第19話 荒れる教室、春の嵐。
「おぉ瑠璃川! なんで教室にいるんだ? ていうか……なんだ、この状況」
突然現れた陽気な声が、紀雄の拳を止めた。
また一人、教室に入ってきたのは、イジメの主犯である金場だった。野球部のユニフォームを着て、大きなスポーツバッグを肩に掛けている。
ちょうどいい、と紀雄は思う。ここで二人とも懲らしめれば、阿津谷はイジメから解放されるかもしれない。いや、正直そんなことはもうどうだっていい。ただ殴りたいという気持ちのほうが強かった。
「まぁいいや。それにしても、部活大変だな。試験も近いっていうのによ。まぁ、また阿津谷でもイジメて発散しようぜ」
金場が笑って、なんの気なしにそう言った。教室には、紀雄と芙雪もいるというのに。阿津谷へのイジメることに関して、ホントになんとも思っていないようだ。しかも金場たちにとって、これはクラスの全員が知っていて当然のことらしい。
クズだ。こいつらも、クラスの奴らも。
「何が面白いんだよ……」
小さな声で、しかし二人に聞こえるように、紀雄は言った。
「あ? なんだって?」
「何がそんなに面白いんだって言ってんだよ!」
金場に掴みかかって、そのまま突進する。並んでいた机にガタガタと当たっても構わず、教室の壁まで押しつけた。
「……いってぇな、離せよ。不良から一転して、今度は優等生気取りか? ここ最近、お前変わったよな。朝から登校して、授業受けて、今度はクラスの問題も解決したい、ってか? ご苦労だな。先公に従う利口な生き方を、ようやく学んだのか」
「んだとぉ!」
バッグを床に落として、金場が睨み返してくる。空気が張り詰めて、「ちょっと、二人とも!」と芙雪が止めに入った。
だがしかし、二人は微動だにせず睨み合うままだ。すると、
「青春ドラマやってるとこ悪いが、俺はもう行くぜ。グラウンドに早く戻らねぇと」
勝手にやってろよ。
そう残して、瑠璃川が教室を出ていく。まるで他人事のようなその態度に、紀雄は金場から手を離して引き留めようと動いた。しかしその隙に、
「あ、待てよ瑠璃川! 俺も行く!」
金場に突き飛ばされて、紀雄は並んでいる机たちに飛び込んだ。
ようやく立ち上がった時には、瑠璃川も金場もすでに教室から消えていた。
「あ、あいつらぁ!」
紀雄の怒りだけが、教室に空しく
「なんか……ダサ……。あんたってホント、いつもやり方がストレートなのよねぇ」
「あいつら、ぜってぇ許さねぇ。復讐してやる! こうなったら闇討ち仕掛けて、恐怖ってやつを叩きこんでやる!」
フゥフゥと鼻で息を飛ばしながら、紀雄は自分のカバンを掴んだ。すぐにでも家に帰って、奴らにどんな苦痛を味合わせてやるか、作戦を考えなければならない。持ち時間は、奴らの部活が終わるまでなのだ。
しかし、またしても紀雄の行動は芙雪によって止められた。
「なに帰ろうとしてんのよ。これ片づけないと、でしょ」
そばにある机を、芙雪がトントンと指で叩く。その時ようやく、紀雄も教室の惨状に気づいた。
綺麗に並んでいた机や椅子が散らばり、中には倒れているものも見受けられた。まさに嵐が過ぎ去った後のようだった。
「……マジかよ。あいつらにもやらせねぇと、筋通らねぇだろ!」
「あの二人はもういないし。ていうか、これやったのほとんどあんただからね。ガキみたいなこと言ってないで、手伝って」
紀雄は不貞腐れて、ブツブツと文句を言いながら机を並べ始めた。
「でも、金場の言う通りよ」
「あ? 阿津谷をイジメることがかよ。お前、どっちの味方だよ」
「そっちじゃなくて、あんたが変わったってこと。何があったの?」
答えようとしたが、自分でも答えがわかっていなかった。
久しぶりに朝から登校したあの日は、テンションが上がってたからだ。前日が楽しくて、確か佐々原とコンビニで会って、話して……。
勉強受けてんのは、佐々原とテストの勝負する約束したからで……。
頭にちらつくのは、佐々原凪ばかりだ——
すぐに、彼女を頭から追い出そうと努める。
なんで女一人に俺が変えられなきゃいけねぇんだよ。べつに、彼女でもなんでもねぇのに。
……彼女?
ふと脳裏によぎった言葉を、紀雄は必死に頭を振って否定した。
意識を、べつのことに逸らせなければ。
「し、知らねぇよ。大体、阿津谷のことに関してはお前が俺を巻き込んだんだろうが」
「まぁ……確かにそっか。今はあんたより、金場たちをどうにかしないと、だしね」
初めて芙雪を言い負かした気がして、紀雄は少し満足感を味わった。同時に、先ほど奴らから受けた屈辱を思い出して、凪のことも無事頭から消えてくれた。
そうだ、あいつらだ。まずはあいつらに苦痛と恐怖をお見舞いしねぇと。
「ちっ、壊れてんじゃねぇかよ、これ!」
どのボタンを押しても全く反応しないストップウォッチを床に叩きつけて、思いきり蹴飛ばした。ガンガンと両側の壁にぶつかって、小さな部品が飛び散った。
「なんだよ、瑠璃川。吉城となんかあったのか? 最近イラついてるし。サッカーか? それとも、あぁ……元カノの件か?」
「うるせぇよ!」
ニヤニヤと笑う金場を一睨みして、瑠璃川は廊下を走りだした。今は誰とも話したい気分ではなかった。いや、一昨日からずっとだ。
練習で技の上達を感じようが、試合でゴールをきめようが、阿津谷の上靴を捨てて、困るあいつを見たって、苛立ちは治まらなかった。
俺はどうしたらよかったんだよ、凪。しかも吉城は友達って……あんないけ好かない奴と……。
視界の端に捉えたストップウォッチの欠片を、瑠璃川はまた勢いよく蹴り飛ばした。
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