行き当たり盗賊娘は史上最強の男をギャフンと言わせられるか否か?

天岸あおい

プロローグ

第1話とある村の拾われ少女

 村の朝はいつも早い。

 空が白ばむ頃に雄鶏が高らかに鳴く声を聞き、人々は眠りの淵から起き上がってくる。大人はもちろん、小さな子供たちも眠たそうに目をこすりながら起床する。


 そして十歳程度の子供がいる家では、真っ先に家の子供が外に出て、小高い丘の農場へと向かう。みんなの目的は朝の食卓に並べるミルクだった。おかげで農場は早朝から子供たちの元気な声が響き、その声につられて柵の中で箱座りしていた牛や羊たちも鳴き始める。


「ほらほら、しっかり一列に並ぶんじゃ」


 牛舎の前で農場主の老人が声を張り上げて子供たちを並ばせると、大きなビンに入れた絞りたてのミルクを手渡していく。どの子も落とさないようにしっかと両手に抱えて、仲のいい子供と一緒に家へ戻っていく。


 ニコニコしながらビンを渡していた老人だったが、並んだ子供たちの中で一番小さな子を目にした途端にため息が漏れ出た。

 他の子に比べて頭ふたつ分ほど背は低く、古しい半袖の服から出た手足は細い。適当に切られたであろう褐色の短髪は毛先が整っておらず、寝癖もつけっぱなし。勝ち気そうな吊り目から青緑の澄んだ瞳が覗いており、早く順番を回せと言わんばかりに老人を見つめていた。


 一見すると男の子に見えるが、まだ六歳になったばかりの女の子――カシアだった。


「今日もお前さんが来たのか。いつも大変なこったな」


 ビンを渡そうとして、老人は眉をひそめる。彼女には十二歳になる兄がおり、本来ならばビンを取りに来る役目を担っている。しかし、この二年はいつも来るのは小さな妹だけで、兄はさっぱり顔を見せない。

 小さな肩をすくませ「しょうがないよ」とつぶやいた。


「だってアタシは拾われっ子だもの。仕事しないとごはん食べさせてもらえないし、ぶたれたくないもんね」


 カシアは六年前、村の近くにある森へ捨てられていた赤子だと老人は聞いている。拾った夫婦は赤子が物心ついてすぐから、血の繋がった可愛い息子の代わりに仕事をさせている。もともと便利な労働力になると思ったから拾って育てているのだと、夫婦は口をそろえて言っていた。

 本人もそれを分かった上で仕事をしている。だが、時折ひどい折檻を受けたと思しき青アザを顔や手足につけ、よろけながら仕事をする姿を老人は何度も目撃している。


 まだ六歳の子が痛めつけられながら、生きるために割り切って働く姿は見ていて心が痛む。老人はビンを渡した後、こぢんまりとした頭を優しくなでた。


「可哀相になあ……ワシでも他の大人たちでもいいから、困ったことがあれば言うんだぞ」


 途端にカシアはあどけない顔を赤くし、首を振って老人の手を払った。


「か、可哀相なんかじゃないよ。アタシはさっさと一人前になって、外に出ていきたいもん。これぐらいできて当然よ」


 そう言って得意げに胸を張って笑い、そそくさと列から離れていく。一瞬、ビンの重さで足元はよろめいたが、ぐっと腰を下ろして転ぶのを耐えていた。


(あんなに小さいのに、気丈じゃな)


 他の子供たちにビンを渡しつつ、老人は遠ざかる小さな背を横目で見送った。




 カシアが家へ戻ると、食卓ではすでに家族――血の繋がらない両親と兄が朝食をとり始めていた。


 テーブルに牛乳の入ったビンを置くと、すぐ椅子に座り、大人の拳ほどある丸いパンを手に取ってかじりつく。歯は食い込んだものの一回では噛み切れないほど硬く、何度も同じ部分に食らいついて少しずつ食べ進めていく。よく見ると緑のカビが生えていたが、それを取り除けば「ゴミを作るな」と養父母が容赦なく叩いてくるので、我慢して口を動かした。

 ようやくパンを半分ほど食べたところで、一重まぶたの鋭い目をした養母に「ちょっとアンタ」と呼ばれた。


「これから森に行ってギロンの実を取ってきな。あそこのカゴいっぱいに取らなかったら、晩ご飯抜きだからね」


 養母が玄関の脇に置いてある蔓のカゴを指さす。担げるように綱のついたカゴはカシアの腰まで高さがあり、そこへ実をいっぱい入れるとなれば、自分と同じくらいの子供一人を背負うような重さになった。

 嫌な気分だが、ご飯を取り上げられた上に殴られてばかりでは生きていけない。抑揚なく「分かった」とうなずき、口の動きを早めてパンを食べていく。


 途中ちらりと向かい側でパンを食べる兄と目はあったが、彼から「手伝おうか?」という言葉は出てこない。物心ついた頃からこの調子なので、手伝って欲しいと思うことを諦めていた。その代わり、


(このクソデブ兄貴。お前なんか豚小屋で寝ながらメシ食って、ブクブク太りながらブヒブヒ鳴いていればいいんだ)


 と、いつも心の中で悪態をつく。こうして気を紛らわせないとやり切れなかった。

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