第14話 タンデム、ゲーセン、一瞬の時間。
「……ごめん。今は、絵の話はしないで」
体操座りでうずくまったまま、凪が謝る。紀雄は何も答えない。答えられないでいた。自分の言葉の何が彼女を怒らせたのか、もしくは傷つけたのか、全くわからない。
「ねぇ、ごめんね」
「……そんなに謝られても、どう返したらいいかわからねぇよ」
紀雄は頭を掻いて、俯く。凪はフフッと、儚げに笑った。
「そうだよね。今謝ったのはさ、前に不良って言ったこと。関わらないほうがいいなんて、言っちゃったから」
「あぁ……」
忘れていた。つい一昨日のことなのに。
心にずっと、チクチクとした感触を残していたはずなのに。
そんなことは、もう忘れていた。
昨日、佐々原が友達だと言ってくれたから……。
その瞬間、全身に雷が走ったみたいに、紀雄は気づく。
そうだ。距離とかそんなことどうだっていい。友達だって認めてくれたんだから。
思い立ったらすぐ動け。
紀雄はさっさと凪の左腕を掴んだ。
「え? 何?」
「今日の目的だ。バイク、乗せてやるよ。ちゃんと、ヘルメット持ってきたんだぜ」
「いきなり? ちょっと怖いんだけど」
「大丈夫だって。安全運転で走るからよ」
「いや、そういう意味じゃなくて……まぁいっか」
何かを諦めた凪は、微笑を浮かべて立ち上がる。紀雄は掴んだ彼女の腕を離して、先に動きだした。
バイクに跨り、左右のミラーにかけていたヘルメットを取って、一つを凪に渡す。ダムに来る前、一度家に帰って持ってきたものだ。
そしてエンジンをかけて、凪が後ろの乗るのを待つが……。
「なに……してんだ?」
凪は顎の下に両手をやって、何やら四苦八苦している。
「顎紐、とめられないんだけど」
「ったく、しょうがねぇな」
「え? あっ……」
少し屈んで、顔を彼女の首筋に寄せる。
顎紐をとめてあげて、上体を戻すと、その拍子に凪と目が合った。鼻と鼻が当たりそうなほど近い距離に、彼女がいた。
スイーツに似た甘い匂いが、漂ってくる。
凪は何かの魔法にかけられたように、固まっていた。紀雄は視線を外して、慌てて彼女から離れた。
「さ、さっさと行こうぜ。夜になっちまうよ」
「……うん」
紀雄の肩を支えにして、凪がバイクの後ろに座る。腰に抱きついてきた彼女の体温が伝わり、緊張とともにテンションが上がった。
これ……いいな。
「ところで、どこ行くの?」
「そりゃあ行ってからのお楽しみだ」
紀雄は不敵に笑う。凪はなぜか不安そうな顔だ。
「なんか……やっぱり怖いんだけど」
「大丈夫だって。安全運転でいくって言ってんだろ」
「だからそういうことじゃなくて……もういいよ。私は風に流される葉っぱになるから」
「おう、任せとけ。どこまでも運んでやるぜ」
紀雄は後ろに向かって、親指を立てた。
「って……ゲームセンターじゃん!」
バイクから降りてヘルメットをとると、早速凪が声をあげた。紀雄もバイクのエンジンを止めて、ヘルメットを脱ぐ。
「最近、ずっと来れなかったからな。初めてのバイク、どうだったよ」
「ジェットコースターって感じだった! 楽しかったよ! ワープしてるみたいに、景色が変わっていくし。ホント、楽しかったのに……」
凪の声に、段々と不服の色が混ざる。
「それがまさか、ゲームセンターに到着なんて……私の感動を返してほしいよ」
「なんでだよ! ゲーセン最高だろ?」
「知らないよ。私、まともに入ったことないし。プリクラぐらいだよ」
「マジで⁉ さすが進学校の高校生だな!」
紀雄は背をのけ反らせて、大仰に驚く。まさかゲーセンに行かない人間がいるなんて、と妙な感慨が湧いたが、とりあえず気を取り直して彼女を誘う。
「まぁ、中入ろうぜ。何事も経験って佐々原も言ってただろ」
「確かにそうだけど……そうだよね。何事も経験!」
突然覚悟を決めたように、彼女は意気込む。そんな気張るような所じゃねぇよ。と、紀雄は吹きだしそうになった。
ガヤガヤといろんなサウンドが入り混じっている店内を見渡して、たくさんのゲーム機の間を通り抜けていく。
そして、人が二人入れるほど大きな、箱型のゲーム機を見つけて、その足を止めた。
「おし、これやろうぜ! 『ランニング・デッド』! シューティングゲーム!」
ホントは『ストファイ』やりてぇけど。ゲームしたことねぇ奴と格闘ゲームしてもなぁ……絶対弱くてつまんねぇし。
「シューティングゲーム?」
血まみれのゾンビが蠢いている、おどろおどろしいデザインの箱を見て、凪は顔をしかめた。
「これ、ホラーでしょ?」
「全然怖くねぇって。拳銃式のコントローラー使って、迫ってくるゾンビ倒すゲームだよ」
凪と一緒に箱の中に入って、銃を手に取りながら紀雄は説明する。凪は、「できるかな……」と少し不安そうだ。
「ゾンビ狙って引き金を引くだけさ。簡単だろ? 互いのスコアも出るし、一回やってみようぜ」
百円を入れて、紀雄も銃を取る。緊張感を煽る、重々しい音楽が箱の中に流れだす。世界観を伝える渋い男性のナレーションと共に、ゲームが始まった。
すると早くも目の前の画面に、頭が半分吹き飛んだ、グロテスクなゾンビがドアップで現れた……。
「きゃああああああ!」
凪が悲鳴を上げて、でたらめに銃を放つ。隣の紀雄は、冷静にゾンビを打ち抜きながら、ニヤリと口角を上げた。
フッ、かかったな。ホントは、『ランニング・デッド』のゾンビは滅茶苦茶リアルで怖いんだよ。初めての佐々原は、ゲームどころじゃねぇだろう。ワリィけど、万が一にも俺が負けるわけにはいかねぇからな。ここは、カッコつけさせてもらうぜ!
三十分後——。
バ、バカな……。俺が初心者に負けるなんて……。
紀雄は手に持つ銃を震わせながら、横の凪を見る。画面に映った二人のスコアを見ながら、嬉しそうに飛び跳ねていた。ゲーム開始直後とは大違いだ。
「やったー。よくわかんないけど勝っちゃった」
「な、なかなかやるな、佐々原。意外とゲーム上手いみてぇだな。でもまぁ、俺が本気出せば、まだまだだけど」
「そうかなぁ、吉城くんが下手な気がするけど。どうせなら、なんか賭ければよかったなー」
「な、なに言ってんだよ。佐々原に合わせてやったってのに」
言いながら、内心では胸を撫でおろす。
なんも賭けなくてよかったぁ……。
そんな紀雄に、凪は意地悪い笑みを向けた。
「ホントにぃ? しかも左手なんだからね、私」
「ホ、ホントだって。しつけぇな。ていうか、佐々原って左利きじゃねぇの?」
いつも左手動かしてんじゃん。
彼女はなぜか目を大きくして、顔を背けた。急に、二人の間に間が訪れる。
「……私、右利きなんだよ」
そう言った彼女の声は小さく、かろうじて聞き取れたほどだった。
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