第2話根性見せて仲間入り!
さっさとパンを食べ終え、休む間もなくカシアはカゴを背負って家を出ていく。そして村の近くにある森へ伸びる道を駆けた。
間もなく初夏を迎えようとするこの時期、森のあちこちで黄色いギロンの実が一斉になる。採るのは容易いが、親指の爪ぐらいの大きさしかないので、カゴいっぱいに採るのは一苦労だった。
早く終わらせなければ養父母が不機嫌になって、せっかく仕事を終えても殴られてしまう。ここにいる限りこの生活が続いていくのだと思うと、胸が山盛りの小石を詰め込んだようにズンッと重くなる。
(どうせ苦労するなら、あの乱暴アホンダラ親や白ブタ兄貴のためじゃなくて、自分のためにしたいのに……あーあ、早く大きくなってここから逃げたいな。そうすれば痛い思いをしなくていいもの)
今まで受けてきた仕打ちを思い出し、大きなため息をつく。物心ついた頃は泣きたくもなったが、とうに慣れてしまい涙は目に滲みすらしなかった。
森へ到着すると、さっそく入り口の茂みにギロンの実を見つける。しかしそれには見向きもせず、森の奥へと分け入っていく。
ひとつずつ丁寧に実を採っていては時間がいくらあっても足りない。森の奥にはギロンの実が大量になっている所があるので、そこで一気に実をかき集めてしまおうという狙いだった。
先へ進むにつれてうっそうとした木立が辺りへ広がり、うす暗さが増していく。近くにある沢から水音とともに、ひんやりとした空気も流れてくる。耳を澄ませば小鳥たちの声や、かすかに吹く風が木の葉を揺らす音は聞こえるが、それでも森の中は静かだ。
ここには今、自分しかいない。
唐突に心細さが覆いかぶさり、胸や手足に痺れのような微痛が広がった。
(お父さん、お母さん……どうしてアタシを捨てちゃったんだろ)
義両親たちから散々な目に合わされたことを思い出しても涙は出ないのに、本当の両親のことを考えると目頭が熱くなって、思わず泣いてしまいそうになる。けれど唇をグッと噛みしめ、強引に涙をとめた。
(アタシを捨てた親なんて知ったことか。大きくなったら一人で生きていかなきゃいけないんだから、自分のことは自分でやらないと!)
気弱になりかけた己を奮い立たせるために、カシアは前を見据え、うつむかないよう首に力を入れる。そして地面を踏み叩くようにズンズンと進んでいった。
目的の場所が間近に迫った時、森の奥から足音と男ばかりの話し声が聞こえてきた。
何重にも音は重なり、かなりの人数が歩いてきていることが伝わってくる。思わず足をとめ、山道から少し離れて太い木に身を隠す。
(こんな朝早く森にたくさん人が集まるなんて……なんかおかしい)
見つからないよう息を潜めつつ、山道に視線を送る。
ほどなくして彼らが姿を現した。数は二十余人。どの顔も人相が悪く、濁った声で談笑している。よく見ると各々の腰には剣がぶら下がっており、宝石や金の装飾品といった汚れてすり切れた衣服には似つかわしくない品々を手にしている。数人、大きな袋を肩に背負っており、歩くたびにチャリ、チャリと金属がぶつかり合う音がした。
嫌な予感がして、思わずカシアは聞き耳を立てる。先頭を歩く中年の男に、図体の大きな青年が嬉々として話す声が耳に入ってきた。
「今回の獲物は楽勝でしたね、お頭」
ふん、と鼻で笑ってからお頭と呼ばれた男は青年を見やり、鷲のような目をより鋭くさせる。
「まだ気を緩めるなよ。役人に後をつけられてアジトの場所が分かっちまえば、元も子もないんだからな。帰るまで気を張り続けられてこそ一人前だ」
……まさか盗賊? どこをどう見ても、ならず者の集団だ。
地面に足が強く引っ張られるように、全身から血の気が引いた。
(ど、どうしよう。見つかったら殺される……)
動揺した瞬間、体がふらつき――ザッ。一歩だけ足が後退した。
刹那、盗賊の首領がこちらに目をとめた。そして無言で近くの男に目配せすると、顎でこちらの木を指す。
男がコクリとうなずき、足早にカシアのほうへ近づいてきた。
(やばい、捕まっちゃう)
慌ててカシアはその場を離れようと駆け出す。だが、すぐに男が間近に迫ってきた。
「ガキか。ちょっと待ちやがれ」
そんなことを言われて待てる訳もなく、さらに腕を振って足を速める。けれど男との距離は縮まっていく。
(このままじゃあ逃げ切れない。だったらいっそ!)
