09. chat

 中央のスクリーンに、富久町の高層タワーの足元の道路が映し出された。

映像が重なって頭が混乱するので、翔太は右手を動かして、現在の環との通話の映像を、瞳の仮想スクリーンから左のスクリーンに移動させた。


「まだいないな。三分送って。まだいない。あと二分。」

 翔太が指令を出すたびに、映像の時刻が進む。

「いた。ちょうどよさそうだ。」


 ちょうど、環が右手から画面内に歩いてきて、立ち止まったところだった。

これはたぶん、街灯に取り付けられたカメラの映像だろう。

画面の中の環は、周囲との距離を測って自分の立ち位置を微調整しているところだった。

「あ、そうだ。センサー情報もだ」

そうつぶやくと、翔太は呼びかけた。


「環、今日なに着てる? たぶんPuma? あ、ちょっと映像止めて」

最初の質問は環に向けたもので、映像を止めるよう要求したのはネットに向けてだ。

中央スクリーンの映像の中で、環は早くもダンスを始めていたが、そこで静止した。

「そう、Puma」

 環が答えた。

「オーケー。じゃあやったことあるから抽出できると思う。アクセスコードログ消えてたら連絡するわ。前と同じだよね」

「うん、同じ」

「使ったビートは?」

「半年前に作ってもらったやつ。えーっと、11/10 16:21のやつ」

 環が言い終えると、翔太の視界にポップアップが現れたので、翔太は右手の指先でそれを引っ張り出して右のスクリーンに置いておく。


「あ、マイク以外の音声データ要らないよね?」

「うん、いらない。あ、いや、環境音もあとで混ぜられるかもしれないから、一応取っといて」

「そうか、そうだね。たしかに。じゃあ取っとく」

「ありがとう。今回のは、俺的にはけっこう良い感じ」

「ホントか。楽しみだ。とりあえず、またカメラワークとか映像の合成はあとで考えるってのでいいよね? 最初は音楽からで」

「うん、いいよ。ありがとう。すぐ取り掛かれそう?」

「ああ、今は別に他のは抱えてない。むしろ環のが来たら気になって、他のできないし」

先ほどまでとりかかっていた作曲はシンプルなものだから、一日あればいつでもできるだろう。


「はは、ありがと。楽しみにしてるわ」

「おう、じゃあちょっと触ってみる。そんで何かあったらまた連絡する」

「うん、よろしく」

「よろしく」

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