・・おい、先に言えよこういうの」
背後から怨嗟の声。おう、おっかねぇ。
「悪い。そういう仕様なんだ。ちょっと待てば常温になるかいでででででででででで!!」
ガブリと後頭部に噛み付かれた。
まぁ、怒るだろうなとは思ってたけどさ。
ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー
「悪かったから、機嫌直せって。ほら、コーヒー牛乳やるから」
「・・・・・・・・・・・・・・ん。」
そんなこんなで、とりあえずお互い風呂を済ませ、リビングのソファに座ってコーヒー牛乳を飲んでいた。
ソファは3人がけできる大きさのやつで、二人並んで腰掛けている。
片方はものすごく不機嫌そうな顔で、もう片方は特に何事もなかったかのような無表情。
勿論不機嫌そうなのが狐神の少女の方。無表情なのが俺の方。
風呂あがりの狐娘は髪を乾かしておらず未だ湿っていて、ふさふさだった尻尾も水に濡れてなんだかみすぼらしい感じになっていた。頭にタオルを乗っけてあぐらをかいて座っているが、頭に狐耳が生えているものだからそのシルエットが浮き彫りになっている。
着替えの俺の当り障りのない普段着をちゃんと着てくれている辺り、その辺の言うことにはちゃんと従ってくれる模様だ。
なんか話しかけづらい雰囲気だったので、今はお互い目の前のテレビをぼーっと見つめていた。
ミステリ・サスペンス物のドラマだった。最近急展開を迎えて人気を博しているとか何とか。
タイトルは確か『
俺もたまに見る程度だからおおまかな内容しか把握してないけど・・・・
この物語には男女二人の主人公がいて、互いに面識はないが存在は把握しており、この二人の行動がお互いの行動に影響し、すれ違い交錯していくという展開がこれまた巧妙であることが人気の秘密のようだ。似たようなテーマの映画にバタフライエフェクトというのがあったなと、なんとなく俺は思い出す。
画面内ではその主人公らしき二人の男女の視点が入れ替わり立ち代りでストーリーが進んでいく。
主人公たちのセリフの中にも多くのオブジェクトに関する説明が含まれていて、話の途中から見ててもなんとなくその内容は把握できる。
セリフ選びも展開も、人を引き付けるには十分すぎる。そこに更にカメラロールも加わって、更に臨場感が溢れる作品となっている。
ちら、と隣を見やると既に身を乗り出してまでテレビにかじりつく狐神の少女がいた。
他人のこういう反応を見ると、改めてこの作品って面白いんだなということを実感させられる。
それと同時に、やはり物書きを目指す身の上としてはこんな作品を書いてみたいなと思ってしまう。
そうこうしているうちに既にエンディングに入ってしまった。時間が経つのは早いというか、ちゃっかり自分ものめり込んでいたらしい。
ふぅ、と小さく息を吐いてソファの背もたれに倒れこむ。その時に自分の口が乾いていることに気づいて、コーヒー牛乳を飲もうとしたがマグカップの中は気づかぬうちに飲み干していたようだった。すると、目を輝かせた狐神の少女が声をかけてきた。
「なぁ、なぁ。これすげーな!よくこんな話思いついくよな!」
すっかりご機嫌を取り戻しているようだ。というか、こいつアホっぽいからなぁ・・・・怒ってたこと忘れてるんじゃないだろうか。
そう思うと、なんとも単純で思わず笑いが込みあげた。
くす、と笑って、「そうだな」と簡単に返事だけした。
「これ来週もやるよな?えっと・・・・タイトルなんだっけ」
「
「そっか、覚えとかなきゃな!」
そう言って狐神の少女は立ち上がり、その場でぐ~っと伸びをした。
その様子を見て、俺は壁掛けの時計に目線を移す。時刻は11時を指していた。そろそろいい時間か。
なんだか俺も眠くなってきた。となると、こいつに布団を用意してやらなきゃな。そう思って立ち上がる。それとほぼ同時に、狐神の少女が「あ。」と言ってこちらを向いた。
「もうひとつ覚えとかなきゃいけないことあった」
「・・・・?なんかあったか?」
「名前だよ名前。お前の」
・・・・・あー、そうか。
割と大事なことだ。名前がわからないとこの先不便だからな。いや、別に忘れてたわけじゃないんだ。俺としてはこいつとはすぐにおさらばする予定だったから特に興味を持たなかっただけで、必要性を感じなかったから。
「私は『
「『菜丘 蓬』」
「よもぎか。お前らしい名前だ。」
芙蓉と名乗った少女はくっくと笑った。理由を問うと、
「なにせ花言葉は、平和と静穏だからな。物静かなお前にピッタリだ」
「そういうお前は、全然名前通りじゃないな」
芙蓉は笑うのを止め、「え、」と固まった。
「繊細な美、しとやか。どっちも違う」
「そ、そんなことない・・・・だろ・・・!?」
「なんか声震えてないか?」
「う、うがーーーー!名前なんて関係ねーんだよ!悪かったなそそっかしくて!うるさくて!線が太くて!」
「そ、そこまで言ってないだろ!い、いだだだだだ!噛むな!噛むなって!」
実際、黙ってれば絶対可愛いのに。絶対余計に痛い目に遭うから決して口には出さないけれど。
--------------------------------------夜は深くなりつつあった。
空は晴れていた。
月はもう見えなくなったけど
そのかわり星は多くまたたいていた。
これは別に大した話じゃない。至って小さな物語だ。俺と芙蓉のちょっとした生活の物語というのも少しはばかられるくらいのほんの、小さな。
言うなれば、日記の中身かな。
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