第32話見送る伝説の三強
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三日後。試練を受けるために早朝から村の広場へカシアが向かうと、そこにはランクスたち以外に、ルカとギード、そして見たことのない中背の老人の姿があった。
目尻と口元のシワは深いがまだ肌に張りがあり、涼やかな切れ長の黒目と、腰まである強いウェーブがかった白髪はどこか神秘的だ。目には力強い光が宿っており、年寄りだと微塵も感じさせない。
ただ一点、彼のかけているメガネは縁が真紅、レンズはひし形といった奇妙な物で、メガネだけが異様に浮いて見えた。
「ほう。ルカから話は聞いていたが、こうして会ってみると興味深いものだな」
老人がこちらへ近づき、手をかざしてくる。なにをする気だとカシアが身構えると、エミリオが「安心しなさい」と口を開いた。
「その方は伝説の魔導師、オスワルド師。カシアの力を知りたいそうですよ」
また変なジジィがいたもんだとカシアが見つめていると、オスワルドは「ふむ」と言って手を引っ込めた。
「確かに突出した力はないな。まあ強いて言えば、結界を作る力は少しだけ強いようだ」
独り言のようにオスワルドはつぶやき、ギードとカシアを交互に見る。
「鍛えたところで、まともにギードと戦える力は持てないな。ふん、ギードが老衰で死ぬほうが早そうだ」
エミリオといい、この珍妙メガネジジィといい、魔導師っていうのは余計なことを言わなきゃ気が済まない人種なのか? どうして朝っぱらから不快なことを言われなきゃいけないんだ。
理不尽な扱いに憤るカシアへ、ルカが「気にしないで」となだめてきた。
「オスワルドは誰にでもこんな感じだからねえ……さあカシア、今日は試練の日。長老として、あなたの無事を祈っているわ。ギード、あなたもなにか言ってあげなさいな」
話を振られて、ギードは面倒くさそうにそっぽを向く。
「たかがゴブリン連れの魔王を倒しに行くだけで、なにを言えっていうんだ。あんなもん、剣を一振りすれば全部なぎ払える」
「……それができるのはあなただけ。同じことをカシアに求めるのは酷だと思うわ」
呆れた息をつくルカへ、ギードとカシア以外の人間が各々にうなずく。カシアもうなずきたい気分で一杯だったが、ギードに敵わないことを認めるのは嫌で我慢した。
おもむろにランクスとリーンハルト、エミリオがカシアを囲む。
「オレたちは見届け役だが、もしなにかあれば援護してやるから安心して戦え」
「そんな必要ない、絶対にアタシ一人で片付けてやる。ゴブリンと弱小魔王なんかに負けてたまるか」
「はいはい、分かったからこんな所でムダに熱くなるな。……じゃあエミリオ、頼むぜ」
涼しい顔でエミリオはランクスにうなずいてみせると、両腕を広げて空を仰いだ。
「どこでもいいから私につかまって下さい。絶対に手を離さないで下さいよ」
なにをするつもりなのかと疑問に思いながら、カシアはエミリオのベルトをつかむ。ランクスとリーンハルトは、彼の肩に手を置いた。
急に足元から地面がなくなったような感覚に襲われ、カシアは下を見る。
徐々に足は地面から離れていき、一行の体が空に浮かび始めていた。
「カシアー、気をつけてね。試練を無事にこなして戻ってきたら、エマのお店でお祝いできるように、今から準備してるわよ」
下からアイーダの声が飛んでくる。
自分がはしゃぎたいだけなんじゃあ、と思う反面、祝ってくれるのは悪い気分ではなかった。
カシアがアイーダに手を振ろうとした直後――シュンッという音とともに、頭が空へ吸い込まれるように引っ張られ、視界が一気に暗くなった。
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