10. data

 翔太がまずとりかかったのは、今日の環の肉体の動きをトラッキングしたデータを抽出する事だ。

環は自分のデータを翔太に対してほとんどすべてオープンにしてあったから、翔太はそのデータに簡単にアクセスできた。

先ほど、翔太はわざわざ、今日着ているスーツの種類を環に尋ねたが、結果的にはそうする必要はなかった。

環の今日の服装など、データを見ればすぐにわかったからだ。


 環が今日着ていたものの中で一番重要なのは、体にピッタリとフィットして動きを抽出するセンサーの役割を果たすPumaのボディスーツ。

このスーツは手や足の指までも網羅していた。

さらにキャップのつばについたセンサーが、環の顔の表情もすべて捉えていた。

翔太はこのスーツのデータから、環がダンスをしていたあの時間に動いたすべての動作を抽出した。

まずはこのデータから活用していく事になる。


 ボディスーツの上から着ていたジャケットとパンツは光学仕様になっていて、表面の全面に光センサーが織り込まれている。

それ自体が一つのカメラのようなものだ。

つまり、今日の環は常に一人称視点の、きわめて微細な映像を撮っていたといえる。

このデータは後ほど、環のダンスを映像化していく際に活用する。

といって、この一人称視点の映像がそのまま使われるわけではない。

重要なのは、あの地点の周囲に張り巡らされたカメラやセンサーとの「関係」を、この一人称の光データがあるおかげで再現できる点だ。

この地球上のあらゆる都市部の公共空間のあらゆる地点と同じように、あの富久町の高層タワーの足元にも、いくつものカメラやセンサーが張り巡らされている。

そのすべてのデータを抽出し、環の着ていた一人称視点の光学データと重ね合わせる。

そうする事で、あの時間の環の動きのすべてを、が可能になる。

それはまるで、あの瞬間のあの地点に、時間が過ぎ去ったあとからカメラを構えて赴いて、好きな時点で好きな角度から撮影できるのとまったく同じようなものだ。


 たとえば道の真ん中の、地面から一メートルの地点から環を撮った映像が欲しいとする。

実際にはその地点にカメラは無かったから、そこから撮った映像はこの世のどこにも存在しない。

しかし、周囲の様々なカメラとセンサーが環を「見ていた」情報と、「見られていた」環自身の側から捉えたデータから計算し、実際には撮られていなかったその地点からの映像を、再構成する事ができるのだ。

いわばその瞬間にその空間を満たしていたあらゆる光のデータを集めれば、綿密に計算すればある地点からある方角を見たときに、そこに飛び込む光がどのようなものであるか、導き出して知る事ができるというようなものだ。


 音声データについては簡単なもので、ジャケットにもキャップにもマイクが付いているし、顎骨に仕込んだマイクもある。

そのデータを抽出して合わせれば、その瞬間の好きな音を、かなりクリアに再現できるだろう。

もし必要になれば、周囲のカメラやセンサーの中には音声マイクもあるだろうから、そのデータも引っ張ってくる。

この場合も、データポイントとしてのマイクが一つでなく複数あるという事が、再構成の際に重要になる。


 環の肉体のトラッキングデータを前にして、やるべき事は翔太にはわかっていた。

ただ問題は、すさまじく複雑なそのトラッキングデータを、翔太のようなただの人間にも、読み解けるものにする必要があるという事だ。

そこで翔太はまず、そのデータを理解するために、そのトラッキングデータを専用のアルゴリズムにかけて、視覚データと音声データに再構成する事にした。

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