第13話お詫びのお手伝いからの――
外へ出ると日差しは明るく、空はどこまでも青く晴れ渡っていた。
村の中は家屋同士が点在し、少し閑散とした印象を受ける。けれども村の前後は緑豊かな森に挟まれており、近くには小高い丘もあって、荒んだ心を溶かしてくれそうな素朴で優しい自然に彩られていた。時折、牛や羊の鳴き声や鳥のさえずりが聞こえ、ほのぼのとした空気が流れている。
カシアとランクスは村の真ん中ほどにあったアイーダの家から南側――盗賊たちがやって来た所から村を挟んで向かい側にある森へ向かっていく。
森の入り口まで行くと、一軒の古びた山小屋が見えてきた。かなり年数が経っているのか、他の建物と比べて小屋の壁や屋根の色はくすんでいる。
小屋のほうからは規則正しく薪を割る音が聞こえてきた。
「ギード師匠! ちょっといいですか?」
声を張り上げながらランクスは小屋の後ろへ回り込む。カシアも彼に続くと、そこには片手で斧を持ち、軽々と薪を割っていくギードの後ろ姿があった。
手をとめてギードは首を鳴らしながら振り向くと、こちらへ近づいてきた。
「なんの用だ、ランクス?」
「実は……あっ、コイツはカシアって言うんですけど、師匠に昨日のことを謝りたいそうなんですよ」
ランクスが紹介しながら体の向きを変え、カシアとギードを向かい合わせる。
昨日と変わらず、全身を縛り付けるような威圧感は健在だ。カシアは息を呑みながらも、一歩ギードに近づいた。
「ギードさん、その、昨日はごめんなさい。どうしても仲間を助けたくて必死だったんです。あんなことを他の人にしたら、死んで当然のことだったのに……本当にごめんなさい」
深々とカシアが一礼すると、ギードはフンッと鼻を鳴らした。
「お前みたいなガキの攻撃なんざ、俺にすればハエがたかる程度のことだ。問題ない」
ハエと同等にされてカチンときたが、カシアはそれを顔に出さず、控えめに微笑んでみせる。
「あの、ギードさん。よかったら罪滅ぼしのために、この村を出るまでギードさんのお手伝いをさせていただけませんか?」
「別に構わんが、俺の仕事は力仕事ばっかりだ。お前にできるのか?」
疑うギードへ、カシアは胸を張った。
「物心ついた時からやってましたから大丈夫ですよ。任せて下さいって」
「ほう。じゃあ今からこの斧で薪を割ってみろ」
そう言ってギードが斧を差し出してきた。歩み寄ってカシアは斧を受け取ると、手近にあった薪を土台の切り株に立てた。
「まだ体力が回復してないってーのに……本当に大丈夫なのか?」
呆れ半分に尋ねるランクスを、カシアは横目で見ながら斧を振り上げる。
「小さい頃に風邪を引いて高熱出した時でも、水汲みやら牛乳運びやらしてたんだ。これぐらい大丈夫……っと」
ストン、とカシアは真っ直ぐに斧を下ろし、鮮やかに薪を割る。手慣れた様子が意外だったのか、ランクスは「へぇ」と声を漏らした。
腕を組んで静観していたギードは、表情を変えずに「まあまあだな」とつぶやいていた。その声を聞き、カシアはギードへ顔を向ける。
「ギードさんはしばらく座って休んでて下さいよ。そのまま寝ちゃっても構いませんから」
「まだ昼にもなってないのに眠れるか」
言い返しながらもギードはその場に腰を下ろし、あぐらをかいた。
黙々とカシアが薪を割っていると、始めはこちらから目を離さなかったギードとランクスが、ヒマを持てあまして世間話をしだす。
自分から注意が逸れたことを察して、カシアは口元を歪ませて笑った。
一際大きく斧を振り上げ――バランスを崩したように見せかけて、カシアはギードの脳天へ斧を振り下ろした。
「あっ! 危な――」
こちらの動きに気づいたランクスが言い終わらない内に、斧で大岩を殴ったような鈍い音が辺りに響いた。
素早くランクスはカシアへ顔を向け、目を吊り上げて睨みつけてくる。
「……やっぱりそのしおらしさは嘘だったか」
「当然だろ? 手伝うフリして隙を見計らおうと思ってたけど、まさかこんなに早くチャンスがくるなんてね」
カシアは得意げに歯を見せて笑った。
「昨日は短剣で敵わなかったんだから、重みのある得物で殴れば通じると思ったんだよ。本当はタンスとか、フライパンや鉄鍋なんかでやるつもりだったけど、こんな斧を手にできるチャンスがくるなんて……アンタら力は強いけれど、頭弱いね。おめでたいよ」
短剣を突き立てて傷ひとつ追わなかったギードだ、これぐらいやらないと痛い目に合わせられないだろう。
気絶くらいはさせられたかな? と思いつつカシアは視線を下げてギードを見る。
さっきとまったく変わらない無愛想な顔で、ギードはカシアを見上げていた。
「なっ……これでもまだ足らないのかよ!」
カシアは一心不乱に斧を振り回し、何度もギードを叩きつける。が、彼の顔色が変わることはなく、気絶どころか傷ひとつ付かない。
息が切れてしまい、カシアは斧を振るう手をとめる。斧の先端を見ると、鋭かっていた刃は砕けてしまい、全体にヒビが走っていた。
むっくりとギードは立ち上がり、カシアを見下ろす。
また昨日みたいに吹っ飛ばされるのかと、カシアは覚悟を決めて歯を食いしばる。頭を下げずにギードから目を離さないことが、精一杯の意地だった。
「さっさと殴りやがれジジィ。アンタに勝つまで、何度だって挑み続けてやる」
カシアの挑発的な態度を、ギードは「つまらん」と一蹴して背中を向ける。そして何事もなかったかのようにその場を立ち去った。
傷も付けられない上に、反撃すらされなかったなんて……。
あまりの悔しさに、カシアは唇を強く噛みしめる。
ぽん。横から肩を叩かれてカシアが振り向くと、ランクスが「ちょっとこっちに来い」と引きつった笑いを浮かべていた。
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