第13話 人気者、イジメっ子、ボッチ、ボッチ。

「……で、借りを返せって俺に何してほしいんだよ」

「あんた、クラスポサボる気でしょ?」


 芙雪に見事に心中を見抜かれ、紀雄はギクッとなる。思わず、変な声が洩れそうになった。


「な、なぜそれを……」

「あんたの考えそうなことぐらいわかるわよ。ていうか、クラスの皆わかってると思うけど。私の頼みはね、あんたにクラスポちゃんと出てほしいの。つまりニコニコバレーに。瑠璃川を止められなかった以上、もうこうするしかない」

「なんでそんなにあいつが出るの止めてぇんだよ。べつにどうでもいいことだろ。人気なのは腹立つけど」

「いいわねぇ、何も知らない奴は気楽で。ホントのところ、瑠璃川を止めたいんじゃなくて、金場を止めたかったのよ」

「金場? なんで?」

「あんたと組んでる阿津谷よ」

「阿津谷?」


 話が見えない。視線だけを、教室の隅の席に座っている、その男子に向けた。パッとしない、見るからに地味な男子に。


「阿津谷は、その……ボッチなのよ。あんたと違って、毎日学校に来てるのにボッチなの。意味、わかるでしょ? 首謀者が金場ってわけ」

「全然わからん。首謀者ってなんの? それより今、さりげなく俺もボッチにしたよな? おい」

「あんたってホント……ハァ」


 呆れたようにため息を吐くと、芙雪は小声になって先を続けた。


「イジメられてるってこと。阿津谷は、教室の皆からイジメを受けてるのよ」

「イジメ? そんな光景、俺は一度も見たことねぇけど。ただ誰とも喋らねぇだけだろ」


 紀雄は阿津谷から芙雪に視線を移して、また阿津谷に戻した。芙雪は、「表面的なものじゃないのよ」とだけしか言わなかった。


「表面的なものじゃないって、どういう……? ていうか、俺がボッチなのはいいのかよ? おい学級委員」

「話を戻すわよ。私はべつに、あんたにイジメを止めてほしいわけじゃないし、あんたにそんなことができるとも思ってない。ただ……ニコニコバレーに出て、阿津谷と一緒にイジメられてほしいの」

「真顔で何言ってんのお前! さっきから俺の話無視してる上に、一緒にイジメられろだぁ? 言動が学級委員じゃねぇぞ!」

「勘違いしないで。べつに、私は阿津谷のイジメを助長したいわけじゃないの。あんたも一緒にイジメの対象になれば、阿津谷の傷もちょっとはマシになるかな、って」

「お前……学級委員向いてねぇわ。生徒会も。今すぐ辞めたほうが、学校のためになる気がする。ついでに俺のためにも」

「あんたに言われたくないわよ」


 冷たく一蹴され、しかし仰る通りの紀雄には何も言い返せないまま、芙雪が暗い顔をして続けた。


「ニコニコバレーは二対二のバレーボール。つまりフィールドが陸になっただけの、ビーチバレーね。クラスから二チームだけど、最初の試合は必ず同じクラス同士、つまりあんたたちとあの二人なのよ。女子は皆、瑠璃川を応援するだろうし、金場は阿津谷をイジメて楽しむつもり。二人とも運動神経抜群。つまりあんたらは、いい見世物ってわけなの」

「いや、気の毒そうに言ってっけど、俺らのチーム決めたの、お前じゃん!」

「しょうがないでしょ。ニコニコバレーは、クラスで余りが出ないようにするために作られた、救済措置的競技らしいんだから。学級委員で、生徒会役員でもあるこの私が、それを無視できるわけないでしょ」


 はっ、クラスからボッチをなくそうっていうために作った競技が、ボッチイジメるために利用されるなんざ、ホント先公どもはバカだな。

 ……めんどくせ。


 紀雄は椅子から立ち上がり、芙雪の横を過ぎる。「ちょっと!」と止める彼女を無視して、教室の隅に向かった。


「おい、阿津谷」


 紀雄に名前を呼ばれて、阿津谷稔の身体がビクッとなった。恐る恐るといった様子で、顔を見合わせる。

「ワリィけど、俺はクラスポサボるからよ。ニコニコバレー、テキトーにやっといてくれや。なんかあったら、あの学級委員に言えばいい。助けてくれるみてぇだぜ」

「え? ああ……うん」

「ちょっと、何勝手なこと言ってんのよ! あんた、私に噂流されても——」

「構わねぇよ。これからの予定のほうが大事だからな。俺はもう行くわ。じゃーなー」

「ちょっと吉城! 待ちなさいよ!」


 追ってくる芙雪を無視して、紀雄は早歩きで帰る。下駄箱で靴を履き替え、駐輪場へと急いだ。バイクに跨って、キックペダルを踏みこんだ。

 クラスポのことも阿津谷のことも、正直どうでもいい。そんなことよりも今はただ、凪に会うことのほうが大事だった。

 この気持ちはなんなのだろう。

 わからないし、わかりたくない気もする。

 そして次第に、それを考えることさえもどうでもよくなる。

 今はただ、今はただ、このバイクのスピードに身を任せよう。



 ダムに着くと、紀雄は念のために携帯を確認した。凪からはまだなんの連絡も来ておらず、ホッとしていつもの定位置に向かう。町を見渡せる、草の生い茂った柔らかい斜面に。

 しかしそこにはすでに、黒色のブレザーを着た女の子が座っていた。

 紀雄はすぐに誰だかわかって、また携帯を確かめた。だがやはり連絡は来ておらず、一人首を傾げる。そして、


「佐々原?」と声をかけた。女の子が、ゆっくりとこちらを振り向いた。


「吉城くん……こんにちは」

「お、おう」


 凪の様子が昨日と違うことに、紀雄はすぐに気がついた。彼女の声に元気がなかったからだ。

 何かあったのか? そう訊ねようとして、やめる。まだ、会ってさっそく悩み事を聞けるほどの関係ではないと思った。

 木柵を跨いで、凪の横に立つ。夕日が沈み始めた下界では、ポツポツと明かりが灯り始めていた。


「もう来てたんだな。ワリィ、待たせたか?」

「うん、もう三時間ほど」

「さ、三時間⁉ なんで連絡くれねぇんだよ! 学校飛び出して来たのに——って、あれ? 佐々原、学校は?」

「……またサボっちゃった」


 そう答えた凪の顔に、少しだけ笑みがこぼれる。


「言ったら、学校飛び出して来てくれたんだね」

「え? あ、ああ。そりゃあ、まぁ……」


 学校で授業受けてるより、佐々原といるほうがきっと楽しかっただろうし。というのは言わずに飲み込んだ。

 紀雄は誤魔化すように、話題を変える。


「今日は、絵描いてないんだな」

「……あの時だけだよ。もう描かない」

「そうなのか? もったいねぇ。せっかく上手いのに」

「だから、あんなのべつに上手くないって」

「そんなことねぇよ。あれはマジで画家とか目指せるレベルの——」

「もう描かないって!」


 初めて聞く、彼女の声色だった。いつもの明るい印象とは正反対の、暗い、怒りと悲しみに満ちた、声色。

 紀雄はまさに面食らって、大きく見開いた目で隣の凪を見下ろした。


「君は、何も知らないでしょ」


 彼女の口から吐き捨てられた言葉が、紀雄の心に刺さってくる。


 君は。


 その呼び方があまりに冷たく、二人の間に距離があることを、嫌でも感じ取ってしまった。

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