第2部 夏休み

第33話 夏休み、プロローグ。

 紀雄と凪の学校が、ちょうど一学期を終えた日の夜。



 県の端、島へと繋がる大橋の麓……。

 ざぁざぁと波が音を立てて、際限なく押し引きを繰り返している。

 今、黒海を明るく照らすのは、宵闇に浮かぶ三日月の、頼りない光などではない。

 何台ものバイクが重低音を響かせて、浜辺を挟んだ駐車場からヘッドライトを海に向けて、ずらりと並んでいた。


 そしてその駐車場に、新たに一台のバイクが入ってきた。

 青いファイアパターンがギラギラと主張する、ホンダのアメリカンだ。


「お勤めご苦労様です!」


 そのタンデムシートから降りた男に、屯していた男たちが一斉に立ち上がって、頭を下げた。


「久しぶりのシャバはどうだ? 火崎」


 近づいてくるのは、白髪の大男だ。


富賀瀬とがせか。久しぶりだな」


 周りの男たちが下がり、月が二人の影だけを駐車場に照らし出した。


「悪くねぇもんだ。ここは、潮風が少し染みるがな」

「俺たちの始まりの場所なんだ。ここに連れてくるしかあるめぇよ」


 冨賀瀬と呼ばれた男が、カッカと笑う。


「それで? いつ始めるんだ?」

「もちろん月が満ちる日……八月五日だ」


 その瞬間、周りの男たちが唾を飲みこむほど、空気に緊張が走った。


「お前らぁ、今まで大人しくしてた分、好きに暴れて構わねぇ。この世界に知らしめるぜ。俺たちの帰還を」


 火崎が歩きだすと、男たちの中の一人が慌てて駆け寄っては、彼の肩に纏いを羽織らせる。


 潮風ではためく、その黒い纏いには、深紅の文字で……。


 月火靡神げっかびじん、と。



 ***


 その花は、夜にしか咲かない。


 玲瓏に闇夜を照らす月に、その花は恋焦がれた。短い命を燃やして、強く強く、艶美な匂いを発した。


 だけど空は変わりやすく、雲が月を覆い隠してしまう日もあるから……。


 そのときは会うことも叶わず、その秀麗な白い花冠かかんを見られることもなく、花は朝に死んでいった。


 それでも花は何度も転生を繰り返して、月を求めることをやめない。


 いつか必ず会えることを、知っているから。その花が見つけられるように、太陽がいつもひっそりと、月を照らしてくれているのを知っていたから。


 だからその花は、今日も咲き続ける。


 絶佳な姿のうちに、燃えるような情熱を秘して。


 雨に晒されても、風に吹かれても、その花は咲き続ける。


 空に太陽がある限り。月がある限り……。



 ——月火靡神篇・プロローグ——

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