第33話いざ、ゴブリン退治!


    ◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 視界が戻り、カシアは即座に辺りを見渡す。眼下に広がるのは森ばかりで、ようやく馴染み始めた村はどこにも見当たらない。


 ゆっくりと降りていく間に辺りを注視していくと、この森の木々は村の周りに生えている物よりも葉の色が黒ずんでおり、枝と枝の間をツタがいくつもぶら下がっていた。所狭しとクモの巣が張られているようで、その鬱々とした不気味な光景に、カシアは顔をしかめる。


 枝やツタにぶつからないよう、慎重にカシアたちは森の中へ降りていく。地面に足がついたところで、エミリオが「手を離していいですよ」と口にした。


「ここは一体……」


 キョロキョロと周りを見るカシアへ、ランクスが意地悪そうな笑みを浮かべる。


「もう目的地に着いたんだよ。エミリオは移動魔法が使えるから、知っている場所ならあっという間に行けるんだぜ」


 なんて便利なヤツ、と思った瞬間、カシアはあることに気づいてにんまりする。


(移動魔法が使えれば、盗みに入って見つかっても逃げられる。これは絶対に覚えたほうがいい)


 そんなカシアの心を察してか、エミリオは冷笑を向けてきた。


「先に言っておきますが、貴女に移動魔法は教えませんよ。カシアのことですから、ロクなことに使わないでしょう……教えてほしいのなら、それなりの金を払ってもらいませんとね」


「エミリオ、その商人気質はどうにかならないのか。嘆かわしい」


 眉間にシワを寄せたリーンハルトの一声に、エミリオはやりづらいと言わんばかりに肩をすくめる。

 ランクスが「まあまあ」と二人の間に入ってから、カシアへ目配せして奥へと続く山道を指さした。


「カシア、この道をまっすぐに進めばヤツらのアジトがある。ここからはよっぽどのことがない限り、オレたちは手助けしないからな」


「上等だ。アタシの力をしっかり見てろよ」


 心を昂ぶらせ、カシアは示された道を駆け出す。その後ろを三人は距離を作るようについてくる。


 息が上がらないように進んでいくと、山肌に大きな洞窟が現れた。

 入り口では目がくぼみ鼻の大きいゴブリンたちが、辺りをウロウロとしている。みんな同じような革の鎧を着込んでおり、手には鈍色の短剣が握られていた。


 全部で十体いるが、恐れるに値しない。


「さあ、やってやるか!」


 カシアは短剣を抜いてゴブリンたちの中に素早く飛び込むと、一番近くにいたゴブリンを斬りつける。


「ギャアアッ!」


 カラスの断末魔のような声が上がり、他のゴブリンたちが一斉にカシアを見る。

 にわかにざわめき、武器を構えてこちらを取り囲んできた。


 このまま袋だたきに合うのを待つつもりはなかった。カシアは目前のゴブリンに飛びかかり、前へ蹴り倒しながら囲いから抜け出る。そして即座に体の向きを変え、手から真紅の炎を放つ。

 満遍なく鼻や手が焼けたゴブリンたちが、驚いてカシアと距離を取った。


(よし、このまま一気に片付け……ん? 数が足らない?)


 目の前にゴブリンが六匹しかいないことに気づき、カシアは咄嗟に己の周りへ球状の結界を張る。

 間一髪、左右に回り込んで殴りかかってきたゴブリンたちが、結界によって弾かれた。


(ふう、危ない危ない)


 カシアが小さく息をつき、次の手を考えていると――。


「そんな最弱魔物に苦戦してるんじゃねーよ。少しは頭を使え、頭を」


 嘲笑混じりにランクスが野次を飛ばしてきた。イラッときてカシアは「うるさい、バカ!」と声を飛ばす。

 遠巻きに成り行きを見守っていたリーンハルトが、大きな声で「カシア」と呼んだ。


「一匹ずつ相手にすることと、多数を相手にすることでは戦い方が違う。いかに手数を少なくして、一度に敵を倒せるかを考えるんだ」


 助言らしい助言に、カシアの耳も素直に聞き入れる。必死に頭を悩ましながらゴブリンたちにも注意を払って隙を作らず、膠着状態を続ける。


(一気に倒すなら、コイツらを一か所に集めて魔法をぶっ放すしかないな。……あ、いい方法考えた)


 ふとカシアの中で勝つ算段がつき、口端が上がった。

 大きく一歩を踏み出し、カシアは敢えて群れの中心に飛び込む。ゴブリンたちはこれが好機とばかりに、カシアを取り囲んだ。


 目を素早く動かし、全ゴブリンが己の近くにいることを確かめると、カシアは手を地面へかざす。

 そして魔力を放って風を生み、真上へ高く跳んだ。


「覚悟しろ、これで片付けてやる!」


 カシアはゴブリンたちを囲うように結界を張る。

 球状の結界が出来上がっていく瞬間、さらにカシアはいくつか火の玉を放つ。


 結界が完成する直後、隙間から中へ火の玉が入っていく。

 完全に結界が閉じ、コブリンと火の玉が中で暴れ、一気に騒々しくなった。


 逃げようにも結界に遮られてしまい、火の玉を避けても結界に跳ね返され――ゴブリンたちは為す術もなく、結界の中でこんがりと焼き上がってしまった。


 空中で身を翻し、カシアはゴブリンたちを避けて着地する。

 ゴブリンの丸焼きにランクスたちが近づき、ジッと見下ろした。


「ほう……今のやり方、オスワルド師のものと同じですね。まだ教えてもいなかったのに大したものですよ」


 珍しくエミリオの口から褒め言葉らしきものが出てきて、カシアは気をよくして胸を張る。が、


「まあ、威力は比べ物になりませんがね」


 やっぱり余計な言葉が次いで出て、その後にランクスが「あの人の魔法は、燃えカスさえ残さないからな」と苦笑した。


(ゴブリン全滅させたのに、なんでアタシが胸クソ悪い思いをしなきゃいけないんだ。腹立つなあ) 


 カシアの中でイライラが募っていき、次第に凶悪な顔つきへと変わっていく。


(いくら弱っちい魔王でも、ゴブリンよりは強いだろ。そう簡単にはやられないだろうから、気晴らしにジワジワと痛めつけてやる)


 カシアは目を据わらせると、ランクスたちへ声をかけずに、洞窟の中へと駆け込んでいった。

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