第2話 袖振り合うこと、ゆかりもゆかり

 ・・・・・・・そして、至る現在。








 あのあと、結局買い物は諦めて俺は自宅に戻っていた。


 今日のうちはあまり外を出歩くべきではない。そう判断したためだった。




「・・・・・・」




 台所の椅子に座って、俺はずっとあの少女のことについて考えていた。












 過去に出会った覚えはない。




 まるきり初対面の、見ず知らずの不思議な少女。




 その正体は勿論、彼女の目的は何なのかも。どこから来たのかも、なぜあの場所に居たのかも。




 どうして俺を助けたのかも。






 何もわからない。






「はぁ・・・・・・」






 俺は頬杖をついて、ため息を付いた。今日は厄日か何かだろうか。


 時刻は8時をまわろうとしているところで、結局腹には何も詰めずに空腹な夜を過ごしている。




 ・・・・どちらにせよ、先程まで空腹を訴えていた胃袋も、ほとんど頭のなかからスッポ抜けてしまっていた。




 なにせ、今俺の頭のなかは、彼女のことでいっぱいだったからだった。






 人なのか、あるいは人外なのか。




 どこからやってきてどこへ行こうとしているのか。








 そんなことは、今やどうでもいい。








 ああ・・・・、その少女は今・・・・・・・・・・


















 俺の目の前で、米をたらふく食ってやがる。








「おかわり!!」




「おかわりって・・・あのね。うちの炊飯器は5合までしか炊けないんだけど」




「なんだ、随分控えめな炊飯器だな」




「俺はお前の胃袋がご大層なんだと思うけどな」




「なんだと、人をまるで大食らいみたいに言いやがって」




「たった10分で炊飯器の中身を空っぽにする奴が大食らいではないと仰るつもりか」




「ところでお前は食わねーのか?」




「お前に全部食われたんだよ」




「炊けよ」




わお、なんて図々しい。






 ・・・・と、このような事態に陥っていた。


 どうしてこうなったのかって?俺が聞きたいよ。




 あのあと、路地裏から遠く離れた俺達は街の端っこにある小さな公園に落ち着いたわけだが、この少女はその場で俺のことをジロジロ眺めたかと思えば突然口を開き「飯を食わせろ」とのたもうたのだ。


 いろいろ不本意ではあるが、事実上俺は少女に助けられてしまった身の上。


 更には「断るわけねーよな」みたいな威圧の眼で睨み付けられてしまっては断るものも断れず。


 結局この少女という荒波に揉まれるがままに同行を余儀なくされ、飯を食わせるハメになってしまった。




 どこかファミレスで適当に済ませてしまおうかとも思ったが、考えて見ればあまりこの街に長居しているとまたどこかでスキンヘッドハゲの一味に出くわしそうだし、或いはそうでなくても、こんなケモミミ少女なんて連れ歩こうものなら一般ピープルに変な目で見られてしまうに違いない。


 といういろいろな思惑の末に行き着いたのが、自宅で米と味噌汁を振る舞うということだった。




 この少女の考えてることはまったくもって不明だが、俺が「ウチでもいいか?」と問う前に


「お前の家に連れてけ」というのでここに帰結する。




「なぁ、これお揚げだよな。これお揚げだよな!?」




 少女は味噌汁の具材を見て嬉々として言う。そうだよお揚げだよ。黙って食べなさい。




 目の前の面倒事の塊を見て、俺はまた一つため息を付いた。








 少女は食事を終えるとご丁寧にも合掌して




「ごちそうさま!」




と言った。満面の笑みだった。満足してくれたようで何よりだ。




 出会った時にものすごいダルそうにしていたのはお腹が空いていたかららしい。そういうキャラかと思っていたけどどうやら違うようで、『こっち』のほうが素らしい。


 口数が少ないならまだ楽だったものを、空腹を回復して元気はつらつもいいところ。騒がしくなりそうだった。




「お前の作る飯は美味いな」



「それはどうも」



 どうせ炊いただけの米と、わかめとお揚げだけの味噌汁だ。誰が作ってもそれなりに美味しく仕上がるに決まってる。そんな皮肉っぽいことを思いながら、俺は食器を流し台へと運ぶ。




 俺が食器を洗っている間、少女は俺が予め淹れておいたお茶を飲んでは、テーブルに突っ伏したり椅子に座ったまま伸びをしたりと、まるで自分の家のようにくつろいでいた。




「テレビねーの?」




 何様のつもりだよ。勝手に人の家の受信料底上げする気か?つーか飯食ったなら帰れよ。




ガチャ




 勝手に人ん家の冷蔵庫あけんなよ。つーかまだ食うのかよ。ごちそうさましただろうが。帰れよ。




「ちっ」




 少女は露骨に残念そうな表情で冷蔵庫の戸を閉める。うぜぇ。


 確かに期待される中身でないのは認めるがそこまであからさまな反応をされると流石にむかつく。が、ここでキレたら大人気ない気がするのでぐっと我慢の子。




 俺が何も言わないのをいいことに、少女は台所の探索を始めた。冷蔵庫の中がダメならと冷凍室を開閉し、シンクの下の扉を開閉し、食器棚の下の扉を開き。




「おっ!」




 そこでようやく何か目ぼしい物を見つけたらしく、冷蔵庫の扉を開けた時とは逆に嬉しそうに中の物を取り出していた。一喜一憂の起伏の激しいことだ。




 少女が見つけたのはかりんとうだったようだ。俺の好物だ。発見されてしまったことに悲観するまもなく少女はそれを持って席につき、勝手に封を開けてぽりぽりと軽快な音を響かせながら次々と腹の中に収めていく。なにげに高いかりんとうなのだ。もっと大事に食べてやってほしい。




「うめぇ!なんだこれ!」




 うまかろうとも。なにせいいとこのお菓子屋のかりんとうである。しかし流石に、俺は菩薩の心に限界を感じていた。




 洗い物を済ませた瞬間。真後ろのケモミミ少女の頭を拳で挟む。




「おいこら。俺のかりんとう」




「おう!めちゃくちゃうまいなぎゃああああああああああ!!!!!」




「うまいな!じゃねぇ。いくらなんでもくつろぎ過ぎだろ。飯食ったなら帰れよ。初対面の人のモノ物色してんじゃねぇよ」




 挟んだ両拳に力を込め、万力のように押しつぶしながらグリグリ手首をひねるというめちゃくちゃ痛い例のアレをこのケモミミ少女にお見舞いしてやる。


 名を頭蓋潰しというこの技は、本気で食らうとマジ頭蓋骨にヒビが入るんじゃないかという激痛に襲われる非常に耐え難い技である。誰もが一度は小学生時代に経験しているはずの必殺技として有名だ。



「いだだだだだだだだだだ痛い痛い痛いタイムマジタイムマジやめやめやめ!!!!!!」



 少女の目に涙が浮かんできたっぽいのでそろそろやめてやる。少女はテーブルに突っ伏し、恨みがましい眼でこちらを睨みつけてきた。



「・・・・な、なにしやがる・・・・!」



「食い物の恨みだ」



「おとなしそうな見た目のくせに、エグいやつ・・・・・」




 そう言って、しばらく少女は苦痛に悶絶していた。

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