第63話せめて騙して利用しろ


 ランクスは剣を鞘にしまうと、シャンドと魔物たちを見回す。その表情は険しく、今にも全員を始末しかねない気迫が漂っていた。

 そんなランクスの肩をエミリオが叩き、「落ち着いて下さい」とたしなめると、冷めた表情でシャンドたちに話しかける。


「少しでも嘘をついたり妙なマネをしたら、問答無用で貴方たちを消し炭にしますから、今から私たちの言うことに心して答えなさい」


 感情をまったく見せない淡々としたエミリオの声が、これは脅しではないことを伝えてくる。周囲から唾を呑み込む音があちこちから聞こえてきた。


「カシアを魔界に連れて来たということは、エナージュの杖がある場所を突きとめたということですか? 詳しく話しなさい」


「……人間よ、そなたの言う通りだ。今まさに向かっている最中だ。簡易的に言うが――」


 身構えながらシャンドは、三人へ言葉を選びながら事情を伝えていく。頬へ汗が一筋流れ、追い詰められた緊張感がカシアにも伝わってくる。

 話を聞き終え、リーンハルトが難しい顔をして口を開いた。


「私たちでさえ魔界では力を発揮できないというのに、脆弱な力しかないお前たちで、そんな相手にこの戦力で挑むのは無謀でしかない。ましてやカシア、今の君は力が弱まっているのだろう? 勇気と無謀を一緒にしてはいけない」


 村へ来て最初の内にランクスから言われたことを、今度はリーンハルトにも言われてしまい、カシアは悔しくて言い返そうとする。けれどどんな言葉を並べても言い訳にしかならなさそうで、口を閉ざしてうつむく。


 ふう、とランクスからため息と、「アイツがシャンドぐらいの強さだったから、オレたち三人で倒せたんだ」という不本意そうなつぶやきが聞こえてきた。

 そして咳払いをしてから、カシアの肩を叩いた。


「無駄死にする前に、オレたちが追いついてよかったな。死んじまったらオレやギード師匠を見返すことなんか、永遠にできなくなるんだぞ。もっと自分の身を大切に――」


 確かにランクスの言う通りだと思うが、それだけはうなずくことはできない。

 カシアは顔を上げ、強い眼差しをランクスたちへ向けた。


「あんな常識はずれの力を持ったジジィ、自分を守りながら見返すなんて無理だろ。命をかけなきゃ、一生かけてもアタシはギードを見返せない!」


 言葉の終わりのほうは叫ぶような形となり、魔界の森へカシアの声が響く。

 ランクスの顔から険しさが抜け、今度は目を細めて少し悲しげな表情を見せた。


「そこまで考えてんならもっと頭を働かせて、使えるモンは片っ端から使いやがれ。……せめてオレたちを騙して利用するぐらいは考えろ。お前さんの悪知恵ぐらい、いくらでも受けとめてやる」


 ……いきなり言うな、そんなこと。

 ギードに夜襲をかけた後日といい、今といい、普段のからかう態度がないと調子が狂う。


 それを少しでも嬉しいと思った自分に愕然として、カシアは動揺で顔を熱くする。これだけ人数がいるせいで、気恥ずかしさも倍増だ。

 ここで意地を張ってしまえば、さらに自分の小物ぶりを晒してしまう。カシアは小声でどうにか「分かったよ」と答えた。


 わずかに表情を和らげてから、ランクスはいつも通りの偉そうな声を出した。


「で、これからどうしたいんだ? オレたちが加われば、杖を奪える可能性は高くなると思うぜ」


 不本意だったが心強いことを言われ、カシアはいつものごとく勝気に笑った。


「そこまで言うなら遠慮なく利用してやる。このまま殴り込みに行くから、ついて来いよ」


「生意気な口を聞きやがって……エミリオ、リーンハルト。そういう訳だから少し付き合ってくれよ」


 ランクスが後ろを振り向くと、リーンハルトが微笑を浮かべてうなずく。

 が、さっきまで近くにいたエミリオの姿がなく、ランクスもカシアも辺りを見渡す。


 いつの間にかエミリオはシャンドの隣へ並び、「ソルとベルゼというのは、お宝を貯め込んでいるのですか?」としつこく聞いていた。

 勢いに押されてシャンドが「ああ」と答えると、エミリオが「そうですか」と言って、いつにない極上の笑顔を作った。


「さっさとお宝を奪いに……もとい、エナージュの杖を奪いにいきますよ。作戦は移動しながら私が考えておきましょう」


 あきらかに杖はついでになっているが、俄然やる気を見せるエミリオは頼もしい。ランクスとリーンハルトは半ば呆れた視線を送っていたが、各々に「やる気があるだけマシか」と苦笑した。

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