第7話いい人

 今日は、場末のスナック。

ママ曰く、本当にろくな客がいやしない。

これは、本人の問題でもある。

なんせこのママ、お客さんを持ち上げて褒めることができない。

たとえば私の前で、

「あの人は本当に変わってるよ、変人。だから結婚できないんだよ。」とか、

「あの人はケチだからね、いつもビール飲んで、一人で喋って、一人でうなづいて、一本飲んだら帰っていく。」とか。

きっと私が来ない時も私の話題で盛り上がってるんだろうね。

特に、私が一人で来てるときは、最大限私を利用する。

例えば、私が一人でカウンターで飲んでるところに、酔い客が入ってくると、ボトルのセットが済むと、何気なく、私に声をかけ、

「彼女一人だから、ここに呼んでもいい?あんたもこっちにおいでよ。」

お客さん、

「一人なの?だったらこちにおいでよ。何飲んでるの?」

仕方なく、

「ビール飲んでます。」

しばらく会話して盛り上げて、デュエットの一つもしてあげると、ママが、

「ビールぐらい出してあげなよ。いいでしょ?」

軽い脅迫。私は慌てて、

「大丈夫ですよ、自分で飲んでるから。」

でも、大体一本か二本は、でてくる。ご馳走になってる手前、話を合わせたり、デュエットしたり、時にはダンスさせられたりと、無給の従業員と化する。

最後は、「タクシーで送ってあげてよ、すぐ近くだからさあ。」と。

これが結構な苦痛。ママはタクシー代が浮くでしょっと。

今度は電話がかかってきて、

「今どこ?この間のお客さんが来てて、一緒に飲みたいて言ってるんだけど、これない?」

これは問いかけではなく、来なさいってこと。

「明日早いから、そんなにいられないよ。」

「かまわないから、早くおいでよ。帰りはまた送ってもらえばいいじゃん。」と。

電話を切ってからため息ついて、帰り道の方向転換する。

休み前だと、ご飯食べに行こうが、始まる。

この時間から、居酒屋とか焼き肉とか挙句の果ては、イタリアン。

お洒落なBarなら行っても見たいけどね。

こんなことが続くと、だんだん足も遠くなるし、電話に出ても断ることが多くなる。

そこのお店にも、珍しく金離れのいいお客さんがいる。女の子に、タクシー代と言って、多額のチップをあげたり、女性客に奢ってあげたり遠いところまで、送ってあげたりする客がいる。

ママと一緒に飲みに出ると、帰りのタクシー代に一万円札を渡したりしてる。

親の遺産が入った小金持ちらしい。

この人と、ママに言われて仕方なく、連絡先の交換をする羽目になり、何度か呼ばれて食事に行ったり、飲みに行ったりしたことがある。やっぱり下心が見え隠れしていて、付き合ってくれないかと、持ちかけられたことがあって、独身だというし、どうしようかと迷ているうちに、なんとそこのお店の従業員と、”できちゃた”ということが、発覚した。


ママの旅行中に、飲みに行って、♡ホテルらしい。

それからも、彼女の出勤日に来て、示し合わせては一緒に帰り、つかの間の逢瀬を重ねていたとのこと。

お店を辞めた後は、もう堂々と一緒に来店してきていた。

夕方会って、♡ホテル。そのあとは少々高めのお店でディナー。その後ここのお店に来て一杯飲んで帰る。帰るときはもうベロベロ。タクシー呼んでもらって、タクシー代をもらって、一人で帰っていく。

