第8話 横暴なピアス、身勝手に揺れる。

「吉城~~!」


 般若のように目を吊り上げた芙雪に睨まれて、紀雄はたじろいだ。椅子に座ったまま、少し距離を置こうとする。が――

「あんた、今日はちゃんと朝から来るって言ったわよねぇ」


 逃がさんとばかりに、芙雪は勢いよく紀雄の胸ぐらを掴んだ。まるで殴りかかってきそうな勢いだ。


「い、いや、ホントは来る予定だったんだぜ、俺も。決して忘れたわけじゃ——」

「あぁ?」


 ぐいっと制服を引っ張られ、紀雄は椅子から落ちそうになる。机に手をついて、必死に耐えた。

 こ、こえぇ……。ていうか優等生のキャラ崩壊してね? こいつ、こんなんだったっけ?


「ちゃ、ちゃんと行こうとしたって! 校門まで来てたんだぜ、マジで。それがまさか、あいつが待ち伏せしてるなんてよぉ」

「あいつ?……って誰よ」


 芙雪は怪訝な顔をする。言ってから紀雄はハッと思い出した。

 そうだ、全部あいつが悪いんだ。あいつがいなきゃ、こんなことには……。


「実は俺、今とんでもねぇヤンキーに付き纏われてんだよ。なぁ、お前でいい。助けてくれ」

「はぁ? ヤンキーはあんたでしょ。何言ってんのよ」


 アホじゃないの? と、芙雪は蔑むような表情を浮かべた。縋ってくる紀雄にひいたのか、胸ぐらを掴んでいた手が離れる。しかし今度は紀雄が逃がさずに、その腕をさっと掴んだ。


「俺はヤンキーじゃねぇって! お前らはヤンキーとか不良の定義が甘いんだよ。マジであいつは——」

「紀雄せんぱーい!」


 あいつの声が窓から飛び込んできた。瞬間、紀雄の背筋が凍る。

平日の学校に、それも校庭まで乗り込んでくるような、こんな破天荒なことができるのは一人しかいない。


「紀雄せんぱーい! いないんですかぁ!」

 再度、自分を呼ぶ声が聞こえる。関係ないフリをしようとしても、「なんだ、なんだ?」と窓のほうに集まったクラスメートたちが一斉に紀雄のほうを向いて、もはや知らん顔はできなかった。頭を抱えてため息を吐いた。

 こうなったら……しょうがねぇ。

 紀雄は、目の前で呆然としている芙雪の肩を掴んだ。


「なに? なんなの? あんた一体どういうつもり? こんなこと、もう注意とか説教じゃ済まない——」

「悪い、俺はもう帰る。あいつはなんとか学校から引き離すから、お前は先公どもにうまく言っといてくれ」

「はぁ⁉ ふざけんじゃないわよ! なんで私があんたを——って、おいコラァ!」


 芙雪に要件だけ伝えると、紀雄は走って校庭へと飛び出した。



 宮桐矢悠みやぎりしゆう。この町にある中学校の三年生で、最悪のヤンキーかぶれだった。昨日の夜助けてから、朝になって学校へ来てみれば校門で待ち伏せしていた。どうやって高校を突き止めたのかと問えば、「夜にあのゲーセンをうろついていたので、この町の高校生かな? という単純な推理ですよ」と、頭の働く始末。

