第64話魔王ベルゼとザコ魔王


    ◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 針のような頂が連なる山々に囲まれた魔界の平地に、魔王ベルゼが拠点とする城があった。


 人間界にある城よりも遙かに巨大な魔界の城は、配下の魔物たちが住み込んでおり、屋内に住処や店といったひとつの町が組み込まれた状態だった。すべての建物を灰色のレンガで作っており、魔王ベルゼが足を運ぶ通路には深紅の絨毯が敷かれている。


 中央の塔の最上階にある魔王ベルゼの部屋まで、召使いであるスケルトンが一人の魔王を案内し、コンコン、と丁寧に扉を叩いた。


「ベルゼ様、客人が参りました」


 スケルトンの声に「客人? こんな時にいったい誰じゃ?」とベルゼのしゃがれた声が不機嫌そうに尋ねてくる。

 落ち着いた様子でスケルトンは厳かに返答した。


「ランデリッジ一族の、魔王シャンド様にございます」


 少し間が空いてから、


「おお珍しいのう、あの一族の者がわざわざこんな所へ来るとは。通せ」


 ベルゼの許しを得て、スケルトンが静かに扉を開けた。

 シャンドが室内へ入ると、そこには色あせた書物や巻物に囲まれた魔王ベルゼが、背もたれの大きな椅子に座ったままこちらを見ていた。


 ベルゼの顔や手は短い茶色の体毛に覆われており、細く尖った顎からヒゲが伸びている。額の上部にある二本の太い角は、くるりと一巻きして雄々しく生えていた。気だるそうな半目から覗く金の瞳からは、こちらの思惑を見定めんとする気配が伝わってくる。


 気後れしないよう、シャンドは胸を張ってベルゼの前へ歩み寄ると、優雅に深々と礼をした。


「お初にお目にかかりますベルゼ殿。我が一族をご存じ頂いていたとは、とても光栄にございます」


「当然じゃとも。有力な魔王やその一族の名ならば、この頭にしっかりと入っておる。……まあシャンド殿の名は存じませんでしたが、その出で立ちこそがランデリッジ一族の証ですな」


 言葉こそ丁寧だが、ベルゼは椅子へふんぞり返って座り、足を組み、一切礼節のない態度を見せる。

 己のこめかみを指でトントンと叩いてから、ベルゼは「さて」と話を切り返した。


「ランデリッジ一族の住処は、ここより遙か遠く。シャンド殿、私めに何用でしょう?」


「実は風の噂で、ベルゼ殿が魔王ソルと交戦しているとお聞きしました。ソルは我が一族の者から、大切な秘宝を奪い取った憎き敵……僭越ながらベルゼ殿がソルを打ち倒されるよう、私と部下も共闘させて頂こうと思い、お願いに参った次第にございます」


 興味深げに「ふむ」とベルゼはうなり、ジロジロとシャンドを見てきた。


「ランデリッジ一族からのありがたい申し出、断る理由はありませぬ。ともにソルを討ち取ろうではありませんか、シャンド殿」


 うっすらと弧を描いたベルゼの目から、こちらを見下した視線を感じる。おそらく自分よりも格下の魔王だと踏んで、余裕を見せているのだろうとシャンドは思う。

 内心プライドを傷つけられてムッとなるが、目的のためと己に言い聞かせ、「ありがとうございます」と口にする。


「私は若輩者ですから、ぜひベルゼ殿の戦いをこの目で見て、参考にさせて頂きたく思います。ベルゼ殿は知性と魔力に優れた方……直接戦えば、敵に突っ込むだけしか能のないソルなど、容易に倒してしまうのでしょう」


 賞賛されてベルゼは悪い気にならず、口端を大きく上げた。


「ほっほっ、ワシを褒めてもなにも出ぬよ。だがまあ、わざわざシャンド殿が力を貸してくれるのじゃ。ワシが直接ソルを相手にしようではないか」


「はい、楽しみにさせて頂きます」

 愛想笑いを浮かべながら、シャンドは心の中でほくそ笑む。


(ここまでは姐さんたちの作戦通りだな。……フッ、このシャンドを侮ったことを後悔させてやる)


 再び一礼して踵を返すと、シャンドは外で待たせているカシアたちの元へ向かう。

 カシアが喜んでくれるだろうと思うと、ベルゼに頭を下げ、媚びたことすら誇らしく感じられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る