急に踵を返し、自ら男に向かっていく。そのままカシアは男の股間へ、容赦なく頭を叩きつけた。
「はぅわっ……!」
よほど効いたのか男はその場にうずくまり、全身を振るわせた。
今の内に逃げようと再び走り出したした時、すでに他の盗賊たちがこちらへ向かっていた。
何本もの手が伸びて、捕えようとしてくる。
肩をつかまれそうになり、咄嗟に走りながらうまく身を翻して手を避ける。
しかし誰かに手首をつかまれ、荒々しく引っ張られた。必死に離れようと暴れてみるが力及ばず、小さな体を盗賊が羽交い締めにしてきた。
「よくもやりやがったな。お頭ー、コイツどうしてやりましょうか?」
悠々と盗賊の首領が目前へ歩いてきた。獰猛そうな目が、冷ややかに見下ろしてくる。
こんな盗賊なんかに負けてたまるか。
怖くて膝は震えたが、自分の弱さを見せるのは嫌だった。精一杯の意地を張ろうと、歯を食いしばって首領を睨みつける。
しばらく睨み合った後、首領は腕を組み、ジロジロとカシアを見回してきた。
「容赦なく急所に頭突きをかましたところといい、この状況で俺を睨みつけることといい、大した度胸だ」
頭を強く押さえつけられるような低い声に、思わずカシアの喉が鳴る。
それでも目を逸らさずに睨み続けていると……首領はふんぞり返って豪快に笑い出した。
「その度胸に免じて、今日は見逃してやる。おい、そいつを離してやれ」
首領が顎をしゃくると、それを合図にカシアを捕らえていた男が手を離す。
そして盗賊たちはカシアに「じゃあな」と手を振り、通り過ぎていく。
(よかった、殺されずに済んだ)
胸をなで下ろしながら、カシアは盗賊たちの背を見送る。
(これからどこへ行くんだ? 役人に捕まらないよう、きっと色んな土地へ行くんだろうな。羨ましい――)
そう思った瞬間、カシアは弾けたように駆け出し、盗賊たちを追いかけた。
こちらの動きに気づいた盗賊たちが、まばらに立ち止まって振り返る。
カシアが息を切らせながら首領のところまで行くと、少し息を整えてから彼を見上げた。
「なんだガキ、なにか用があるのか?」
「お願いだから、アタシを仲間に入れてくれ!」
一瞬目を丸くした後、首領はクッと苦笑を漏らした。
「おいおい、俺らが何者なのか分かって言ってんのか?」
即座にカシアはうなずき、目に力を入れて首領を凝視する。
どうせ村へ戻っても、養父母の折檻に怯えながらこき使われる日々。あそこに居続けるよりも、盗賊になって自分のために生きるほうがよっぽどいいと心の底から思った。
ふうむ、とうなりながら首領はカシアを見回す。しばらくして口端を上に引き上げると、乱雑にカシアの頭をなでてきた。
「かなりいい根性してるからな、立派な盗賊になれそうだ。分かった、仲間にしてやるからついて来い。ガキだからと言って容赦はしないからな」
踵を返した首領の後ろを、カシアは小走りについていく。
まだ盗賊になるということに戸惑いはあるが、それ以上に村から離れることができる喜びのほうが大きかった。
そして少女は村から姿を消した。
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