第15話 テスト勝負、伏線がいつも回収されるとは限らない。
「右? じゃあなんで——」
「ねぇ、今日の学校楽しかった?」
なんなんだろう、この女の子は。突然、変化球を投げてくる。
紀雄はいつも対応できずに、振り遅れてしまう。というより振り回されてしまう。
「べつに楽しくなんかねぇよ。授業はいつも通り退屈だったし、ハゲメガネには怒られるしで——あっ!」
嫌なことを思い出して、上がっていたテンションが一気に落ちた。
「テスト、どうにかしねぇとやばいんだった……」
「テスト? あっ、そっか! 私のとこも、もうすぐテストだ!」
すっかり忘れてた……と、凪も落ち込む。けれどすぐに、「よし!」と気合を入れるように力強い声を出した。
「ねぇ吉城くん、期末テスト勝負しない? 負けたほうは勝ったほうの命令を一つ聞くの」
「はぁ⁉ そんなもん勝負になるわけねぇだろ! 俺がどんだけバカか、甘く見んじゃねぇぞ! たぶん学校一だぞ!」
「そんなこと強気で言える人、初めてだよ……。じゃあこうしない? 吉城くんは点数が高かった三つの教科の合計点でいいよ。私は、低かった教科三つの合計点」
それでも勝てる気がしねぇ……。だが、あまりハンデ求めるのも男として情けねぇし……そうだ! いいこと思いついた!
「い、いいだろう。ただし、一つ頼みがある。一回だけでもいい。俺に勉強教えてくれ。その、上手いやり方を」
一緒に勉強すればいいんじゃん! また会えるし、点数とれば補講も免れることができるし、一石二鳥じゃん! ありがとうハゲメガネ! この展開への伏線だったんだな!
「それはダメだよ」
えっ⁉ まさかの拒否⁉
凪は俯き、自分の右腕をギュッと握った。
「……勝負だからね。正々堂々、自分たちの力でやろうよ。それに、私はいっとき学校休もうと思ってるし、それもいいハンデでしょ?」
ぐっ……なんでだ? なんで今日会うのはオーケーしてくれて、ゲーセンもノってくれたのに、勉強は拒否なんだ? しかもそこまで言われたら、これ以上追及できねぇじゃん。結局、さらにハンデつけてもらってるし。学校には行けよなんて、俺は言えねぇし……。
紀雄はがっくりと肩を落とす。
「わかったよ。じゃあそれで受けて立つよ」
「ごめんね、ありがとう」
「なんで謝るんだよ。べつに謝る必要ねぇだろ。佐々原、今日謝りすぎだって」
「アハハ、そうだね」
凪は優しげに笑って、そして何かを見つけたように、「あっ」と声を出した。
「もう八時だ。そろそろ帰ったほうがいいね」
凪の視線を追うと、店内の壁に掛かっている時計が目に留まった。彼女の言う通り、あと数分で短針は八時を回りそうだ。
俺はべつに、家帰ったって誰もいねぇし、閉まるまでいたっていいんだけど。まだ『ランニング・デッド』しかやってねぇし。
そう言おうとしたが、佐々原を夜遅くまで連れ回すのもな、と思い、名残惜しさを感じながらも、今日は帰ることにした。
ゲームセンターを出て、バイクに跨る。来た時と同じように凪も後ろに座る。また、彼女の体温が伝わってきた。
この緊張に、慣れるときはくるのだろうか。
「じ、じゃあ、昨日のコンビニとかで降ろせばいいか?」
「……家まで送ってくれないの?」
彼女が頭を紀雄の背中に預けているせいもあって、その頼み方に、なぜか胸がドキドキとなった。紀雄は必死に平静を装って、「あ、案内しろよ」と短く答え、バイクを出した。
凪の家は、二階建てで綺麗な白色だった。先日二人が出会ったコンビニから、五分ほど走った所にある団地の中だ。徒歩なら十分ぐらいだろう。
「送ってくれてありがとう。親はまだ、帰ってきてないみたいだけど……」
凪は空っぽの駐車場に目を向ける。紀雄もそれを見て、どこの家も変わらねぇんだな、と自分の家庭のことを思い出した。
「部屋、入ってく?」
凪が突然、コンビニにでも誘うような、軽い調子でそう言ったので、紀雄は危うく「おう」と答えそうになった。
数秒遅れで言葉の意味を理解し、「˝えぇっ!」と変な声を出してたじろいだ。
「いや……それは……」
マ、マジでか! ま、まさか佐々原の部屋に入ることになるなんて、心の準備が……。
跳ね上がる心を落ち着かせようと、ニコチンの摂取を試みるが、うまくいかない。手が震えて、ケースからポロポロとタバコが零れ落ちた。
そんな紀雄の様子を見て、「アハハ、冗談だよ」と、凪が笑った。
「さすがに、そんな簡単にあげられないよ。いろいろ準備しなきゃいけないし」
「準備?」
「世の男たちが変な理想を持ってるせいで、女の子は大変なの」
なんだそりゃ。でも佐々原の部屋かぁ……。やっぱピンク色とかなのかな? きっと俺の部屋なんかと違って、綺麗に片付いてんだろうなぁ。
「それより、タバコは嫌いだって言ったでしょー。なに吸おうとしてるの?」
「え? あ、いや、アハハハ……」
タバコを掴む手をポケットに入れて紀雄は恍ける。そして同時に、なんで犬みたいに佐々原の言うこと聞いてんだよ、俺は! と、タバコを地面に叩きつけたい気持ちに駆られた。
けれど……。
「今日はありがとう。嫌なこと全部忘れるぐらい、ホントにゲーム楽しかったよ!」
笑みを投げかけてくる凪を見て、一瞬でどうでもよくなった。
代わりに、まだ一緒にいたかったな、という想いが心に芽生えていた。
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