第12話普通の子
その女の子は、どちらかと言うと目立たない、気を付けないとそこに居ることを忘れてしまうようなタイプで、いつも一緒にいる女の子の陰みたいにいつも一緒にいた。
仕事場も一緒で、飲みに行くときは一緒に来て、みんなの会話を笑って聞きながら、口出しもせず、順番が来るとカラオケを入れて、帰るときは割り勘で。
と、私もたまに名前と顔を忘れてしまうくらいで、彼女と一緒にいないと誰だかわからない。
その日は一人で来ていて、流石に商売の従業員は気が付いて、
「今日はお一人ですか?珍しいですね。お飲み物は何になさいますか? 」
「ウーロンハイ下さい。」
相変わらず言葉少ない。コースターとおしぼりを出して、すぐにドリンクを作り始める。
ウーロンハイを一口飲みながら、
「今日は一人なんだ。」とポツリ。
「でも、さっき○○ちゃんにメールしたから、来るかもしれない。」
しばらく時間がたち、携帯に着信があった。
そっと携帯を開いて、
「来れるみたい。」
お代わりを頼んだ。
流石の従業員君も、会話が続かず苦戦してるみたいで、自分のドリンクを貰えないでいる。面白そうだからもうちょっと見てようっと。
「今日はどこかに行ってらしたんですか?映画とか。」
「ううん、ご飯食べてきただけ。」
「いいですね、何を食べたんですか?」
「餃子の食べ放題。」
「お一人でですか?」
「まさか、誘われたから、二人で。」
「彼氏ですか?」
「どうしてそう思うの?」
「だって餃子って、ニンニクがはいっているじゃないですか。焼肉と餃子を食べる仲って結構深いんですよ。」
「そうなの、知らなかった。深い仲なんだ、ふうん。」
妙に納得したような顔。
そのうちに扉が開いて、待ち合わせの彼女が現れた。
「ごめんね、遅くなって、ちょっと家出るのに時間がかかって。」
「ごめんね、急に。なんだか顔が見たくなっちゃって。」
「昨日も会ったじゃん。」
「そうだよね。」
笑いながら、いつもの女子会の会話となっていった。
そのまま彼女たちの存在を忘れて、従業員たちといつものバカ話になって笑い転げていた。そのうち、
「タクシー呼んでください。一台。」
と、声が掛かった。
帰り際に、来た時よりも明るい顔の女の子と、暗い顔になった女の子。そして、私の顔を眺め、
「姉さん、また今度ね。」と。
時がしばらく経ち、彼女たちの女子会は、相変わらず続いていたけれど、なぜか一人だけ姿を見せない。いないのも気づかないほどだったけど、やっぱりこれだけ来ないと気になってくる。
丁度一年くらいが過ぎたころ、久しぶりにその子が現れた。
「久しぶりだね、元気してた?」
「お陰様で。」
以前より少し明るくなったような、強くなったような、つまりイメージが変わった。
一通りいつも道理の流れが過ぎ、お開きに。
「私はもう少し飲んでいくから、みんなで先に帰ってくれるかな。このお姉さんと約束してて。悪いね。」
タクシーが来て、みんなは帰っていった。
「申し訳ない、理由に使って。どうしても一人で飲みたくってね。」
「別にいいよ、そんなこと、いつでも使って。」
私は笑いながら、隣の席を勧める。腰を下ろしながら、
「どうしても許せなくてね、相手の男が。」
何の話だろう?首をかしげる私を見て、
「最初から言わないとわかんないよね。」
彼女はハイボールを飲みながら、
「彼女ね出産したの、三か月前に。」
「おめでとうかな?」
「そんなにはめでたくない。」
ハイボールを飲み干して、お代わりを頼むと、
「結婚してないのね、彼女の場合は。相手の男には、妻がいて、同じくらいに生まれた子供がいる。」
「不倫ってこと?」
「ダブル不倫って言うか、なんていうのか。一年くらい前に、ここで会って話した時に、その人のことを初めて聞いたの。止めとけって言ったんだけど、隠れて続いていたみたいで、私が気が付いた時にはもう八か月でね、どうしようもなくて。」
「相手は?」
