第12話 どうでもいい学校行事、どうでもいい学級委員の話。

「貴様という奴は、自分が何をしたかわかっているのか!」


 学校の職員室。久々に朝から登校した紀雄は、さっそく萩尾先生に呼び出されて、怒号を浴びせられていた。昨日、矢悠が原チャリで校庭まで侵入してきた件だ。

 めんどくせぇな。なんで俺が……。一切関係ねぇっての。

 そう言おうとした矢先。


「午後の授業も抜け出しおって。いい加減にしたらどうだ」と詰められ、それは……関係あるわ。と反省せざるを得ない。


「一応今回の件は、全校集会をして生徒全員に対しての注意ということにしておくが……」


 でたよ全校集会。でました全校集会。なんでもかんでも全校集会で解決しようとしやがって。全校集会で解決すんならなぁ、俺だってあの後輩を引っ張りだしてくるってんだよ。ったく……あぁー最悪だ。帰っろかなぁ。


「もし今後同じようなことをすれば、親を呼び出して貴様だけ三者面談をさせてもらう!」

「はぁ⁉ なんで親まで——」

「それと、二週間後にある期末テストで赤点をとった教科があれば、問答無用で夏休みに補習も受けてもらうからな!」

「なっ……まだ一年の一学期だぞ。どう考えても早すぎんだろ——」

「わかったな!」



 職員室を出て教室に戻りながら、紀雄はブツブツとぼやく。


 くそぉ。あのハゲチャビンめ。俺が夏休みに問題起こさねぇように、学校に縛りつけておこうって魂胆だな。あめぇんだよ。俺が補習受けてる間に、あの後輩に頼んで学校中の窓ガラス壊して回らせんぞ。

 ……いや、それだと退学待ったなしだな。あいつなら、もっと派手にやりかねねぇし。なんか、ほかにいい方法ねぇかな。ってうか……いい方法ってなんのだ?


 大人しく勉強するしかないのかと、ムシャクシャして頭を掻いた。


 あぁー早く学校終わんねぇかな。今日は佐々原と会う予定できたんだし。


 自分の席に座って、携帯の画面を点ける。ラインを開いて凪のアイコンを一瞥すると、窓の外の景色を眺めた。

 昨日の夜、紀雄が家に帰り着いたと同時に降りだした雨の跡はすでに消え去り、太陽が全てを輝かせるようにキラキラと町を照らしていた。


 プロフィール画像無し……か。なんか、意外だな。


 昨日出会って会話を交わしてから、心にずっと赤いもやがかかっている。それを払おうとするたびに凪の顔がチラつき、気になって仕方がないが、不思議と気持ち悪さは感じなかった。

 放課後のことを考えていると、授業はあっという間に六限目を迎えた。もちろん、それまでの授業の内容など、全く耳に入っていない。



 六限目は、勉強の類ではなかった。厳かな雰囲気で、萩尾先生が教壇に立つ。


「とうとう七月に入って……皆も気づいていると思うが、期末テストがいよいよ二週間後に迫ってきた。しっかり授業を受けて、勉強を怠らないようにな」と告げた。


 先生の言葉に教室の至る所から「えぇ~~」という声が湧く。

 

「そして今から決めるのは、期末テストが終了したあとの話だが……クラス対抗スポーツ大会のことについてだ。学級委員、これから先の取り仕切りを頼む」


 さっきとは打って変わって、教室の至る所から「おぉ~~」という喜びの声が湧いた。


 クラス対抗スポーツ大会。略してクラスポは、クラスごとにサッカー、バスケットボール、アーチェリー、卓球、バドミントン、そしてニコニコバレーボールで競い合う、二日間かけて行われる毎年恒例の行事だ。


 萩尾先生に代わって教壇に立った芙雪がそう説明をして、挙手制で競技ごとに希望を募った。紀雄はといえば、そんなものに興味などなく、五種目が決まるまで手を挙げなかった。テキトーにやってくれ、という思いだ。


「それじゃあ、あとはニコニコバレーだけだけど……あと残ってるのは、阿津谷と吉城だけだから、一組は決まりね」


 紀雄の名前が出されて、ハッと教室の中に意識が戻る。

 はぁ⁉ 拒否権とかねぇのかよ! ていうか、なんだニコニコバレーって! そんなガキがやりそうな競技やってられるか!

 ……サボろ。


「ニコニコバレーは二チーム出すのが決まりだから、あと一組は誰か——」

「俺がやるよ」


 手を挙げたのは、教室の真ん中辺りの席の男子だ。短髪でガタイのいい彼を見て、壇上の芙雪は顔をしかめる。


「金場……悪いけど、あんたは——」

「俺がペアだ。それで文句あるか? 学級委員」


 次に手を挙げたのは、金場の隣の席の男子だ。周りから、「キャー、瑠璃川くんがニコニコに!」と声があがった。


「瑠璃川、あんたもちょっと——」

「いいじゃない、芙雪。金場も瑠璃川くんも、べつにバレーボール部じゃないんだしさ。ルール違反じゃないでしょ? 二人が出るバスケットと、日にちも被ってないし」


 どこからか発された女の子の意見に、周囲の女子も「そうそう」と賛同する。

 芙雪は仕方ないといった様子で、「わかったわよ。じゃあ決まりね」と渋々認めた。



「あぁーもう。瑠璃川に出てこられちゃ、私に止める権利なんてなくなるっていうのに」


 六限目の終了を告げるチャイムが鳴ったあと、無事に司会進行の役目を終えた芙雪が、なぜか紀雄の席に近づいてきた。


「瑠璃川? さっきの、もう一組の奴か?」


 カバンを担ぎながら席を立つ。まだ凪からなんの連絡も来ていないが、早くダムに行きたかった。


「そう、あのイケメン。一年でサッカー部のエースだし、学校中の女子から人気なのよ。だからクラスマッチの、それもニコニコバレーに出るなんてなったら、そりゃあ止められないわよ」

「ふーん。あっそ」


 瑠璃川の話に興味のない紀雄は、淡々と歩き始める。しかしその腕を、芙雪が力強く掴んだ。


「ちょっと待ちなさいよ。あんた、昨日の件で私が助けてあげたこと、忘れたわけじゃないでしょうね?」

「俺がいつお前に助けられたんだよ。昨日の件なら、今日の朝きちんと怒られたわ」

「私が全校集会で留めてあげたのよ」

「ふーん、あっそ。ありがとなー」


 再び歩き始める紀雄だが、芙雪は手を離そうとしなかった。


「ちょっと! 借りを返せって言ってんの!」

「なんなんだよ、しつけぇな。礼なら言っただろ。ワリィけど、俺は行くとこが——」

「いいの? あんたがまた問題行動起こしたって、あることないこと吹聴しても」

「はぁ⁉ 何言いだすんだ、てめぇ——」

「きっと先生たちも含めて学校中が、あんたより私の言葉を信じるわよ」


 め、滅茶苦茶理不尽な脅迫じゃねぇか。この女、マジで学級委員かよ。腹黒すぎんだろ。


「私の話、聞くの? 聞かないの?」


 紀雄は腕を振り払いたいのをこらえて、厭々自分の席に戻った。


 もしここでこの女を無視すれば、もう明日には親を呼ばれて三者面談が決行されるだろう。今のこの女には、その力がある。


 彼女の言葉を、紀雄は無視できなかった。

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