第5話ママ

 今日はあるお店のママのお話。

この人は、パッと見は決して美人ではない、心が奇麗なわけでもない。どちらかというと、同業者には嫌われている。

 「あの店行ったことある?」

さして仲良くもなく、最近ちょっと通い始めた私に、世間話をするように、話し出す。

「何度かはあるかな、連れて行かれたんだけど。」

少し用心深く答えた。うっかり悪口に加担したなんて言われると、後々響くから。

彼女のエピソードトークというか、武勇伝っていうか、虚実ごちゃまぜで、結構聞く。

本人は、「誰が言った、何月何日何時何分何秒。」

聞いてるほうが、げんなりするほど。これで還暦越えしてるんだから、おまけにこの道五十年近い。

いわゆるベテランママさん。ということになる。

 評判が悪いということを、本人も自覚していて、開き直っているところもあって、お客さんが目の前で、

「ここのママぐらい評判の悪い奴はいないよな。本人もそれは分かってるしな。」

私にすれば、本人のもとに届くんだから、多少は自粛すればいいのに、まったく反省というものがない。もっとも毎日へべれけで、憶えてないんだから、反省しろと言っても、カエルの面にションベンってやつ。

 私がよそで聞いた話はどこまでが本当にあったのかわからないけど、取り敢えず。

・いきなりよその店に乱入して、お客さんを引きずり出して、自分の店に連れていく。

これは、騒がしいけど、まあそれほど他人には被害が及ばない。

・よその店で飲んでるお客さんの元に勝手に行って、同席する。

これも、お客さんがよければ、お店側が我慢。

・夜中に何度も電話をかける。それもワン切り。

これは何度もやられると、何かあったのかと思って、次の日にやってくる。

・帰ろうとするお客さんを無理やり、どっか飲みに行こうと騒ぎ、連れって行って、全額払わせ、黙って先に一人で帰る。

これはあとでかなり後を引く。

・従業員がお客さんとこっそりアフターしてるお店を探し当て、そこの乗り込み、相席して大騒ぎして、勝手に帰る、勿論一円も払わずに。

これもあとで尾を引く。

・他のお客さんの悪口を言いふらす。

ばれると、私知らない。

・作り話をする。

Aさんが浮気したときに、自分が奥さんとの間を取り持って仲直りさせた。

実際は、奥さんと会ったこともない。

・今度家に行ってもいい?この間近くまで行ったんだ。

かなり迷惑。

まだまだある。


 この間、そこのお店にはあまりこないようなタイプの人が、一人で座ってて、間違えて入ってきちゃって、困ってるのかしら。

話を聞いてみる。

「この間は大丈夫だった?」

「何とか。」

「ちゃんと仕事行けた?」

「遅番だったから、行けた。」

ん?どうやら知り合いらしい。

「今日は?」

「早番だったから、早めに仕込みを終わらせて、あとは若いものにまかせて来たんだ。」

「そうなの。ところでなんかボトル入れてよ。焼酎でいいから。」

「じゃあ、眞露。」

「なんで割る?水、ウーロン、お茶。」

「水で。」

新しいボトルのキャップを開ける音がする。

水割りのセットを手早く準備しながら、ささやくように、

「今日はゆっくりできるの?」

「明日は休みだから大丈夫だよ。」

「そう、じゃあゆっくり飲みましょうよ。うちはカラオケもあるし、ゆっくりしてってね。」

杯を重ねて、ちょっと歌いながら、素面だったおじさんも少々酔いが回ってきたらしい。

もう少し耳を澄ませていると、

「この間、そこで会わなければ、こんなことしてないんだな。」

「そうよ、夜中にいきなり暗がりで声かけてきてさあ。」

「ほんとに悪かった。脅かしたみたいで。」

「いきなり一緒に飲みませんかって。びっくりしたわ。」

どうやら、お店をはねてから、帰る途中で出会ったらしい。

「おまけにどっかお店知りませんかって。行くとこもないのに、他人に声かけるかね。ほんと変な人。」

「だけど紹介してもらったところ、美味しかった。俺も同業者だからね。」

どうやら板前さんらしい。

「今日もこの後どこか行く?」

「そうね、もうちょっと待ってね。まだ営業中だから。」

どうやらママは、このお客さんを酔わせて足腰を立たないまでにして、切り抜けるつもりらしい。

案の定、しこたま酔っ払って、おじさん、帰っていきました。


後日談。

しばらく経ってから、そのおじさんと再会。まだ続いてたんだ。

「この間、会いましたね。」

「そうでしたっけ。あんまり憶えてないんですけど。」

曖昧に笑って見せた。

「終わったら一緒に飲みに行きませんか?」

今度は私?

どうやら今夜はしくじらないように、道連れを作ろうとしているらしい。

「何飲んでるの、ビール?ママ、彼女にビール出してあげて。俺奢るから。」

「いいんですか?じゃあ一杯だけ。」

飲み進め、歌もうたい、会話も進んで、夜も更けて。

さあ帰りの時間。どうやって逃げるかな、なんか面倒くさそうだし。

案の定ママが、そっと

「あなた一緒に行ける?」

「えっ、明日早いし、ちょっと無理かも。」

逃げを打っておく。

「少しだけでいいから、一緒に行ってよ。」

「とりあえず、表で待ってるね。」

外に出ると、電信柱の陰から、にゅ~と出てくる。

「今来るみたいですよ。」

「そう。」

今逃げないと、朝まで捕まる、なんとかしないと。

「どこに行くんですか?」

「たぶんこの前のところ、○○。」

「ああ、朝までっていうか、昼間でやってるところね。」

携帯が鳴った。

「ねえ、まだ片付かないから、先に二人で行ってて。」

ママめ、来ないつもりだな。よし。

「あの、私、明日早いから、今日は帰るね。ごめんなさい。」

「ママは。」

「今来るみたいですよ。じゃあ、ごちそうさまでした。またね。」

足早に立ち去る。

それから先?死ぬほど携帯が鳴ってました。勿論無視。大人なんだから、頑張ってね。





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