第4話隣の席の人
一人飲みをしていると、急にスィッチが入って、一軒では収まらない時がある。
つまりはしご酒。
友達のお店を飲み歩いているくらいならいいけど、ちょっと酔いが度を超すと、冒険したくなる悪い癖。
前に友達が仕事終わりに連れってくれた店。高いからあんまりいかないけど、臨時収入がはいって、ちょっぴり気が大きくなって、タクシーで向かう。
遅い時間が混む店、つまりは同業者の多い店。敷居はちょと高い。それにみんなお酒がかなり回っているから、危険な香りがプンプン。
アフターに使うホステスたちや、飲み足りない酔客、一夜の相手を探す、そんな人もいる。
ここで私ごときは、調子に乗っても三万くらいだけど、十万単位で払っていく人たちもいる。どんな仕事なんだろう。少し興味は湧く。
ただ危ない世界の人たちのいるから、滅多に話には深入りしない。それでもビールを奢ってくれたり、ワインやシャンパンの振る舞い酒に出くわすこともある。何本もやってるから、悪いから私もやろうかなと思うと、お店から、
「あんたはやらなくていいよ。高いんだから。」
そうか安いワインやシャンパンじゃ売り上げにならないからね。飲みたくないんだ。
そのかわり、テキーラ競争には巻き込まれる。四人で一杯づつ奢ると、同じ杯数、いいや倍くらいになって戻ってくる。ある意味これは迷惑。
テキーラストレートだから、結構足に来る。酩酊にもなるし、二日酔いどころか三日酔いになって、記憶が飛ぶ。
幸いなことに目が覚めるのは、自宅で傍に誰もいないけどね、意外と用心深いんです。
テンションが上がってる私と、酔客の間で連絡先の交換が始まる。もう酔ってる私は、スマホが使えず、お店の女の子に入れてもらう。彼女曰く、ありがちなパターンで、結構知らない機種でも触れるようになったとのこと。
帰るときタクシー呼んで、お会計。
「もういただいてます。」
「嘘でしょ、本人知ってるよね?黙ってじゃないよね?」
「大丈夫だから、タクシー代ももらってるし。」と。
「そう、お礼言ってないから、明日連絡するね。」
「そうしてね。」
タクシーで帰宅。寝て起きると、やっぱり記憶が飛んでて、名前と電話番号はあるけど、顔がでてこない。でも一応お礼の電話はしないと。
何度か電話をいれて、やっと電話が通じ、話した。やっぱりまるで憶えてないけど、話を合わせて、再開の約束をする。
ここで困った。顔がわからないから、駅での待ち合わせはできない。
そこで彼が飲んでるお店に行って、さりげなく待ち合わせしてるんですけど、何々さん来てますか、と。
「お待ちしていました。カウンターにいらっしゃいますよ。」
「お待たせしました、○○○です。この間はありがとうございました。」
「こんな顔してたんだ、酔っててまるで憶えてないんだ。」
もうすでにお店の女の子と飲んでたらしい。
「何飲む?奢るよ。」
「じゃあ生ビールを。」
「なんか食べる?ここ割と美味しいよ。」
「もう夕飯は食べっちゃったから。連絡貰ったのが遅かったから。」
「あの店はよく行くの?」
「たまにですよ、もの凄く酔っ払った時に、大概は憶えてないけど。」
「やっぱり、俺もほとんど覚えてないんだ。」
想像してたより年齢は上みたいだ。いい人ぽいけど、あんまりタイプではない。
しばらく飲んで、歌をうたって、一時間ぐらい経った頃、もう一軒行こうよと。
「あの店に電話してよ。タクシー呼んで。」
「歩いていけるよ、今道教えるから。」
歩いて次の店へ。そこも幸いなことに行ったことがあって、マスターは出かけていたので、電話してもらい、話して待っていることを伝えた。
知らない人と知らない店にいるのは少し苦手で、居心地が悪い。
そのうちマスターが帰ってきて、ようやく会話が弾みだした。
「今日はどういう取り合わせ?」
「この間そこの店で、ナンパされたの。」
「本当?」
「何やってる人かはまだ知らないし、下の名前も知らない。」
「よく出てきたね。」
「結構酔ってたけど、悪いイメージがなかったからかな。」
「こっちも同じ。」
何杯か飲み進めるうちに、前のお店の女の子がお客さんと一緒に飲みに来た。
そこでまた飲み重ねているうちに、もう一軒行こうと。
「どこに行くんですか?そろそろ帰らないと。」
「この間の店に行こう。近いし。そしたらタクシー呼んであげるから。」
お会計を済ませて店を出て、そのままもう一軒。この人何件目なんだろう?相当なはしご癖がある、私以上。これは記憶が飛ぶよね。
店のドアを開けて、
「お久~。」
「どういう組み合わせ?」
「ここで知り合ったから、ここに来た。」
「今日が初デート。」
ここで、彼は席に着く前にトイレに直行。そのすきに、
「もう少ししたら私は帰るから、あとはお願いね。」
「なんで、送ってもらえばいいじゃん。」
「だって知らない人だよ、まだ。どうなるかまだ分からないし、第一この人のこと知らないし。」
彼が戻ってきて、
「何飲む?」
もうビールは飲みたくなかったから、焼酎。
何度目かの乾杯。お店の人たちとも乾杯。
「歌えるんでしょ?なんか歌って。」
「何がいいですか、と言っても何でも歌えるわけではないけど。」
「好きな歌でいいよ、あんまり遠慮して気ぃ使わなくていいから。」
「じゃあデュエットしましょうか?何が歌えます?」
『愛の果てまで』
懐かし昭和の歌。なかなか知ってる人がいないっていうか、飲み屋の常連が歌う。
歌った後またトイレ。
かなり酔っている様子。
席に戻ってから、しばしトークタイム。
「結婚してるの?」
「今はしてない。」
「付き合ってる人は?」
「今はいない、飲みに行く人はいるけど。」
「なら、俺と付き合わない?一応独身だしっていうか、一度もけっこんしたことないし、あっ、お袋はいる。入院してるけど。」
「だから気楽に飲み歩いてるんだ。」
「携帯も、病院から連絡くるから仕方なく持ったんだから。」
「本当に誰もいないんですか?」
「いないよ。なんかあんたは俺の好みなんだ。付き合ってみないか?」
「今すぐじゃなきゃダメ?少し飲み友達で付き合ってから考えてもいい?」
「そうかやっぱり俺じゃダメか。」
「そうじゃなくて、まだ何にも知らないから、もう少しわからないと。」
「そうかやっぱりだめか。」
なんて言ってるうちに、カウンターで熟睡。
チャンスタイム。
「タクシー呼んで。」
「おいて帰るの?」
「このまま寝てる横で黙って飲んでるほうが悪いよ、だってまだ誰とも付き合う気はないし。第一まだ誰かさんとのほとぼりが冷めてないから、この辺では誰とも付き合えないよ。結構みんな知ってるからね。」
「そうだよね。タクシー来たよ。」
「あとは頼んだ。マスターによろしく。」
「あいよ。」
きっと彼からもう連絡はないな。
今日はごちそうさまでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます