第34話ザコ魔王シャンド

 

 

 

 一本の細い道が洞窟の奥まで続き、脇へまばらに置かれた松明が中を照らす。


 カシアが走り続けていると、異変に気づいたゴブリンたちが奥から向かってきた。

 現れるのは二匹、三匹といった少数で、カシアは足を遅めず短剣を抜き、斬り捨てていく。かなり離れた後方からは、ランクスたちの足音がまばらに聞こえてきた。


 しばらくして、カシアは広場らしき所へ出る。前方にはいくつか小さな扉と、中央に大きな鉄の扉があった。


(単純な造りだな。これじゃあ魔王がどこにいるか、一発で分かるだろ)


 迷わず大きな扉へカシアが向かっていく。

 こちらが辿り着く前に、ギギィ……と扉がゆっくり開いた。


 その隙間からゴブリンよりも背の高い、すらりとした人影が見えた。


(ゴブリンじゃないってことは、コイツが魔王か?)


 カシアは剣を前に構え、人影が扉から出てくるのを待つ。

 コツ、コツ、と硬い靴底の音を鳴らしながら現れたのは、こんな殺風景な洞窟にそぐわない風貌の青年だった。


 人ではあり得ないほどの白い肌に、気だるげな目と濃紫の瞳。真っ直ぐに伸びる黒髪は今にも地面につきそうだ。漆黒の生地に金の刺繍が施された服を着こなしており、胸には一輪の真紅のバラ。手には煌びやかな宝石の指輪がいくつもはめられていた。


 まるで絵に描いたような苦労知らずの貴族。ここから出て来たということは、この青年が魔王なのだろうとカシアは剣を向ける。


「お前がゴブリンたちの親玉か。ちょうどいい、ここでぶっ倒してやる!」


 息巻くカシアへ、男はわずかに首を横に振る。


「私はただの客人だ。あのような醜悪なゴブリンを使うなど、この私には似合わぬ。娘、お前もそう思うだろ?」


 なんだ、このムダにお高くとまっているヤツは。どう見ても人間じゃないが……。

 カシアは男を睨み、剣の切っ先を突き付ける。


「アタシの邪魔をする気か? だったらついでにお前も倒してやる」


 殺気を叩きつけるカシアへ、男は「なぜ?」と首をかしげる。


「娘よ、お前の目的はこの奥にいる魔王なのだろう? ならば私には関係ない。あやつのために、この由緒正しきランデリッジ一族の魔王シャンドが汗を流すなど、あってはならないことだ」


 肩をすくめながらシャンドはカシアの横を通り過ぎていく。

 いけ好かない態度に、カシアは冷ややかな視線を向ける。


「偉そうなこと言ってるけど、本当は弱いから逃げようとしてんだろ? 情けないヤツ」


 シャンドは足をとめ、わずかにこちらを振り向いた。


「フフ……挑発には乗らぬ。私は帰らせてもらうから、好きなように戦えばいい」


「信じられないな。どうせアタシが背中を向けたら攻撃するつもりなんだろ」


 そんな隙を見せられたら、自分だったら迷わず斬りつける。戦いにキレイ事など通用しない。

 しかしシャンドは鼻で笑って一蹴した。


「背後から襲うなどという卑怯な真似、この私の美学に反する。気になるならば、私が立ち去るまでこの背を見ていればいい」


 そう言ってシャンドはカシアが来た道へ、長い足を華麗に動かして歩いていく。

 卑怯と言われた手前、背後から魔法を打ち込めばシャンドより自分が格下になってしまう気がして、カシアは黙って彼の背を見送る。


 シャンドの姿が完全に見えなくなった時、ランクスたちの足音が近づいてきた。

 と、途中で足音が消える。


 間が空いてから再び足音が鳴り、カシアのところへランクスたちが追いついてきた。


「ここが弱小魔王の住処か。まあ、今のお前さんなら負けないだろうが、ゴブリンよりは強いから気を抜くなよ」


 軽い口調で話すランクスに、リーンハルトがため息をついて腕を組む。


「……カシア、あまり気負わず肩の力を抜いていけ。自然体のほうが剣は応えてくれる」


 まともな意見にカシアがうなずいていると、不意にランクスの後ろで己の手元を見ているエミリオが視界に入る。


 カシアの視線に気づき、ランクスやリーンハルトもエミリオを見た。

 ふう、と長息を吐き出してから、ランクスはエミリオへ耳打ちする。


「おい……いい加減それを見るのはやめろよ」


 肘でランクスに脇を突かれ、エミリオはようやくこちらを向いた。その手にはキラキラと輝く宝石のついた指輪がいくつもあった。

 ついさっき見たばかりの指輪。カシアは頬を引きつらせた。


「それ、もしかして変な貴族っぽい魔物が持ってたヤツだよな。倒したのか?」


 エミリオは不敵に笑い、指輪を懐へ入れた。


「いいえ。通行料を払いなさいと言ったら、快く渡してくれましたよ。……シャンドはザコ魔王ですが、魔界にお宝を大量に蓄えているようですから。いいカモですよ」


 つまり何度もあのザコ魔王にたかっているのか。そういうやり方もありなんだな。

 カシアがエミリオを見習おうと思っているところへ、ランクスが「それはやめろ」と頭を小突いてきた。


「お前さんが同じことをやったら、返り討ちに合うだけだぜ。最弱が背伸びするな。ったく余計なこと考えていないで、さっさと弱小魔王を倒してこいよ」


 聞こえるようにカシアは舌打ちすると、鉄の扉へ駆け出して行った。

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