一章:ガールミーツ最強のジジイ

第3話強面のパン屋さん?

 木々が重なり合った緑深き森の山道に、一台の荷馬車が通る。

 その様を木々の合間から息を殺し、外套のフードを深くかぶった男たちが見つめていた。


 規模は小さく、一見するとなんの装飾もない普通の荷馬車に見える。馬を御している商人の服も薄汚れており、いかにもみすぼらしそうな風体だ。しかし彼の指には、庶民らしからぬ高価な金の指輪が輝いていた。

 詰めが甘い。絶対にあの荷台には金目の物がある。

 男たちの中心にいた者が周囲に目配せし、大きく顎をしゃくった。


 これが合図。身を屈めた男たちが、気配を殺して動き出す。

 特に彼らの中で頭ふたつほど背の低い者が素早く動き、先頭の男たちとともに荷馬車へと近寄る。


 そして一斉に男たちは山道へ飛び出した。

 突然現れた人の群れに、馬二頭が驚きいななく。次いで手綱を握っていた中年の商人らしき男が「ひゃぁあ!」と情けない声を上げた。

 揃いも揃って強面の見知らぬ男たちに囲まれ、商人の顔はみるみる内に白くなっていく。


 彼らの間から、一番小柄な者が商人の前へ歩み出る。愉快そうに口端を上げると、おもむろに頭のフードを取った。

 現れたのは勝気さを隠さぬ鋭い目と青緑の瞳に、まだあどけなさを残した凛々しい顔。背まで伸びているであろう褐色の髪が、かろうじて女性らしさを保っている。


 少女は両腕を後ろに回しながら商人の前まで行くと、一点の曇りもない朗らかな笑顔を見せた。


「驚かせてごめんなさい。こう見えてアタシたちパン屋なんだ。お店にお客さんが来ないから、こうやって人を呼びとめてパンを売っているんだよ」


 何度か目をまたたかせてから、商人は安堵の息を吐く。


「そ、そうだったのか。てっきり盗賊だとばかり……せっかくだからパンを貰おうかな」


「お代は――」


 唐突に少女の目つきが悪くなり、不敵な笑みを浮かべた。


「馬車にある金目の物を全部いただくよ」


 言い終わらぬ内に馬車の荷台へ男たちが入り込み、手際よく中の荷物を運び出していく。

 どうすることもできずオロオロする商人へ、少女が愛想のいい声で「おじさん」と言ってきた。


「パンを渡すから、手を出してもらえる?」


 怯えながらも訝しげな顔して、商人は手を差し出す。

 ――ガシッ。少女は商人の手を力強くつかみ、素早く金の指輪を抜き取る。そして代わりに持っていたパンをひとつ渡した。水分が完全に飛んでしまい、石のような硬さになったパンだった。


「お買い上げ、ありがとうございます」


 少女は機敏に踵を返し、ヒラヒラと手を振った。


「アタシたちは分別があるから、命がお代だなんて言わないよ。まあ、ここらは物騒な連中が多いから気をつけな」


 そう言い残して少女は男たちの中に紛れ込み、森へと消えていく。

 一人ぽつんと山道に残された商人は、気の抜けたため息を吐くことしかできなかった。


 盗賊団に連れ去られて早十年。

 少女カシアは立派な盗賊になっていた。

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