彼女を帰した後は、まだ残って飲んでいて、私がいると、相変わらず飲み代払ってくれて、一緒に歌ったりしていた。

私は随分と気が付かなくて、食事の約束がドタキャンされたりして、何度か続いたところで、ママが

「あの二人できちゃってるんだよ。」と。

目が点。

「でもね、最近ちょっと雲行きが怪しくてね。」

と、深いため息がこぼれた。

「どうしたの?あのおじさん、彼女ができて今幸せなんでしょ。」

「それがね。」

最近、おじさん、一人で来ては、ママに愚痴るそうだ。

「食事に行くとね、トイレに立った隙に、お土産を黙って頼むんだって。」

「いいじゃん、お土産ぐらい、大した金額じゃないんでしょ?」

「だから、聞いてくれれば、別に文句も言わないけど、帰りしなに渡されるのをみるとね、本人は明日の朝ごはんっていうんだけど。」

「ふ~ん。」

「会社の展示会に連れていかれて、高い下着買わされたんだって、それもサイズが合わなくて、着られなかったて。」

「夜のお付き合いしてるんだから、体のサイズぐらいわかるでしょうに。」

「それに最近ね、お金貸してって言われれて、50万貸したんだって。」

「何に使うのかしら?たしか大きな会社に勤めてるって聞いてるけど。」

「確かに外資だけど、派遣だからね。それに自分で店やりたいらしい。」

「スナック?」

「そうじゃなくて、衣料品らしいよ。」

「ブティックみたいなやつ?あれって固定客ある程度持ってないと無理なんじゃないの?」

「実際の店舗も見てきたらしい。」

「出資して欲しんじゃないの?」

「その金はださないって言ったら、お金貸してくれって。」

「だけど50万くらいじゃ、敷金にも足りないでしょ?」

「まあね、それに最近は会うのを嫌がるって。」

私はふと、思い当たった。毎回見かけるたびに、ベロベロまで飲んでるのは、嫌いな男とお金のために嫌々SEXしてたからか。

なんとなく哀れに思っい始めていた私に、まだ、ママの話は続く。

「彼女ね、一人暮らしって言ってたけど、男と住んでるみたいで、前にここにも連れてきたことあったのよ。かなり年上の飲食関係らしけど。」

「自営?」

「ううん、使われてる。」

「おじさん、知ってるの?」

「おかしいとは思ってるみたいだけどね、家を教えないらしいから、後をつけたらしい。」

「ストーカーじゃあん、それじゃ。」

なかばあきれながら聞いていると、ママはまだ爆弾を持っていた。

「他にも付き合ってる男がいてね、そこにもお金借りに行ったって。」

「あら。」

もう言葉も続かない。

「何人かから同じ話が出てきて、こっちはもうあきれるの通りこしたわよ。」

本当にもうこれはドラマか何かなのかしら。温まっちゃったビールに氷を入れながら、ママがとどめの一発。

「その中の一人が、あんたの知ってる人。」

「誰?」

「○○さん。」

「はぁ~?だって〇△□×♯♭!?」

自分で何を言ってるかわからない。

「その人ってこの間、家でしてる時に、別の女が家に来て鉢合わせして大騒ぎになった男でしょ。確か合鍵持ってて、開けちゃって、玄関先で大声で喧嘩になって。取り敢えず言い包めて帰したら、もう一回鉢合わせして、その時はチェーン掛けてあって余計に怒ったって。取り敢えず学習したんだね、チェーン掛けたってことは。」

「帰らないで、外で待ってって、顔を見てから帰ったらしいよ。」

「怖~い。よく刃傷沙汰にならなかったね。」

「その女も結婚してるって話だよ。」

「世の中狂ってる。で、おじさんはどこまで知ってるの?」

「この間ここでその話をしてたら、××、憶えてる?」

「前ここにいたお姉さん?」

「そ、××。ここぞとばかりに、全部喋っちゃって。本当に困ってるのよ。知ってるのに教えてくれなっかたって、怒ってるし。」

「大変だ、あのおじさん、結構根に持ちそうだしね。おまけにお金も騙されてるし。で、どうするんだって?訴えてもだめでしょう?」

「お金のほうは毎月少しづつ振り込むって言ってるみたいだけどね。」

ここでママは、またため息。

「どうしたの?」

「振り込むのはダメで、月に一回駅で会って直接返せって。」

「ということは、おじさん、まだあきらめてないでしょ。何回かあって、よりを戻す気じゃない?懲りないね。」

「まだ一円の返してもらってないみたいだけどね。」

「おじさんも、若い女の子と、何年ぐらいだったっけ?月に一回か二か月に一回、デートできたんだから、手切れ金代わりにくれてやって、あきらめればいいのに。」

「そう言う訳にはいかないみたいよ、だからあんたが付き合えばよかったのに。」

「やだよ、なんかねちっこくて。ねえ、今、パパ活って流行ってるんでしょ。他の女の子紹介して、何とかできないの?」

「それができるくらいなら、私がやりたい。」

「はあ?」

「女子高生も熟女も同じ『JK』よ。」

おあとがよろしいようで。





  



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