第2話おばさん

 一人で飲みに行く女って、わりと好意的に見てくれるお店と、敵対視する如く、一人飲みの女を嫌うママがいる。

前者は、隙あらば商売に利用して、男性客の相手をさせて、売り上げを伸ばすタイプ。後者は、自分だけがモテる世界に他人が入り込むのを、許さないタイプ。

大概は両方が混然一体となって、よく言えば欲の皮のため、我慢している。

 男は大体が新し物好きで、あわよくばと、浮気の虫がそぞろ歩く。

そんな男心をうまく使って、一杯奢らせたり、おつまみを取らせたりと、無給の従業員と化する、女の子のほうも気が付かないふりして、一緒に歌ったり、会話にさり気無く参加したり。それに女の子のほうも、面倒くさくなたら、家に帰るなり、飲む河岸を変えれば済むことで、従業員と違って、連絡先の交換をしたり、触られたりすることがない。

 まあ、関係がうまくいっているうちは、それで済む。

ママも関係が深くならないように、曖昧に仲を取り持つ。

これが、できちゃう、ぶっちゃけ肉体関係にまで発展すると、最悪ドタバタに巻き込まれ、ダブルでお客さんを失くすから、そこは上手くやらないと。

 ここまでは、良くある話。

ママの好きな人に手を出したら、話は別。けんもほろろに扱われ、その店の近くでは飲めなくなる。いわゆるハブるってやつ。

上手く身元が分からないように、深みにはまらないよに、定期的にいくつかのお店に顔を出しておいて、遊ぶ。それが私の飲み方。

誤解されることも多いけど、話し相手付きで飲み代がある程度安く上がる。少々感の鈍いふりをして、やり過ごせば、それなりに楽しく過ごせる。

 ある意味で傍観者に徹すると、TVドラマより面白い成り行きがみられる。

リアル昼顔、リアル失楽園、リアルな痴話げんか。あくまでも巻き込まれない限りだけど。

 

 比較的よく顔を出す居酒屋さんでの話。

その人は何軒かはしご酒をしてから、その日の締めに現れる。

かなりできあがってからあらわれるので、大概が一、二杯飲んだらカウンターの端で居眠りタイム。心得たもので、マスターはグラスやボトルをそっと遠ざけて、当たっても倒れない位置に動かす。そこに居ないがごとく、他のお客さんの相手をしてる。他のお客さんも然り。慣れたもので、

「また転んで、骨折すると面倒だから気を付けてあげて。」とか。

「明日仕事なんでしょ、大丈夫なのかね。」

「割と平気みたいだよ、朝歩いて、駅まで行くみたいだから、酒が抜けるんじゃないのか。」

「会社で臭わないのかな?結構酒と煙草の臭いってとれないよ。朝の満員電車の中で、酒臭いのと、ニンニク臭いのと、煙草の臭いのする女の子って、残念って感じ。」

「女のっ子て歳でもないけどな。」

たいてい毎日一度は、お店の中で一度はおこる会話。

その日は、私のほうが早くて、まあ、外から覗いて、居たら他の店に行くんだけど。

「もう帰ったの?」

「今日はまだ来てないよ。最近来てないな。」

「どっか悪いのかしら。」

「あんなのでも、来ない日が続くと心配になるし、毎日来て、二日や三日に一本入るから、結構使ってくれるし、そんなに嫌うなよ。」

「絡まなければね。」

 そんな会話をしながら、私の焼酎がでてくる。私は水割りで、マスターはお茶割り。料金の安い田舎のお約束で、マスターは違うもので割って飲んでる。それでも大体千円。私くらいの給料取りでも、週に二、三回は通える。今は週に一回だけどね。

 しばらく、他愛のない会話しながら、TVを見て、また酒が進んでいく。

ガラッとドアが開いて、九段の彼女が入ってくる。今夜も結構出来上がってるご様子で、

「マスター、ごめんね、結局携帯家にあった。だけど、ここに忘れたことで、話を合わせて、お願いだから。」と。

手を合わせて懇願している。

何の話?あまりにできあがってらして、ここに私が居るのに気が付いていらっしゃらない。

 どうやら、話を聞いていると、先日、同僚とみんなで飲みに来て、お一人が彼女の家にお泊り。朝出勤したら、携帯がない。どこに忘れたかわからなくて、結局ここに忘れて、彼女が今日取りに来た、ということにしたみたい。結局携帯は、彼女のベッドサイドで発見。

「マスター、あの人いい人でしょ、私が好きになったのわかるでしょ。」

「そうだな。」とマスター。

「内緒よ、内緒。みんなにはタクシーで帰ったことになってるから。お願いね。」

心の中で私はそっと、どれくらいもつのやら。不倫じゃないらしいけど、お酒を飲んでるあの姿を見たら、百年の恋も冷めちゃうよ、上手くいって欲しいけど。長年の独り身。離婚の時に子供と約束したんだって。結婚するというか誰かと付き合うときは、子供たちがいいって言うまで、誰とも付き合わないと。もっとも、ご主人が、再婚して、それ以来会ってないらしいけど。

 長年このあたりで飲んで歩いてて、どっかのお店のマスターと付き合っていたとか、いないとか。そんな噂は聞いたことあるけど。田舎だからね、送って帰っただけでも、そんな噂に尾ひれがつく。

 座って飲みだしていつものように、熟睡タイム。静かになった。


70歳前、最後の恋になりますように。



 




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