 しかも、「じゃあ今から走り行きましょうよ。先輩のバイク乗らせてください」などと言いだして、勝手にバイクの後部座席に飛び乗った。

 何度降りろと言っても聞かず、こんな状況を先生たちに見られたら呼び出しをくらいかねないので、早く学校を離れるため、泣く泣く十キロ先にある海まで走りだした。

 道中、両側に広がるコバルトブルーの美しさなど、全く目に入らなかった。

 その後、浜辺でくつろぐ矢悠をどうにか説得して学校まで戻ってきたが、一時間授業を受けると、もうこのザマだ。



 バイクに乗って、紀雄は駆ける。目一杯空ぶかしすると、目論見通り校庭にいる矢悠は反応して、あとをついてきた。

 紀雄は隣町まで走って、テキトーな所でバイクを停めた。


「せんぱーい!」


 紀雄を確認した矢悠が、嬉しそうな顔をして横に並んだ。ハンドルやペダルさえも派手に改造された、金色のママチャリで。

 ったく、こいつは……。チャリでよくやるぜ。いや、今はそんなことよりも……。


「何考えてんだ、てめぇは! あんなことしたら、全校集会レベルの問題になるだろうが!」


 ……もう手遅れくせぇが。


「全校集会って、そんなの行かなきゃいいじゃないっすか」


 それが常識だとでも言うように、矢悠は平然と答えた。

 あまりに平然過ぎて、紀雄もつい乗っかってしまう。


「あ、それもそうか。ってバカか! そういう問題じゃねぇんだよ! 俺が学校にいづらくなるっていう話だ! 今も充分いづらいけど……ってあれ?」


 これ、今までとあまり変わんなくね?

 独りでに、紀雄は悲しくなる。なんのために必死になっているのかわからなくなって、なんだか全てがどうでもよくなった。

 はぁ……と、今日何度目かのため息を吐いて、紀雄は道路沿いの縁石に腰をおろした。そして急に、凪のことを思い出す。

 そういえばここ、あの女の高校がある町だよな。今日も、ダムの所に行ってんのかな? 行けば……会えるのかな。


「どうしたんですか、突然。もしかして具合でも悪いんですか?」


 矢悠がその場に座りこんで、覗きこむように顔を近づけてきた。紀雄はまた、ため息を吐いて立ち上がる。


「マジで具合悪くなりそうだよ、お前のせいで。まぁいいや、どうせもう学校終わっちまうし、どっかゲーセンでも寄って遊ぼうぜ」


 こいつも、ゲーセンの中ならさすがに大人しくしてるだろ。


「おぉ! いいですね、それ。でも先輩、この町に用があるから来たんじゃないんですか? この町といえば、大きなショッピングモールと高校が二つぐらいしかないですけど。勉強好きな奴らの進学校ともう一つは——」

 言いかけて、矢悠はアッと声を上げた。


「他県にも名を響かせている不良校ですね! 確かあそこで有名な人は、今は少年院ネンショーに入って退学になったはずですけど……そうか。ゲーセンに行って、手頃な仲間集めて乗り込もうってわけですか!」


 ネンショーって、今時そんな風に呼んでる奴いねぇよ。ていうか、どういう思考回路してんだ、こいつ。マジで頭ぶっ飛んでんな。しかも俺に仲間なんていねぇし……やべ、なんかまた悲しくなってきた。


「あのなぁ、お前に一つ教えといてやる。不良ってのはな、喧嘩が全てじゃねぇんだよ。一つのことでしかモノを楽しめねぇなんて、それほど虚しいことはねぇぞ」

「な、なるほど。そういうことですか。自分が浅はかでした! すみませんでした!」


 頭を下げてくる矢悠を横目に、紀雄はボサボサの頭を掻いた。

 そうだ、俺がどんなに違うって否定しようが、傍から見りゃあ俺は不良以外の何者でもないんだ。佐々原だって不良とは関わりたくねぇって言ってたし……いいさ、もう会うことはねぇだろ。


「じゃあ行こうぜ。昨日はボウズ頭のせいで、ゲームできなかったからな。『ストレッチファイター』」

「あっ! それ、オレ強いですよぉ。スマホのゲームで鍛えてるんです」

「スマホだぁ? 甘いんだよ。ゲーセンの、あの四つしかないボタンだけで操るのが、最高なんだっての」


 くぅ~、言ってたらマジで手がうずうずしてきたぜ。こうなったら今日は夜まで入り浸って——

「あっ! ちょっと待ってください!」

「今度はなんだよ。まさか、またメチャクチャなこと言いだすんじゃねぇだろうな?」


 こっちはもう完全にストファイモードなんだよ。

 バイクに跨って、紀雄は警戒の目つきで矢悠のほうを振り向いた。


「喉乾いたんで、あそこのコンビニ寄っていきません?」


 矢悠が遠くのほうを指差す。その指の先を目で追うと、小さなコンビニの看板が建っていた。

 なんだ、そんなことかよ。と、紀雄は安堵して従った。

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