第9話 たまり場、出会いの場、通学路のコンビニ。

「先輩、オレにパンでも奢らせてください! 焼きそばパン、コロッケパン、ハムカツサンド、どれがいいですか!」

「なんで総菜パンしか選択肢がねぇんだよ! 俺は、どっちかっていうと菓子パンのほうが好きなんだけど」


 満面の笑みを浮かべる矢悠に、紀雄は素っ気ない態度で返す。この中学生の後輩が、なぜこんなにも慕ってくるのか、全く不思議でならない。


「菓子パンですか! それもいいですね! じゃあこの、『ホイップクリームと板チョコ入りの砂糖振り振りクッキーメロンパン』買ってあげます!」


 なんだ、その絶対胸やけするパンは。買う奴いねぇだろ。ていうか、もう選択肢すらねぇのかよ。


「……悪い。やっぱ俺いらねぇわ。べつに腹減ってねぇし」

「えぇ! 先輩に奉仕するのが後輩の役目なのにぃ」


 本気で残念がる矢悠を見て紀雄はふと思う。非常識でことごとく空回りしているが、根は良い奴なのかもしれない、と。


「吉城くん……?」


 突然背後から、聞き覚えのある声がした。振り返るとダムにいた緑髪の女の子、佐々原凪だった。先日と同じブレザー姿だ。思いがけない出会いに、紀雄は、「お、おう……」とだけしか応えられず、ただ目を合わせた。綺麗で吸い込まれそうな、黒色の瞳と。

「え? え?」と交互に二人を見た矢悠が、右手の小指を立てて紀雄に訊ねた。


「もしかして、先輩のコレですか?」

「ち、ちげぇよ、バカ!」


 慌てて否定して、焦っている自分に戸惑う。すると凪がフフッと笑って、「ただの友達だよ」と答えた。紀雄は目を見開いて、微笑んでいる彼女を見た。

 え? 不良は嫌いなんだろ? 友達でいいの?


「私は佐々原凪っていうの。君は……中学生?」

「オレは紀雄先輩の後輩です! 宮桐矢悠っていいます! よろしくお願いします!」


 矢悠は背筋を伸ばして、凪に敬礼をした。「いい子だね」、と微かに呟いたのが聞こえた。

 全然わかっていない。

 こいつはマジでやばい奴だぜ。年上の不良に喧嘩は売るし、他人の学校に乗りこんでくるし。

 紀雄はそう言いたいのを飲みこんだ。

 よくわからないが、せっかく友達認定されたのだ。矢悠がトンデモない不良だと知れば、つるんでいる自分も、距離を置かれかねない。


「ごめん、お待たせ凪。悪いんだけど、私用事ができて——誰?」


 凪の後ろから声をかけてきた女の子が、紀雄と矢悠を見る。その目には明らかに警戒の色が滲んでいた。


 白の半袖シャツに、凪と同じ黒と灰のチェックスカートの制服。おそらく凪と同級生——つまり紀雄とも同学年だろうが、少し大人びた雰囲気がある。クルクルとパーマがかったショートボブが印象的だ。


「あっ、沙良。電話大丈夫だった? こっちは吉城くんと矢悠くん。矢悠くんは、私も初対面だけどね」


 凪が左手を動かして、二人を紹介する。


「この子は、中学生からの友達の沙良」


 続けて女の子の紹介をしてくれたが、紀雄の耳には入っていなかった。なんでこの後輩はいきなり名前呼びなのだ。

 なぜだかそれが気になって、仕方がなかった。


「吉城くんと矢悠くんって……凪、ちょっとあんた、ホントに大丈夫? もう少し付き合う人間は考えたほうが」


 ヒソヒソと話しているが、丸聞こえだ。

 ひでぇな。金のメッシュいれてるこいつはともかく、俺の見た目はそんな悪くねぇだろ。

 そう思いながら、紀雄は出している制服のシャツを、そっとズボンの中へ入れる。


「大丈夫だよ。吉城くんはともかく、矢悠くんはいい子だから」


 なんで⁉ 逆だろオイ!

 くそぉ、お前はまだこいつのことを知らねぇんだよ。

 隣でニコニコとしている矢悠を睨んで、直していたシャツの裾をまた出した。そのまま不貞腐れていると、


「ふーん……まぁいいけど、なんかあったら警察呼びなよ。じゃあ、お先ゴメンね」、と告げて、沙良が去っていった。

 ホント失礼な女だな。いや、まぁこの後輩と一緒なら妥当か……。


「あっ、それじゃあオレも失礼します! 今日は早く帰れって、親からラインきてたので!」


 突然矢悠がそう言って頭を下げると、踵を返した。


 なんだこいつ、親の言うことなんて聞くタチじゃねぇだろ。

はっ! そうか。まさか俺に気を遣って? けっ……やっぱ良い奴かよ。……って、なんで俺が凪と二人になりたいみたいに思われてんだ。それはそれでなんか、あれだな。べつに……いいけど……。

 頭を掻いて、凪の顔をちらっと見る。彼女は出て行く矢悠の背中に、優しい微笑みを送っていた。まるで母親がそばで遊んでいる子どもを見守っている時のような、そんな表情だ。


「そういえば紀雄先輩」、とニコニコした顔で、矢悠が急に振り返った。


「ん? なんだよ?」

「女が欲しけりゃ、オレに相談してくださいよ。中学の奴が多いっすけど。二、三人ならすぐに——」

「待て待て待てっ!」


 いきなり何言いだすんだ、てめぇは! 俺がロリコンのクズだと勘違いされるじゃねぇか!


「え……吉城くんってそんな人だったの? 意外——」

「ち、違う! 誓ってそんなんじゃねぇ!」


 さ、最悪だぁ! 会って話すの、まだ二回目なのに! この印象はマズすぎる!


「い、いいからてめぇはさっさと帰れよ! 頼む、帰ってくれ!」


 せっかく友達ってことになったのに、こいつがいたら秒で絶交され兼ねない。やっぱこいつは悪だ。純粋悪だ。


「えぇ~。じゃあまた明日遊びましょうね! 今度こそ『ストファイ』しに行きましょう! 絶対ですよ!」


 明日、だと? 明日も今日みたいな日が来るってのかよ……。

 矢悠が去って、紀雄は一人憂鬱になる。振り返ると、凪が先ほどと同じように、微笑んでこちらを見ていた。


「なんか、先輩後輩っていうより兄弟みたいだね」


 ……どこがだよ。

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