「生まれたときに連絡したんだけど、会いにも来ない。親も怒っててね。相手の世話にはならない、うちで面倒を見るって。」
「どんな人なの?」
「同じ会社に働いている人。結婚してて子供がいるって聞いてた。だけど、上手くいってなくて別居してるって噂だった。」
「それがどうして?」
「彼を含めて何回か飲み会をしててね、その時に口説かれたらしい。」
「内緒で付き合ってたの?」
「そう。あの日に初めて聞いてね。食べ放題なんかでデート代節約するような男は止めとけって言ったんだけどね。あの男外では合わないで、夜勤って家族に嘘ついて、ラブホテルで、ス-パーで買ったお弁当食べて過ごすんだって。」
「よく我慢してたね彼女。」
「まったく。私なら無理だよ。そんなデートっていうか、ただの性欲の処理になるのは。」
お代わりの水割りを頼みながら、なんか話の内容が重そうなので近づいてこない従業員に、
「なんか飲む?」
呼んでおいて、
「この前の時、確かなんか話してたよね、憶えてる?」
生ビールを口に運びながら、
「確か、餃子の食べ放題にいったって言ってましたよ。だから、焼き肉と餃子を食べ合うのは、深い仲でしょって。言った記憶がなんとなく。」
「これだ、これで誤解が発生したかも、なんせこういうことには免疫がないから。」
気まずそうに従業員君、生ビール片手にあとずさり。
「その男、別居中って言ったでしょ?」
「それそれ、理由は何だったの?」
「それが、不倫。」
「彼女のことがばれってってことはないよね?」
「そう、その時は他の女と付き合てるのが奥さんにばれてね、奥さん実家に帰っていてのよ。」
「ということは、奥さんがいて、彼女がいて、それでもってあの子と付き合っていたの?」
「だからあの子は本気じゃなくて、ちょっと遊んだだけで。なんせお金かからないし、わがまま言わないし。」
「どうする気だったのかな?」
「今は、奥さんと離婚して、毎月養育費払いながら、妊娠した女と籍入れて、あの子のことはほったらかし。」
「今の奥さんはこのこと知ってるの?」
「当然知らないよ。罰が当たったんだよ、本当に。」
「会社は?」
「上司は知ってる。今も同じ会社にいるから、直接会わないようにしてくれてる。」
「同じ会社?」
「そう、妊娠9か月まで働いて、半年休んで、今は託児所に入れて、お母さんと二人で育ててる。お母さんが、こうなったら私が、孫と娘の面倒は見るって。幸いまだ仕事してるしね。」
「これかれどうするんだろうね、認知とか、養育費とか。」
「払う気ないし、あったとしても払えないでしょ、普通のサラリーマンが家庭三軒分も養えないよ。」
「このことを今の奥さんが知ったらまたひと騒ぎだよね、ほんと因果応報。」
「そう、自分がやったことを、半年経たないうちにやり返された。前妻はきっと笑ってるよね、いい気味だと。」
「またく。因果応報か、その通りだよね。」
残ったグラスの中の酒を飲みほしてから、
「ねえ、彼女の今後の幸せを願って、乾杯しない?」
「いいね。」
私は従業員君に、
「一番小さいシャンパンくれる?グラス3個。」
目の前にヴーヴクリコがきた。
「ちょっとヴーヴクリコって、まあいいか、ある意味で未亡人だものね。」
「じゃあ、○○と彼女の子供の幸せのために。」
「幸せを願って、乾杯!」
タクシーを呼んで、彼女が帰っていった。
また一人になって、グラスを重ねたけど、なんか酔えなくて。
世の中、色々な男と女がいて、色々な恋愛のパターンがある。
選ぶのは自分だし、責任を取るのも自分。だけど今日聞いた恋愛話は、それぞれ子供の人生まで巻き込んでいる。
この三組の親子に幸せあれ。そしてこの無責任男に天罰を。
苦くなった酒を飲み干して、席を立った。そして、今夜は悪い酒になるなと思いながら、はしご酒。
飲み歩き日記 @Icecandydoll
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